玉村さんは銀座の店につくと、すぐに明智探偵事務所に電話をかけて、小林少年に店のほうへきてくれるようにたのみました。
それから三十分もすると、小林少年が、玉村宝石店の社長室へはいってきました。
読者のみなさん、なんだかへんですね。小林少年は、ゆうべ怪人のために、あやしい洋館の地下室に、とじこめられたはずではありませんか。小林君は、はやくも、そこからぬけだしてきたのでしょうか。いやいや、そうではなさそうです。そのことは、みなさんがよくごぞんじです。
しかし、玉村さんはなにも知りません。そこへやってきたのは、ほんとうの小林少年だと思いこんでいます。
玉村さんは小林君に、さっきの事件をくわしく話してきかせました。
「そのトラがね、わたしの顔を見て、用心するがいい、いまに、おそろしいことがおこる、といったのだよ。」
「えっ、トラがですか。」
小林君は、びっくりしたように、ききかえしました。ほんとうの小林少年なら、じぶんも、ゆうべ、金色のトラがしゃべるのをきいたはずではありませんか。
「そうだよ。トラがしゃべるなんて、信じられないことだ。しかし、ほんとうにしゃべったんだよ。」
「人間がトラにばけていたのでしょうか。」
「うん、わたしもそう思う。超人ニコラ博士だ。ニコラ博士は、なんにでも、ばけられるというじゃないか。
まずトラにばけて、わたしをおどかしておいて、それから、みんなにかこまれたときには紳士にばけかわって、すましていたのかもしれない。」
「でも、おそろしいことがおこるぞと、予告をしたのですから、ゆだんはできませんね。」
「うん、それで、きみにきてもらったのだよ。この店には、たくさんの店員がいるけれども、あいてはおばけみたいなやつだからね。やっぱり名探偵のきみの知恵をかりたほうがいいとおもってね。」
「ありがとうございます。なによりも渋谷のおうちのほうが心配ですね。警察の力をかりるほかないでしょう。ぼくから警視庁の中村警部に電話でたのみましょう。そして、おうちのまわりを、まもってもらうようにしましょう。」
玉村さんもそれがいいというので、小林君は警視庁に電話をかけましたが、中村警部はすぐにしょうちして、その手配をしてくれました。中村警部は明智探偵の親友ですから、小林君をよく知っていて、少年だからといって、けいべつするようなことはないのです。
「ぼくはここにいて、あなたをまもります。なんだか、きょうは、あなたがあぶないような気がするんです。」
小林君は、そんなことをいって、部屋の中をコツコツと、歩きまわるのでした。
しばらくすると、若い店員が社長室へはいってきました。
「れいの大時計をトラックではこんできましたが、ごらんになりますか。」
「うん、ここにはこんで、ここでひらいてもらおう。なにしろ、いまではめったに手にはいらない美術品だからね。」
店員はそれをきくと、店のほうへもどっていきましたが、まもなく、ドカドカと足音がして、二メートルもある長方形の木箱を、ふたりの運送屋の男が、はこびこんできました。
この木箱の中には、西洋では「おじいちゃん時計」といわれている、人間よりも背のたかい、ふりこ時計がはいっているはずです。
玉村商店は宝石商ですが、西洋の時計などもあつかっているので、ときどき、みょうな注文をうけることがあります。
あるお金持ちのおとくいが、明治時代にはやった「おじいちゃん時計」がほしいというので、さがしていたところが、りっぱな大時計がみつかったので、きょう、それを見せにきたというわけです。
その時計をみつけたブローカーの男が、ふたりの運送屋にはこばれる木箱につきそって、はいってきました。
「やあ、橋本さん、ごくろうさま。これがこのあいだお話しの時計ですね。」
玉村さんは、この橋本というブローカーとは、ついこのあいだ、はじめてあったのです。
「はい、じつにりっぱな美術品でございますよ。」
「機械もくるっていないですね。」
「ふしぎと、くるっておりません。ただしい時を知らせてくれますよ。」
「それはめずらしい。じゃあ、店のものもここによぶことにしましょうか。」
「いや、まず社長おひとりで、ごらんください。もったいぶるわけではありませんが、ひじょうにめずらしい品ですから。」
「わたしひとりでね。それもいいでしょう。しかし、この小林君は、ここにいてもかまいませんね。こんな小さいからだをしているが、じつは、わたしのボディーガードなんですよ。」
「かまいませんとも。そのかたがボディーガードですか。」
ブローカーはけげんそうな顔つきです。
「民間探偵明智小五郎さんの助手の小林君です。」
「ああ、あの有名な小林少年ですか。そういえば新聞の写真で、よくお目にかかってますよ。なるほど小林さんなら、たのもしいガードですね。」
そういうわけで、小林少年は、このめずらしい「おじいちゃん時計」を、玉村さんといっしょに見ることになったのですが、そうときまると、小林君はなにを思ったのか、玉村さんのそばによって、
「ドアのかぎを。」
と、ささやいて、手をだしました。
玉村さんは、ボディーガードにかぎをわたしておくのはあたりまえだとおもい、べつにうたがいもせず、ポケットからかぎを出してわたしました。
「では、箱をひらくことにします。」
ブローカーが、ふたりの運送屋の男に目くばせすると、ふたりは、くぎぬきをもって、ギイギイと、木箱のくぎをぬきはじめました。
そのとき、玉村さんが箱に気をとられているすきに、小林少年が、みょうなことをしました。
小林君は、玉村さんのほうをむいたまま、横いざりに、ドアの前までいって、手をうしろにまわして、なにくわぬ顔で、ドアにかぎをかけてしまったのです。
もっとへんなことがあります。小林君は、こちらをむいたまま、おしりのポケットから、大きなハンカチをまるめたようなものを、とりだして、ギュッと右手ににぎっているではありませんか。いったい、なにをしようというのでしょう。
「さあ、よくごらんください。」
ブローカーが、もったいぶったちょうしでいいました。