そこは、秘密の地下室ですから、コンクリートをながしこんだばかりの、ザラザラの灰色の壁がつづいています。
小林君は、足音をしのばせながら、その壁をつたって、おくへおくへと、すすんでいきました。うすぐらい廊下には、ところどころに、ドアがしまっています。ドアにでくわすたびに、そこに耳をつけるようにして、中のもの音をきこうとしましたが、人がいるのか、いないのか、なにもきこえません。
音のしないドアを三つすぎて、四つめにちかづきますと、ボソボソと、だれかの話し声がもれてくるではありませんか。
かぎ穴に目をあててみると、中には、あかあかと電灯がついていて、いすにかけた人の、うしろ姿が見えます。ひとりではありません。二―三人の人間が、テーブルにむかいあって、話をしているらしいのです。
「ぼくたちは、みょうなことから、先生の弟子になりましたが、先生の魔法の力には、まったくおどろいてしまいました。そっくりおなじ人間を、いくらでも、こしらえることができるなんて、人間の知恵ではありません。神さまか、悪魔の知恵です。あの三重の秘密室の中には、いったい、どんなしかけがあるのですか。」
手下の男の声です。「三重の秘密室」とは、なにをさすのでしょう。
読者諸君は、この地下の牢屋が、二重の秘密室であることを、ごぞんじでしょう。玉村銀一君がニコラ博士にかどわかされたとき、まず地下室の物置きにはいり、そこの壁のボタンをおして、二重の秘密室にはいったのでした。そこまではわかっています。しかし、「三重の秘密室」が、どこにあるかは、まだわかりません。たぶん、二重の秘密室の、もうひとつおくの、秘密室なのでしょう。
その「三重の秘密室」には、手下の男たちも、はいったことがないらしく、その中に、どんな秘密があるのかと、きいているのです。
「それは、まだいえない。いつかは、きみたちにもおしえるときがくるだろうが、いまはいえない。そこには、わしの魔法の種が、かくしてあるのだ。
ともかく、そこからは、ほんものとそっくりのにせものが、うまれてくる。いくらでも、うまれてくるのだ。」
「では、先生は、ほんものと、にせものと、人間のいれかえをやって、なにをしようというのですか。」
「それは、きみたちも、知っているじゃないか。まず宝石展覧会をひらくのだよ。にせの玉村銀之助にひらかせるのだ。玉村の信用で、日本全国の宝石があつまってくる。それをひとばんのうちに、にせ宝石といれかえて、ほんものはぜんぶ、わしがちょうだいするのだよ。」
ニコラ博士の声です。この宝石展覧会のたくらみも、読者諸君は、とっくに、ごぞんじのはずですね。
「宝石を手にいれたら、そのつぎには美術品ですか。」
また、べつの声がたずねます。
「そのとおり。だが、これは宝石みたいに、ぜんぶ一ヵ所にあつめるというわけにはいかん。まず美術商のもっているものからはじめて、それから、各地の博物館や、お寺の宝物などに手をのばしていく。
美術商の主人を、わしのつくったにせものといれかえ、博物館の館長や館員を、にせものといれかえ、お寺の坊さんを、にせものといれかえれば、美術品をぬすみだすなどわけもないことだよ。ウフフフフ……。」
ニコラ博士が、うすきみわるく笑いました。
「それでおしまいですか。先生の魔法でなら、どんなことだって、できないことはないようにおもわれますが。」
「たとえば?」
ニコラ博士は、弟子たちの知恵をためしでもするかのように、ききかえしました。
「たとえば、ある国を、のっとることも、かんたんにできるでしょうし、また、ある国をほろぼすこともできるでしょう。」
「ふーん、きみは大きなことを、かんがえているね。では、ある国をのっとるには、どうすればいいんだね。」
ニコラ博士は、自分はよく知っているけれども、あいてに、しゃべらせてみようというようなちょうしで、たずねます。
「それは、その国の総理大臣や、政党の首領などを、にせものといれかえればいいのです。そうすれば、その国のことは、いっさい、にせものの、おもうままになるじゃありませんか。
ある国をほろぼすのも、おなじことです。にせものの総理大臣や、政党の首領や、軍隊の長官が、めちゃくちゃをやれば、その国は、たちまち、ほろんでしまいます。」
「なるほど、だれでもかんがえることだね。わしの魔法の力によれば、どんな大きなことだって、できないことはない。わしは世界をかえてしまうことができる。世界をてんぷくさせることができる。また、ナポレオンのように、世界を征服することもできる。
もっとおそろしいことをいうならば、にせものの力で、原水爆の秘密をぬすむこともできるし、また、にせものによって、ふいに原水爆を爆発させることだってできるのだ。
人間のにせものを、自由に、うみだす力をもっているわしの字引きには、“できない”ということばはないのだ。
わしはいま、日本の宝石と美術品をわがものとするために、この魔力をつかおうとしているが、そのつぎには、日本そのものを、ぬすむかもしれない。いや、世界をてんぷくし、世界をぬすむかもしれない。もっとちがったいいかたをすれば、地球全体を、わしのものにしてしまうかもしれない。」
ニコラ博士は、うちょうてんになって、じぶんの魔力をじまんするのでした。
小林君は、この会話を立ちぎきして、心の底からおどろいてしまいました。
いかにも、だれのにせものでも、自由につくりだす力があれば、全世界をぬすむことだって、できないことはありません。ああ、なんというおそろしいことでしょう。
それにしても、その魔法の種のかくされている「三重の秘密室」というのは、いったい、どこにあるのでしょうか。
小林君は、なんとかして、その「三重の秘密室」にはいりたいとおもいました。
こんきよく、ニコラ博士をつけまわしていれば、いつかは、その秘密室にはいるにちがいありません。小林君は、あいてにさとられぬように、ニコラ博士を見はってやろうと考えました。