小林少年が、ニコラ博士のとりことなった明智探偵をたすけだして、ニコラ博士のおそろしいたくらみを話してきかせた、あの日の夕方のことです。
お話かわって、世田谷区のやしき町に、広い邸宅をもっている、園田大造というお金持ちから、明智探偵事務所へ電話がかかってきました。
「明智先生ですか、ひじょうに重大な事件で、ご相談したいのですが、すぐ、わたしのうちまでおいでねがえませんでしょうか。」
園田さん自身が電話口に出て、声をふるわせてたのんでいるのです。
「重大な事件というのは、いったい、どんなふうな事件でしょうか。」
明智がたずねますと、
「いや、電話では話せません。ぜひ、お目にかかってお話したいのです。おそろしい事件です。先生のお力をかりなくては、どうにもならないのです。先生のことは、友人の菅原君の宝石事件で、よくぞんじております。どうか、わたしを助けてください。」
そうまでいわれては、たのみをきかないわけにはいきません。明智探偵は、すぐおうかがいするといって、電話をきりました。
それから一時間ほどして、園田さんの大きなやしきの洋風応接間に、主人の園田さんと、明智探偵と、助手の小林少年がテーブルをはさんで話しあっていました。
「すると、あいては、ニコラ博士ですね。」
明智が、しんけんな顔で、ききかえしました。
「そうです。わたしは毎朝、五時におきて、庭を散歩するのですが、けさ、庭を歩いていますと、木の間にあいつが立っていたのです。長いひげをはやした、七十歳ぐらいのじいさんです。そいつのからだは、青く光っていました。まだうすぐらい木のしげみの中ですから、幽霊のように、青く光っているのが、よくわかるのです。わたしは、びっくりして、にげだそうとしましたが、催眠術でもかけられたように、足が動かなくなって、にげることができません。
そいつは、じっと、わたしの顔を見つめながら、地の底からひびくような、気味のわるい声で、こんなことをいいました。
『わしは、おまえのだいじにしているダイヤモンド『青い炎』がほしいのだ。こん夜、かならずもらいにくるから、用心するがいい。だが、おまえがどんなに用心しても、わしは魔法つかいだから、かならず、とってみせるよ。』
そういって、ウフフフと笑ったかとおもうと、そこのヒノキのみきにつかまって、まるでサルのように、スルスルとのぼっていき、木の葉の間に、姿が見えなくなってしまいました。先生、それから、おそろしいことがおこったのです。」
園田さんは、そこでちょっとことばをきって、おびえたような目で、窓の外の空をながめました。
「ヒノキのてっぺんから、あいつが、空へとびたったのです。そして、朝やけの空を、アメリカのスーパーマンのように、両手を前につきだして、マントをヒラヒラさせて、ひじょうな速さで空中をとびさってしまったのです。」
園田さんは、まっさおな顔になっていました。
「ニコラ博士が空をとぶことは、ぼくもきいております。それについて、ぼくはある考えをもっているのですが……。ところで、そのあなたのダイヤモンドというのは、どこにおいてあるのですか。」
明智がたずねますと、園田さんは、なぜかニヤリと笑って、
「それはだれも知りません。わたしのほかには、だれも知らないのです。しかし、あいつはスーパーマンみたいなやつですから、宝石のかくし場所を知っているかもしれません。
このダイヤモンドには『青い炎』という名がついているのです。インドの仏像のひたいに、はめこんであったのを、あるイギリス人が手にいれて、それがまわりまわって、わたしのものになったのです。青い炎がもえるように、かがやいているので、そういう名がついたのです。二十五カラットもある大きなもので、日本では最大、最高のダイヤです。
ですから、わたしは、これを、ぜったいにわからないある場所にかくし、うちのものにも見せないようにしているのです。まして、他人には一度も見せたことがありません。
じつは、二―三日前に、ある有名な宝石商が、日本じゅうの宝石をあつめて、宝石展覧会をひらきたいから『青い炎』を出品してくれないかといってきたのですが、わたしは、ぜったいに人に見せるつもりはないといって、かたくことわったほどです。」
「そうですか。それほどの宝物でしたら、ぼくも、全力をつくして、おまもりしますが、そのダイヤモンドは、いったい、どこにかくしてあるのでしょうか。それをうかがっておかないと、まもるにもまもれないのですが。」
明智のことばに、園田さんはうなずいて、
「ごもっともです。先生にだけは、かくし場所を、おおしえするほかありません。いま、そこへごあんないしますから、どうかこちらへおいでください。」
といって、いすから立ちあがり、園田さんは、女中さんをよんで、明智探偵と小林少年のくつを、庭のほうへ、まわすようにいいつけておいて、廊下を、さきに立ってあるいていきました。
廊下を二つほどまがると、庭へおりるドアがひらいていて、三人はそこからおりていきました。
池や林のある、広い庭です。林の中を通りすぎると、ちょっとした広っぱがあり、そこにお寺のお堂のようなものが立っていました。
「わたしの持仏堂ですよ。この中に、平安朝時代の黄金仏が安置してあるのです。」
園田さんはそういって、お堂のとびらをひらき、ふたりを中にあんないしました。
うすぐらいお堂の中には、まんなかに大きな台があって、その上に、人間の倍もあるような、金色の仏像が立っていました。その台のまわりはグルッと石だたみでかこまれ、仏像を横からでも、うしろからでも見られるようになっているのです。
「うまいかくし場所でしょう。この仏像は国宝です。だれも国宝に傷をつけるなんて、考えもしないでしょう。ところが、わたしは傷をつけたのです。この仏像の背中に、十センチ四方ほどの、小さなきりくわせをつくって、それを宝石箱にしたのです。外から見たのでは、ちっともわかりません。こちらへきてごらんなさい。」