← Library‹ 超人ニコラ 人形紳士

光子みつこさんは、書生しょせいにつきとばされたとき、ひざを強つよくうったので、いたさに、そこにうつぶしたまま、シクシクと泣ないていました。

ああ、「乞食こじき王子おうじ」のまねなんかしなければよかった。あんな小説しょうせつをおぼえていたばっかりに、とんだことになってしまった。あたしは、どうすればいいんだろう。

くよくよと、おなじことを、くりかえし、考かんがえているうちに、ふと気きがつくと、なにかおしりをつっつくものがあります。

おどろいて、うつむいていた顔かおをあげてみますと、いつのまにか、六ろく人にんほどの子こどもたちにとりかこまれていました。

近ちかくのいたずら小僧こぞうどもが、きたないこじきむすめがたおれているのを見みて、あつまってきたのです。その中なかのひとりが棒ぼうきれをもって、光子みつこさんのおしりをつっついたのです。

光子みつこさんは、その子こをにらみつけて、おきあがりました。すると、子こどもたちは、ワーッといって、むこうへにげていきます。

もうこんなところに、たおれているわけにはいきません。子こどもたちが、またいたずらをするにきまっているからです。

光子みつこさんは、ひざのいたみをこらえて、たちあがり、トボトボと、歩あるきだしました。

「ワーイ、ワーイ、ばっちいおねえちゃんよう。どこへいくんだよう。」

あとから、子こどもたちがゾロゾロついてきます。

ふりむいて、こわい顔かおで、にらみつけますと、子こどもたちは、ワーッといって、にげますが、しばらくすると、また、ちかづいてきて、下品げひんなことばで、からかうのです。

光子みつこさんは、ワーッと声こえをあげて、泣なきだしたくなりました。しかし、じっとこらえて、くちびるをかみしめて、トットと、急いそぎ足あしに歩あるきました。

町まちかどを、まがりまがり、四百よんひゃくメートルも歩あるくと、いつのまにか、子こどもたちは、あとをつけてこなくなりました。

ああ、たすかったと思おもいながら、バスの停留ていりゅう所しょのほうへ歩あるいていきます。いまから銀座ぎんざのお店みせにいこう。そして、おとうさんにわけを話はなして、たすけてもらおう。そのほかにてだてはない。光子みつこさんは、そう考かんがえて、バスに乗のるつもりでいたのですが、ふと気きがつくと、一いち円えんもお金かねがないのです。といって、歩あるいて銀座ぎんざまでいくのは、たいへんです。どうしたらいいだろうと、思案しあんにくれるのでした。

光子みつこさんは、すこしも気きがつきませんでしたが、さっきから、いたずら小僧こぞうたちとはべつに、光子みつこさんのあとをつけてくる、ひとりのあやしい男おとこがありました。ネズミ色いろの背広せびろに、ネズミ色いろのオーバーをきて、おなじ色いろの鳥打帽とりうちぼうをかぶっています。ひげのないツルッとした顔かおに、まんまるなめがねをかけているのですが、その顔かおが、なんだかへんなのです。

顔色かおいろがよくって、しわがなく、スベスベしていて、洋服ようふく屋やのショーウインドーにかざってあるマネキンのような顔かおなのです。人形にんぎょうのような紳士しんしです。

光子みつこさんが、お金かねがなくて、バスに乗のれないので、思案しあんにくれて、たちどまっていますと、その人形にんぎょう紳士しんしは、なにげなく、光子みつこさんをおいこして、歩あるいていきましたが、そのとき、ポケットから銀貨ぎんかをとりだして、そっと地面じめんにおとし、そのまま、むこうのかどをまがりました。

かどをまがったかとおもうと、そこにたちどまって、へいのかどから、目めばかり出だして、そっと光子みつこさんのほうを、のぞいているのです。

光子みつこさんは、立たちどまっていても、しかたがないので、うなだれたまま、歩あるきだしましたが、目めが地面じめんにそそがれているので、すこし歩あるくと、さっき人形にんぎょう紳士しんしがおとしていった銀貨ぎんかをみつけました。ひろいあげてみると、百ひゃく円えん銀貨ぎんかです。これがあればバスにのれます。だれがおとしたのかしらないが、しばらくおかりしておこうと、心こころをきめました。それからは、急いそぎ足あしになって、停留ていりゅう所しょにつくと、銀座ぎんざを通とおるバスをまって、乗のりこみました。

さいわい、立たっている人ひとが多おおいので、車内しゃないのみんなに、きたない姿すがたを見みられることはありませんでしたが、車くるまのすみに、ソッと立たっていても、すぐ近ちかくの人ひとからは、ジロジロながめられました。車掌しゃしょうさんまでが、顔かおをしかめて、じっと、こちらを見みているのです。

光子みつこさんは、そのはずかしさがいっぱいで、すこしも気きづきませんでしたが、あのマネキンのような顔かおをした人形にんぎょう紳士しんしも、このバスに乗のっていました。

光子みつこさんのあとから、乗のりこんで、光子みつこさんから、できるだけはなれて、そっぽをむいて、そしらぬ顔かおで、つりかわにぶらさがっているのです。ときどき、チラッ、チラッと、光子みつこさんのほうを、ぬすみ見みるのですが、光子みつこさんは、銀座ぎんざでおりるまで、気きづかないでいました。

バスをおりると、光子みつこさんは、すぐそこの玉村たまむら宝石ほうせき店てんへいそぎましたが、人形にんぎょう紳士しんしもそこでおりて、光子みつこさんのあとをおいました。にぎやかな銀座ぎんざ通とおりのことですから、もう光子みつこさんにかんづかれる心配しんぱいはありません。

光子みつこさんは、玉村たまむら宝石ほうせき店てんのきらびやかなショーウインドーのあいだから、店みせにはいっていきました。

「おいおい、きみ、こんなとこにはいってきちゃいけない。おもらいなら、うらへまわりなさい。」

わかい店員てんいんが、光子みつこさんのこじき姿すがたを見みて、どなりつけました。

光子みつこさんは、その店員てんいんをよく知しっていました。しかし、あいてには、こちらがわからないのです。

「ねえ、あたし、わけがあって、こんななりをしているけど、玉村たまむら光子みつこよ。おとうさん、おくにいらっしゃるでしょう。通かよってもいいわね。」

店員てんいんはびっくりして、まゆずみでよごれた光子みつこさんの顔かおを、ジロジロとながめました。

「なんだって? 光子みつこさんだって? おじょうさんが、そんなきたない服ふくをきられるわけがないじゃないか。おどかさないでくれよ。さあ、出でていった、出でていった。」

「いいえ、どうしても、おとうさんにあいます。じゃましないで、おくにとおしておくれ。」

「いけない。いけないったら。こいつ気きちがいだな。さあ、出でていけ。出でていかないと、なぐるぞっ。」

そのさわぎをききつけたのか、そのとき、おくとのさかいのガラスのドアが、サッとひらいて、おとうさんの玉村たまむら銀之助ぎんのすけさんの姿すがたがあらわれました。

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