← Library‹ 塔上の奇術師 地底の穴ぐら

スミ子こちゃんは、林はやしの中なかをかけるように歩あるいていました。

いつかこうもり男おとこがあらわれたのと、おなじ時計とけい塔とうの屋根やねに、こんどは赤あかい道化どうけ師しがあらわれたのです。なにか恐おそろしいことの、まえぶれにちがいありません。

そう思おもうと、ひっこしてきたばかりのヨシ子こちゃんが、かわいそうになりました。ヨシ子こちゃんのおうちに、恐おそろしいことがおこるかもしれないからです。

「やっぱり、あの西洋せいよう館かんは、お化ばけやしきだわ。いくらだいくさんが手入ていれをしても、どこかに、お化ばけがのこっているのだわ。おお、こわい!」

スミ子こちゃんは、そんなことを考かんがえながら、すたすたと歩あるいていました。

すると、むこうの木きのかげから、ひょいと、まっ赤かなものがあらわれたではありませんか。

ギョッとして立たちどまりました。

あいつです。あいつです。さっき避雷ひらい針はりの上うえで、ぐるぐる回まわっていた、赤あかい道化どうけ師しです。

逃にげようとしましたが、もうまにあいません。赤あかい道化どうけ師しは、つかつかと、スミ子こちゃんのそばによってきました。

「エヘヘヘヘ……。あんた、淡谷あわやスミ子こちゃんですね。ぼくは、サーカスの道化どうけ師しですよ。曲芸きょくげいもうまいし、手品てじなもじょうずですよ。エヘヘヘ、ぼくのサーカスを見みにきませんか。ついこの近所きんじょにかかっているのです。特等とくとう席せきで見みせてあげますよ。ねえ、いらっしゃいよ。まだ、ばんごはんまでには、たっぷり時間じかんがあるんだから。帰かえりは、おうちまでおくってあげますよ。」

まっ白しろにおしろいをぬった顔かお。ほおには、赤あかいえのぐが、日ひのまるのようにぬってあります。つけまつげをしているとみえて、おそろしく長ながいまつげです。かわいいお人形にんぎょうの目めのようです。くちびるも、まっ赤かにぬっています。そのまっ赤かな口くちをひらいて、「エヘヘヘ……。」と、いやらしく笑わらっているのです。

「わたし、ごようがあるから、おうちへ帰かえります。」

スミ子こちゃんは、こわいのをがまんして、きっぱりとことわりました。

「そんなこといわないで、見みにいらっしゃいよ。すばらしいサーカスですよ。象ぞうとあざらしとお猿さるが芸げいをしますよ。空中くうちゅうサーカスもすてきですよ。ね、いきましょうよ。すぐそこに自動じどう車しゃが待またせてあります。あれに乗のれば、すぐですよ。」

ほおとくちびるの赤あかい、まっ白しろな顔かおが、ヌウッと、スミ子こちゃんの顔かおの前まえに近ちかづいてきました。たばこくさい、あたたかい息いきがかかりました。

まつげの長ながい、大おおきな目めが、ぎらぎらと光ひかって、まるで催眠さいみん術じゅつでもかけるように、スミ子こちゃんの目めを、みつめています。

スミ子こちゃんは、猫ねこにみいられた鼠ねずみのように、もう、身みうごきができなくなりました。

林はやしのむこうの原はらっぱには、人ひとっ子こひとり見みえません。原はらっぱのむこうには、大おおきなやしきが、ぽつん、ぽつんと立たっているばかりで、人通ひとどおりもないのです。いくら叫さけんでも、だれも助たすけにきてくれるものはありません。

うしろのヨシ子こちゃんの西洋せいよう館かんからも、百ひゃくメートルもはなれています。それに、あのあつい壁かべの窓まどの小ちいさいたてものですから、叫さけび声ごえが聞きこえようとも思おもわれません。

でも、スミ子こちゃんは、叫さけばないではいられませんでした。

「だれかきてえ……、たすけてえ……。」

すると、道化どうけ師しの手てぶくろをはめた手てが、バアッと顔かおの前まえにきて、スミ子こちゃんの口くちをおさえてしまいました。

「声こえをたてるんじゃない。声こえをたてると、いたい思おもいをしなけりゃならないぞ。さあ、こっちへくるんだ。おもしろいサーカスを見みせてやるからな。」

道化どうけ師しは、スミ子こちゃんをだきあげて、いきなり走はしりだしました。

原はらっぱをよこぎると、そこのさびしい道路どうろに、一いち台だいの自動じどう車しゃが待まっていました。

道化どうけ師しは、その自動じどう車しゃの後部こうぶ席せきへスミ子こちゃんをほうりこみ、自分じぶんもあとからはいって、ばたんとドアをしめ、

「うまくいった。いそぐんだッ。」

と、運転うんてん手しゅに声こえをかけました。この運転うんてん手しゅも道化どうけ師しのなかまのものにちがいありません。

「これから町まちを走はしるからな、すこし、きゅうくつな思おもいをしてもらわなけりゃならない。ちょっとのしんぼうだよ。」

そんなことをいいながら、道化どうけ師しは、大おおきなハンカチをまるめて、スミ子こちゃんの口くちの中なかへおしこみ、その上うえから、てぬぐいのようなきれで、口くちをしばってしまいました。

それから、もう一いち本ほん、黒くろいてぬぐいのようなきれを出だして、スミ子こちゃんに目めかくしをしました。

「手てが自由じゆうじゃ、目めかくしをとれるからな。ついでにこれもしばっておけ。」

そんなことをいいながら、スミ子こちゃんの両手りょうてをひとつにして、ひもを、ぐるぐる巻まきつけるのです。

目めかくしをされたので、もうなんにも見みえません。自動じどう車しゃは、おそろしいいきおいで走はしっていきます。右みぎに左ひだりに、町まちかどをまがって、どこまでも走はしっていきます。スミ子こちゃんには、いま、どのへんを走はしっているのか、けんとうもつきません。

三十さんじゅう分ふんも走はしったかと思おもうころ、やっと車くるまがとまりました。

「さあ、ついたよ。これから、うちの中なかへはいるのだが、目めかくしをしていては歩あるけないだろうから、ぼくがだっこしてやるよ。」

道化どうけ師しはそういって、スミ子こちゃんを車くるまからだきおろすと、そのまま、どこかのたてものの中なかへはいっていくように思おもわれました。

戸とをあけたり、しめたりする音おとが聞きこえました。それから、階段かいだんをおりたような感かんじです。すると、ゆくさきは地下ちか室しつなのでしょうか。なんだか、せまい廊下ろうかのようなところをしばらくいきますと、また重おもい戸とをひらく音おと。それは、西洋せいようふうのドアではなくて、よこにひく日本にっぽんふうの戸とのように思おもわれました。

ひえびえとして、かびくさいにおいが、鼻はなをうちました。

やっぱり地下ちか室しつのようです。

「さあ、ここだ。とんだまっ暗くらなサーカスだが、ここで空中くうちゅう曲芸きょくげいの夢ゆめでも見みるがいい。」

道化どうけ師しは、目めかくしとさるぐつわを、とってくれました。

見みると、コンクリートの壁かべにかこまれた天井てんじょうのひくい、せまい部屋へやです。むこうのすみに長ながいすがおいてあり、その上うえに毛布もうふがまるめてあります。電灯でんとうはなくて、一いち本ほんのろうそくが、ゆかに立たててあるばかりです。

その赤あかちゃけたろうそくの光ひかりが、道化どうけ師しの顔かおを、下したのほうから照てらしています。顔かおのかげが、ふつうとぎゃくになって、なんともいえない、きみわるさです。

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