← Library‹ 塔上の奇術師 四十面相の変装

約束やくそくの十じゅう時じに、どんなことがおこったのでしょうか。ですが、ちょっとお待まちください。ここでお話はなしをすこしまえにもどして、書かいておかなければならないことがあるのです。

おなじ日ひの夕ゆうがた、四よん時じ半はんごろのことです。おとうさんの淡谷あわやさんが社長しゃちょうをやっている会社かいしゃの社員しゃいんである一郎いちろう青年せいねんは、四十よんじゅう面相めんそうのことが心配しんぱいなので、すこしはやく会社かいしゃを出でて、家いえへ帰かえってきました。そして、千歳烏山ちとせからすやまの駅えきでおりて、改札かいさつ口くちを出でますと、そこにせびろをきた三十さんじゅう五ご、六ろく歳さいの男おとこが待まっていて、一郎いちろうさんを見みると、つかつかとそばへよってきました。

「淡谷あわや一郎いちろうさんですね。わたしはおたくにつめている警視けいし庁ちょうのものです。もうあなたがお帰かえりのころだから、駅えきへむかえにいってやってくれという、ご主人しゅじんのおたのみで、やってきました。ご主人しゅじんは今夜こんやのことを、ひじょうに心配しんぱいされまして、いっこくもはやくあなたに帰かえってほしいとおっしゃるのです。駅えきから歩あるいたのでは二十にじゅう分ふんもかかるから、車くるまでむかえにいってやってくれという、おたのみなのです。」

警視けいし庁ちょうの私服しふくの刑事けいじが、車くるまでむかえにくるというのはへんですが、一郎いちろうさんは、そこまでうたがわず、気きがるに車くるまに乗のってしまいました。

乗のってみると、その自動じどう車しゃの後部こうぶ席せきには、もうひとりのせびろの男おとこが待まっていて、にこにこしながら、「さあどうぞ。」と、席せきをあけてくれました。そして、あとからは、さっきの男おとこが乗のってきましたので、一郎いちろうさんは、ふたりの見みしらぬ男おとこに、両方りょうほうからはさまれた形かたちになりました。

車くるまはすぐに、走はしりだしました。

走はしりだしたかとおもうと、一郎いちろうさんの左ひだりのわきばらに、なにかかたいものが、グッとおしつけられました。

「ピストルだ。声こえをたてるとうつぞッ。しずかにしているんだ。」

まえから車くるまに乗のっていた男おとこが、ひくい声こえでいいました。

せまい自動じどう車しゃの中なかですから、一郎いちろうさんは、どうすることもできません。身みうごきすればうたれそうなので、じっとしているほかはないのです。

するとパッと、目めをふさがれました。右みぎがわの男おとこが、てぬぐいのようなもので、一郎いちろうさんに目めかくしをして、うしろで、かたくむすんでしまったのです。

それから、こんどはさるぐつわです。ハンカチをまるめたようなものが、口くちの中なかへおしこまれ、その上うえから、やっぱりてぬぐいのようなもので、口くちから首くびのうしろにかけて、強つよくしばられてしまいました。

「ちょっと息いきぐるしいが、しばらくのがまんだ。いのちがおしかったら、じっとしているんだよ。」

そんなことをいいながら、男おとこは一郎いちろうさんの両手りょうてをねじあげて、うしろにまわし、ほそびきでしばりあげました。

目めかくしをされたので、自動じどう車しゃがどこを走はしっているのか、すこしもわかりません。むろん、淡谷あわやさんのやしきへいくはずはないのです。いったい、どこへつれていこうというのでしょう。

それに、このふたりの悪漢あっかんはなにものでしょうか。一郎いちろうさんは、すこしも心こころあたりがありません。ひょっとしたら、ああ、ひょっとしたら、この男おとこたちは、怪人かいじん四十よんじゅう面相めんそうの手下てしたなのではないでしょうか。

やがて自動じどう車しゃは、さびしい原はらっぱをとおって、きみょうなたてものの前まえにつきました。一郎いちろうさんは、目めかくしされているのでわかりませんが、それは、いつかの夕ゆうがた、淡谷あわやスミ子こちゃんたちが、こうもり男おとこを見みた、あの時計とけい塔とうのある怪屋かいおくでした。

やっぱりそうでした。こうもり男おとこは四十よんじゅう面相めんそうですから、一郎いちろうさんは、四十よんじゅう面相めんそうのすみかへつれてこられたのです。自動じどう車しゃからおろされ、石いしのだんをのぼって、たてものの中なかへつれこまれました。ぷうんとかびのにおいのする、ひえびえとした、いんきなたてものです。

廊下ろうかを、ぐるぐるまわって、ひとつの部屋へやにおしいれられました。

そこで、やっと目めかくしをとってくれたので、一郎いちろうさんは、いそいであたりを見みまわしました。

あれはてた洋室ようしつでした。むかしはりっぱな部屋へやだったのでしょうが、かべ紙しはいろあせて、ところどころやぶけていますし、床ゆかはじゅうたんもなく、ほこりのつもった板いたばりで、小ちいさな窓まどには、さびた鉄てつごうしがはまっています。

一方いっぽうに壁かべだんろがありますが、その中なかは、くものすだらけで、だんろ棚たなの上うえの壁かべに、はめこみになっている大おおきな鏡かがみは、水銀すいぎんがまだらにはげたうえ、いちめんに、大おおきくひびわれています。

「そいつのなわをといて、服ふくをぬがすんだ。」

一方いっぽうの男おとこが、もうひとりの男おとこに命令めいれいしました。命令めいれいしたほうが、首領しゅりょうらしいのです。

そこで、一郎いちろうさんは、いったんなわをとかれ、うわぎとズボンをはぎとられたうえ、もういちどうしろでにしばられ、そのうえ、足あしまでしばられて、板いたの間まにころがされました。

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