中村係長のさしずにしたがって、小林君はすぐひきかえして、ふたりの少年団員に両手をとられた、わかいルンペンを、つれてきました。
二十四―五歳の、見るからに、きたならしいルンペンです。カーキ色のよごれた服を着て、手には、やぶれた古ソフトを持ち、足はどろまみれの、はだしのままです。モジャモジャにのびた、かみの毛、青黒いやせた顔に、目ばかりがギロギロ光っています。
中村係長は、その男をイスにかけさせ、おまえの見たことを、くわしく話してごらんと、やさしくたずねました。そこで、ルンペン青年は、おずおずと、つぎのようなおそろしい話をはじめたのです。
その夜、このルンペン青年は、ねぐらをもとめて、町から町をさまよっているうちに、島田邸のいけがきのそとを通りかかりました。それは、思いあわせてみると、透明怪人が地下室の金庫から「真珠塔」をぬすみだした、すぐあとのことだったのですが、青年は、いけがきの中の、くらい庭に、何か、モゾモゾうごいているものがあるのに、気づいたのです。
そこで、立ちどまって、いけがきのすきまから、中をのぞいて見ました。
青年の目は、くらい所ばかりあるいてきたので、やみになれていました。それに庭の遠くのほうに常夜灯の電灯がついていて、その光がかすかに、そのへんを照らしていました。
目をこらすと、一本の立ち木の下の草むらにみょうなものがちらばっています。ネズミ色のオーバー、黒っぽい洋服、白いシャツやズボン下、ネズミ色のソフト帽、クツもちゃんと一足そろっています。それだけなら、なんでもないのですが、それらの衣類にまじって、じつにおそろしいものがころがっていました。青白い色の、まるいものです。そして、それにモジャモジャと毛がはえているのです。
青年は、はじめのうちは、それがなんであるか、まるで、けんとうがつきませんでしたが、よく見ていると、そのまるいものには、目や鼻や口があることが、わかってきました。それは、人間の首だったのです。
青年は、あまりのおそろしさに、ギャッとさけんで、逃げだしそうになりました。草むらに人間の首がころがっているのですから、だれだって、びっくりしないわけにはいきません。人ごろしの現場でも見たように、せなかがゾーッとさむくなってきました。
ところが、そのとき、逃げだそうとした青年が、思わず足をとめるような、もっとふしぎなことが、おこりました。青年は魔法にでもかかったように、その動くものから、目をそらすことが、できなくなってしまったのです。
そうです。それは動いていたのです。なま首がではありません。洋服のズボンがです。黒いズボンが、何かに持ちあげられるように、地面から、スルスルとあがって、グニャグニャ動いていたかと思うと、ひとりでシャンと立ったのです。つまり、ちょうど、人間がズボンをはいたようなかたちに、二本の足で立っているのです。立っているばかりではありません。それが、あちこちと、あるきだしたのです。
青年は、またしても、ギャッとさけびそうになりました。しかし、もし声をたてたら、どんなおそろしいめにあうかもしれないと思ったので、やっとのことで、声をおさえました。
あぶらあせをながしながら、なおも見ていますと、こんどは、白いシャツが、ヒラヒラと宙にまいあがり、モゴモゴ動いているうちに、まるで、人間がシャツを着たような、かたちになりました。それから、つぎには、白いワイシャツがヒラヒラとして、また、人間が着たかたちになりました。つまり、目に見えない人間が、ズボンをはき、シャツを着、ワイシャツを着たという、感じなのです。
ルンペン青年は、キツネにでも、化かされているのではないか、それとも、おそろしい夢でも見ているのではないかと、思いました。そうでなければ、こんなへんてこなことが、おこるはずがないからです。
目に見えないやつは、それから、上着をき、クツをはき、手ぶくろをはめました。すっかり洋服紳士になりすましたのです。しかし、たったひとつ、ないものがあります。首がないのです。
「みなさん、肩から上に何もない人間、首のない人間を見たことがありますか。ぼくも生まれてから、はじめて見たのですが、そりゃあ、へんなものですよ。」
青年は中村係長たちにむかって、さもおそろしそうに、そんなことを言いました。
ところが、そのつぎには、もっともっと、へんなことが、おこったのです。
地面に人間の首だけが、ころがっていたことは、さっきも言ったとおりですが、首のない洋服男は、身をかがめて、その地面の首をひろったのです。両手が青白い首を持ちあげたのです。「アラッ、おちていたのは、この人の首だったのか。」と、青年が、へんなことを考えているうちに、首なし男は、両手に持った首を、スーッと上にあげて、じぶんの肩の上に、チョコンと、のせました。すると、ふしぎなことに、首はそこにくっついたまま、はなれなくなったではありませんか。首なし男に首がついたのです。もうりっぱな一人まえの人間です。
青年は夢に夢みるここちで、いけがきのそとに、うずくまったまま、身うごきもできないでいましたが、すると、首のついた洋服紳士は、オーバーを着、ソフト帽をかぶって、いきなり、こっちへ、ちかづいてきました。青年はもう、生きたそらもありません。小さくなって、ブルブルふるえているばかりです。
しかし、その怪物は、青年に近づいたのではありません。いけがきのうちがわに立ちどまって、あちこちと見まわしていましたが、すぐ近くに、いけがきのやぶれた個所をみつけると、バリバリと音をさせて、そこから、そとへ出てきました。そして、もういちど、ゆっくりあたりを見まわしてから、くらい町を、むこうのほうへ、立ちさってしまいました。青年は、うまく、みつからないで、すんだのです。
ルンペン青年が話しおわると、中村係長が、まず口をきりました。
「きみの見たなま首というのは、透明怪人の有名なろう仮面なんだよ。首なしで町をあるくわけにはいかないから、頭からスッポリかぶるろう仮面でごまかしているのだ。」