← Library‹ 透明怪人 第二の道化師

窓まどをひらいても、れいによって、影かげのぬしは何なんも見みえません。黒川くろかわ記者きしゃは舌したうちしながら、席せきにもどるほかはありませんでした。

さて、その夜よる十じゅう時じごろになると、文代ふみよさんは寝室しんしつのベッドにはいり、小林こばやし少年しょうねんはその左ひだりがわの自分じぶんの寝室しんしつへ、中村なかむら係かかり長ちょうと黒川くろかわ記者きしゃは、文代ふみよさんの部屋へやの右みぎがわの客きゃく用ようの寝室しんしつへ、ひきとりました。三さん人にんの刑事けいじは徹夜てつやのかくごで、ふたりは裏庭うらにわに、ひとりは玄関げんかんに、がんばっています。

ただでさえさびしい屋敷やしき町まちです。夜よるがふけるにつれて、遠とおくからの物音ものおともとだえ、そのあたりいったいは、まるで大おおきな森もりの中なかへでもはいったように、しずまりかえっていました。

まよなかの十じゅう二に時じをすぎ、一時いちじに近ちかいころ、探偵たんてい事務じむ所しょの裏庭うらにわのそとに、ちょっとわけのわからない、みょうな出来事できごとがおこりました。

探偵たんてい事務じむ所しょは、明智あけちの住宅じゅうたくをもかねていて、一いち〇れい〇れい平方へいほうメートルほどの裏庭うらにわには、いろいろな木きが美うつくしくうえてあるのですが、ふたりの刑事けいじは、よくしげったひのきのかげに、イスを持もちだして、それに腰こしかけ、木きの枝えだのあいだから、四方しほうに目めをくばっていました。腰こしかけているばかりではありません。ときどき、そのうちのひとりが、イスから立たって、塀へいのそとの道路どうろまで出でて見みることもあるのです。

裏庭うらにわと道路どうろとのさかいには、ひくいコンクリート塀へいがあり、そこに出入でいり口くちのくぐり戸どがついているのです。塀へいのそとには街路がいろ灯とうが立たっていて、それが庭にわの中なかまでも、かすかに照てらしています。

いま、ひとりの刑事けいじが、イスをたちあがって、庭にわをよこぎり、そのとき、くぐり戸どをひらいて、そとの道路どうろに一いち歩ほふみだしたのですが、出でたかと思おもうと、ギョッとしたように、たちすくんでしまいました。

さびしい裏町うらまちのことですから、この夜よふけに、だれも通とおるものはないはずだと、思おもいこんでいたのに、見みると、すぐむこうの街路がいろ灯とうの柱はしらのそばに、みょうなものが立たっているではありませんか。それは、まっかな着物きものを着きた、大おおきな人形にんぎょうのようなものでした。

刑事けいじとその人形にんぎょうのようなものは、二十にじゅうメートルほどへだてて、しばらくにらみあいをつづけていました。じっと見みていると、それは人形にんぎょうではなくて、生いきた人間にんげん、赤あかと白しろのだんだらぞめの道化どうけ服ふくを着きた人間にんげんであることが、わかってきました。

「アッ、あいつだ。きょうの夕ゆうがた、公衆こうしゅう電話でんわの中なかで消きえうせたという、あの道化どうけ師しにちがいない。」

刑事けいじは、とっさに、それをさとると、いきなり道化どうけ師しにむかって、飛とびかかっていきましたが、道化どうけ師しのほうでも、そのときはもう、いちもくさんに、かけだしていました。ばかに足あしの早はやいやつです。

刑事けいじは走はしりながら、呼よびこをとりだして、ピリピリ……と吹ふきならしました。裏庭うらにわにいたもうひとりの刑事けいじがそれをきいて、飛とびだしてきましたが、さきの刑事けいじとのあいだは、もう五十ごじゅうメートルもへだたっています。とてもおっつけるものではありません。

さきの刑事けいじは、また逃にがしてしまうのかと、ざんねんでたまりません。歯はをくいしばって、死しにものぐるいのスピードをだしました。しかし、あいてはそれよりも早はやく走はしるのです。そうして、町まちかどを三みつほど通とおりすぎたときです。走はしっていた道化どうけ師しが、何なんを思おもったのか、ピッタリ立たちどまってしまいました。

見みると、むこうのくらやみの中なかに、怪物かいぶつの目玉めだまのような懐中かいちゅう電灯でんとうが光ひかっています。それはふたりの制服せいふく巡査じゅんさでした。このふきんの警戒けいかいにあたっていた巡査じゅんさが、今いまの呼よびこを聞ききつけて、道化どうけ師しのゆくてに立たちふさがってくれたのです。

「しめたッ!」刑事けいじは心こころにさけびながら、いきなり道化どうけ師しに近ちかづくと、柔道じゅうどうの手てで、みごとに、パッと、あいてを地面じめんに投なげたおし、その上うえから、馬うまのりになってしまいました。

「きさま、透明とうめい怪人かいじんだな、こんどこそ、もう逃にがさないぞ。」

そして、道化どうけ師しのろう仮面かめんを、はがそうと、顔かおに手てをかけたのですが、それはお面めんではなくて、ほんとうの人間にんげんの顔かおであることがわかりました。

「おや、それじゃ、きさま、透明とうめい人間にんげんじゃなかったのか。」

「そんなもんじゃありません。チンドン屋やの紅丸べにまるっていうものです。人ひとちがいです。わたしゃ、何なんも悪わるいことはしません。はなしてください……。」

くみしかれた道化どうけ師しは、泣なき声ごえをたてて、わめきました。

「それじゃ、この夜よふけに、どうしてあんなところに立たっていたんだ。」

「たのまれたんです。」

「たのまれた? だれに、何なんをたのまれたんだ。」

「だれかわかりません。三さん時間じかんほどまえ、道みちで行いきあった紳士しんしです。五千ごせん円えん札さつをくれました。そして、さっきのうちの、塀へいのそとに立たっていろ。そこへおまわりさんが来くるが、塀へいの中なかから人ひとが出でてきたら、いちもくさんに逃にげだせというんです。それで五千ごせん円えんなら、うまい話はなしだから、しょうちしたんです。」

懐中かいちゅう電灯でんとうでよく見みると、このチンドン屋やは、いかにもまぬけな顔かおをしていました。五千ごせん円えんに目めがくらんで、こんなつまらない役目やくめをひきうけたというのも、まんざらうそではなさそうです。

しかし、もしこの男おとこの言いうのが、ほんとうだとすると、その紳士しんしは、なんのために、そんなことをたのんだのでしょう。刑事けいじは首くびをかしげました。

「ともかく、中村なかむら係かかり長ちょうのところへ、ひっぱっていくことにしようじゃないか。これには、何なんかわけがありそうだぜ。」

あとからやってきた、もうひとりの刑事けいじが、道化どうけ師しに馬うまのりになっている刑事けいじの耳みみに、ささやきました。

そこで、さきの刑事けいじは、やっと立たちあがって、チンドン屋やをおこしてやり、その手てくびを、かたくにぎったまま、グングンと、もと来きたほうへ、ひっかえしました。もうひとりの刑事けいじとふたりの警官けいかんも、そのあとにしたがいます。

三百さんびゃくメートルあまり、もどって、探偵たんてい事務じむ所しょの裏口うらぐちに近ちかづきますと、そこに黒川くろかわ記者きしゃがまちうけていました。

「どうしたんです。なんだかさわがしいので、目めをさまして、ここまで出でてみたんだが。」

「ああ、黒川くろかわさんですか、こいつけしからんやつです。だれかにたのまれたと言いって、そこのところに立たっていたんですよ。夕ゆうがたの道化どうけ師しのことを聞きいているものだから、てっきり透明とうめい怪人かいじんだと思おもって、おっかけたんです。こいつ、ばかの足あしの早はやいやつで、大おおあせをかきましたよ。」

刑事けいじは、いまの出来事できごとを、すっかり話はなしてから、

「やっぱり、一いち度ど、中村なかむら係かかり長ちょうさんに、しらべていただきたいと思おもって、しょっぴいてきたのです。」

「ウン、中村なかむらさんは、よほどつかれていたとみえて、グッスリねこんでいる。だから、起おこさないで、ぼくひとり出でてきたんだが、それじゃ、中村なかむらさんを起おこして、ここへ来きてもらうことにしよう。」

黒川くろかわ記者きしゃは、そう言いって、裏庭うらにわのおくに、すがたをけしました。ところが、黒川くろかわ記者きしゃが、うちの中なかにはいってみると、そこには、じつにおどろくべき、珍事ちんじがおこっていました。魔法まほう使つかいの怪かい老人ろうじんは、またしても、おそろしい魔法まほうをつかったのです。

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