← Library‹ 透明怪人 三人の明智小五郎

部屋へやじゅうの人ひとが、「アッ。」と声こえをあげて、そう立たちになりました。そのとき、小林こばやし少年しょうねんといっしょに、部屋へやへはいってきたのが、あまりに意外いがいな人ひとだったからです。それは名めい探偵たんてい明智あけち小五郎こごろうでした。明智あけちがふたりになったのです。けさから、しらべ室しつに腰こしかけている明智あけちと、いまはいってきた明智あけちと、顔かおも服ふくも、まったく同おなじなのです。ふたごのように、そっくりなのです。

「ワハハハ……、どうです、諸君しょくんビックリしたかね。中村なかむら君くん、このふたりの明智あけち小五郎こごろうをしばってください。なわをかけてください。どっちかが、にせもののはずだ。しかし、どっちがそうか、まだよくわからない。ふたりともしばってください。にげられては、たいへんだからね。」

怪かい老人ろうじんは手てじょうをはめられたまま、イスから立たちあがって、わめきました。中村なかむら係かかり長ちょうを、中村なかむら君くんなどと、呼よびすてにして、いばっているのです。まるで、この部屋へやの中なかで、怪かい老人ろうじんがいちばんえらい人ひとのように見みえました。

もっとふしぎなのは、中村なかむら係かかり長ちょうのたいどでした。怪かい老人ろうじんをしかりつけるどころか、老人ろうじんの言いうままに、ベルをおして、部下ぶかの刑事けいじを呼よびよせ、にらみあっているふたりの明智あけち小五郎こごろうを、ほじょうで、しばらせてしまいました。ふたりをべつべつのイスにかけさせ、うしろ手でにしばって、そのなわを、イスのせなかにくくりつけたのです。

どちらがほんもので、どちらがにせものか、わかりませんが、ふたりの明智あけち小五郎こごろうは、あっけにとられているうちに、手てばやくしばられたので、てむかいするひまもなかったのです。

「ワハハハ……、いよいよおもしろくなってきたね。ところで、みなさん、わしはひとつ、はくじょうしなければならんことがある、それは、このわしも、にせものだということですよ。わしは透明とうめい人間にんげんをつくる老人ろうじんじゃない。そのかえだまですよ。あの老人ろうじんにたのまれて、ばくだいなお礼れいをもらって、ちょっと、かえだまをつとめたのです、そして、わざと、つかまえられたのです。ほんものの怪かい老人ろうじんが、あんなにやすやすと、つかまるはずはありませんからね。

透明とうめい怪人かいじんの首領しゅりょうは、わしをかえだまにして、つかまえさせ、みんなが、そのほうに気きをとられているすきに、まったくべつのものに変装へんそうして、ゆくえをくらましたのです。いや、ゆくえをくらますといっても、遠とおくへ逃にげたとはかぎらぬ。すぐわれわれの目めの前まえに、かくれているかもしれません。それも、いまじきにわかることです。ワハハハ……、じつに、ゆかいですよ。

わしは、いま正体しょうたいをあらわします。変装へんそうをとくのです、それには、この手てじょうがじゃまじゃ。中村なかむら君くん、ちょっと、これをはずしてください。」

怪かい老人ろうじんはそう言いって、両手りょうてを中村なかむら係かかり長ちょうの前まえにさしだしました。そんなことを言いって、手てじょうをはずさせ、いきなり、逃にげだすつもりではないでしょうか。あぶない、あぶない。しかし、中村なかむら係かかり長ちょうはへいきです。ポケットからかぎをだして、老人ろうじんの手てじょうをパチンとはずしてやったではありませんか。

老人ろうじんは、逃にげだしたでしょうか。

いや、逃にげだしはしませんでした。ただ、部屋へやのすみへいって、向むこうをむいたまま、しゃがんでしまったのです。

見みていますと、老人ろうじんのしらがのあたまが、まるで皮かわをはがすように、スッポリとぬけて、その下したから、黒くろいモジャモジャの毛けが、あらわれました。カツラをかぶっていたのです。つぎには、長ながい白しろひげと、二ふたつの白しろいまゆ毛げが、ヒラヒラと、ゆかにおちました。これもつけひげと、つけまゆ毛げだったのです。それから、しばらくモジモジとからだを動うごかしていましたが、黒くろいダブダブのガウンを、パッとぬぎすててクルッとこちらを向むいて、立たちあがったすがた……、おお、ここにもまたひとり、明智あけち小五郎こごろうです。怪かい老人ろうじんが名めい探偵たんていに、はやがわりしてしまったのです。

どこからどこまで、すこしもちがわない、三さん人にんの明智あけち小五郎こごろう、ふたりはうしろ手でにしばられて、イスに腰こしかけ、ひとりは部屋へやのすみに立たって、たがいに顔かおを見みあわしている三さん人にんの名めい探偵たんてい。ああ、これは、なんとしたことでしょう。みんな夢ゆめを見みているのでしょうか。いや、夢ゆめではありません。そこには捜査そうさ課か長ちょうと係かかり長ちょうの中村なかむら警部けいぶのほかに、さっき明智あけちをしばったふたりの刑事けいじ、小林こばやし少年しょうねん、文代ふみよさん、五ご人にんの中学ちゅうがく生せいなどがいるのです。こんなにおおぜいの人ひとが、そろって、同おなじ夢ゆめを見みるはずがありません。

怪かい老人ろうじんの変装へんそうをといた第だい三さんの明智あけち探偵たんていは、いままでの老人ろうじんとは、にてもにつかぬシャンとしたすがたで、ツカツカと部屋へやのまん中なかに、すすみました。

「小林こばやし君くん、きみはひじょうな手てがらをたてた。さすがは、ぼくの助手じょしゅだよ。さて、捜査そうさ課か長ちょうはじめ、みなさんに、申もうしあげたいことがあります。

ぼくはいま、老人ろうじんからのお礼れいをもらって、老人ろうじんのかえだまになったと、言いいましたが、それはむろん、明智あけちとしてではありません。老人ろうじんが敵てきの明智あけち探偵たんていに、かえだまをたのむはずがないからです。ぼくは老人ろうじんのかくれがへ、ひとりのコックとして、すみこんでいました。そして、頭あたまの悪わるい、うすのろのコックとみせかけていたのです。

老人ろうじんは、しんぺんが、あやうくなってきたので、自分じぶんをかきけしてしまって、まったくべつの人ひとに化ばける決心けっしんをしました。それにはかえだまをつかって、警察けいさつをだまさなければならない。それには、うすのろのコックが、もってこいだ。というわけで、ぼくに金かねをつかませて、老人ろうじんに変装へんそうさせ、わざと焼やけビルの中なかへのこしておいて、明智あけち探偵たんていに、つかまえさせたのです。

みなさん、じつにふしぎではありませんか。明智あけち探偵たんていが明智あけち探偵たんていを、とらえたのです。とらえたほうの明智あけちが、ほんものでしょうか。とらえられたほうの明智あけちがほんものでしょうか。いや、それだけではありません。もうひとり明智あけちがいるのです。小林こばやし君くんが悪者わるもののすみかから、すくいだしてきた明智あけち君くんが、そこにしばられています。いったい、この三さん人にんのうちで、だれが、ほんとうの明智あけち小五郎こごろうなのでしょうか。

小林こばやし君くんにすくいだされたのが、ほんものとすれば、ぼくと、ぼくをとらえたふたりの明智あけちがにせもののはずです。また、焼やけビルから、樋といをつたって、逃にげだし、それから、中村なかむら君くんといっしょに、老人ろうじんに化ばけたぼくをとらえた明智あけち君くんが、ほんものだとすると、ぼくと、そちらにしばられている明智あけち君くんとが、にせもののはずです。じつに、めんどうなことに、なったものですね。いったい、なんのために、明智あけち小五郎こごろうが、三さん人にんもあらわれたのでしょう。

それは、こういうわけです。この三さん人にんのうちには、ほんとうの明智あけちと、明智あけちが日ひごろから用意よういしておいた、明智あけちのかえだまと、それから、明智あけちに化ばけた透明とうめい怪人かいじんの首領しゅりょうとがいるからです。ひとりは明智あけち、ひとりは明智あけちのかえだま、ひとりは賊ぞくの首領しゅりょうです。三さん人にんのうちの、だれが明智あけちでしょう。だれが賊ぞくの首領しゅりょうでしょう。それは、いまにわかります。ぼくがこれから、それをといてみましょう。そうすれば、透明とうめい怪人かいじんのひみつも、すっかりとけるのです。」

第だい三さんの明智あけちは、そこまで言いって、ことばをきり、グルッとあたりを見みまわしました。あっけにとられた人々ひとびとは、息いきをするのもわすれたように、じっと第だい三さんの明智あけちのすがたを、見みつめています。おおぜい、人ひとがいるのに、部屋へやの中なかはシーンとして、ものすごいほどの、しずけさです。

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