← Library‹ 青べか物語 貝盗人

私わたくしは私わたくしの青あおべかで海うみへ出でた。茶ちゃの入はいった大おおきな湯沸ゆわかしと、魚煎餅うおせんべいとあんこだまと、二に三さん冊さつの本ほんを持もって。夏なつでなくとも、晴はれて風かぜのない日ひに海うみへ出でると、水面すいめんからの輻射熱ふくしゃねつで暑あつい。私わたくしはパンツにポロシャツを着きただけで、大おおきな麦藁帽むぎわらぼうをかぶっていた。海うみへ出でると櫂かいをあげ、舟ふねを流ながし放はなしにして本ほんを読よむ。汐時しおどきさえ計はかっておけば、舟ふねは殆ほとんど同おなじところを動うごくことはない。読よみ飽あきれば帽子ぼうしを顔かおにかぶせ、舟底ふなぞこへ横よこになって眠ねむってもいい。或あるとき眠ねむり忘わすれて退ひき汐しおになり、そうなると櫂かいで漕こぎ戻もどるのは困難こんなんだから、少すくなからず狼狽ろうばいしたけれども、沖おきの漁りょうから帰かえって来くる知しりあいの機械きかい船せんをみつけて、浦粕うらかすまで曳ひき戻もどってもらうことも覚おぼえた。

春はるから初夏しょかにかけて、浦うら粕かすの浜はまでは「活いけ場ば」の看視かんし人にんがいそがしくなる。

大おお汐しおのときには水際みずぎわから四五しごキロも沖おきまで水みずが退しりぞき、ところどころ汐しおの溜たまりを残のこすほかは、見渡みわたす限かぎりの干潟ひがたになるため、汐干しおひ狩かりの客きゃくの多おおいことは云いうまでもない。これらの中なかには狡ずるい者ものがあって、看視かんしを怠おこたると貝かいの代金だいきんを払はらわずに帰かえってしまう。ついうっかりして忘わすれる客きゃくもあるが、計画けいかく的てきに貝かいを盗ぬすみに来くる者ものもあるので、客きゃくの混こむもの日ひなど、番ばんに当あたった看視かんし人にんは精根せいこんを使つかいはたすのが常つねであった。

このほか、厳重げんじゅうに禁きんじられている「ころがし」も見張みはらなければならない。それは三叉みつまたになった棒ぼうの先さきに、釘くぎを曲まげたのを植うえつけた輪わがあり、それをさりげないようすで転ころがして歩あるく。すると、水みずの底そこにいる小魚こざかなが、みんなその輪わに植うえた曲まげ釘くぎにひっかかって来くるので、底そこの小魚こざかなはきれいに掠さらわれてしまう。それでは魚さかなが育そだたないので、保護ほごするためにころがしは禁きんじてあるのだが、看視かんし人にんの眼めがゆるむと、かれらはどこからともなくあらわれて、すばやく魚さかなを掠かすってゆくのであった。

暢気のんきなほうでは、月夜つきよの「踏ふみ」と、「鱸拾すずきひろい」がある。魚さかなを踏ふむ話はなしはすでに紹介しょうかいしたが、鱸すずき拾ひろいもほかでは聞きいたことのないものである。これはその日ひの稼かせぎにあぶれた人ひとたちが、東京とうきょうあたりからはるばるやって来くるのだというが、――土地とちの漁師りょうしの説せつによると、鱸すずきという魚さかなは相当そうとうぬけたところがあるそうで、汐しおの退しりぞくときに汐しおが退しりぞくことをど忘わすれして、気きがついてみると干潟ひがたの中なかの汐しお溜たまりに残のこされてしまい、そこから逭のがれ出でようとしていたずらにあばけるのだという。それをみつけて捕とるのだから、字義じぎどおり「拾ひろう」のであって、私わたくしもしばしば、鮭さけくらいの大おおきさの鱸すずきを、肩かたにひっかけて帰かえる労務ろうむ者しゃを見みかけたことがあった。

そのころでも、鮭さけくらい大おおきい鱸すずきは、東京とうきょうの料亭りょうていなどへ持もってゆくと、六ろくか七なな、うまいときには一いち〇れいくらいになるとのことで、いつもふところの寒さむい私わたくしも、そういう幸運こううんにめぐりあいたいものと思おもい、何なん回かいとなく干潟ひがたを歩あるきまわったものであるが、ついに一いち度どもまぬけな鱸すずきに出会であうことはなかった。

さてその日ひ、――私わたくしは私わたくしの青あおべかを流ながし放はなしにして、汐しおの中なかで横よこになり、「青あお巻まき」という本ほんを読よんでいたが、読よみ飽あきて、ふと気きがついてみると、いつか汐しおが干ひてしまい、青あおべかは砂上さじょうに坐すわっていた。私わたくしは本ほんを置おいて起おき直なおり、あんこだまと魚さかな煎餅せんべいを喰たべ、なまぬるくなった茶ちゃを飲のみ、暫しばらくぼんやりしていてから、ひとつ貝かいでも採とってやろうか、と独ひとり言ごとを呟つぶやいた。――断ことわっておくが、そのとき私わたくしは浜はまの制度せいどについてなにも知しらなかった。その沖おきが貝かいの活いけ場ばであることも、「ころがし」のことなども知しらなかった。そうして青あおべかからおりて、なんの目算もくさんもなく干潟ひがたの砂すなを掘ほってみると、なんと、拳こぶしくらいの大おおきな赤貝あかがいが幾いくらでも出でて来きた。

「すげえや」私わたくしは胸むねをおどらせながら叫さけび声ごえをあげた、「こりゃあすげえや」

私わたくしは昂奮こうふんし、躯からだじゅうに幸福こうふく感かんが満みち溢あふれるのを感かんじた。赤貝あかがいはそれほど大おおきく、また、信しんじがたいほど数多かずおおく、掘ほれば掘ほるだけ出でて来きた。私わたくしはそれらをいちど青あおべかの中なかへ運はこび入いれ、戻もどって来きてまた掘ほった。するとこんどは蛤はまぐりにぶっつかった。蛤はまぐりもそれまでに見みたことのないみごとなやつで、しかも粒つぶが揃そろっていたし、掘ほる手てを待まちかねていたかのように、ぞくぞくと転ころげ出でて来きた。

そのとき私わたくしは、満みち溢あふれる幸福こうふく感かんの中なかに一種いっしゅの不安ふあん、不安ふあんというほどはっきりしたものではなく、人間にんげんが幸福こうふくすぎるときに感かんじる「これは現実げんじつのものだろうか」といったような、おちつかない気分きぶんが小指こゆびを動うごかすのを感かんじた。そうして、その気分きぶんを立証りっしょうするかのように、一人ひとりの男おとこが近ちかよって来きた。――それは逞たくましい男おとこであった。ぼったと呼よばれる腰こしっきりの沖おき着ぎの下したから、古ふるびた下帯したおびを覗のぞかせ、裸はだかの太腿ふとももから脛すねへかけてびっしょり毛けが生はえているうえに、筋肉きんにくがこりこりと瘤こぶをなしていた。陽ひにやけた顔かおもぶしょう髭ひげが伸のび、濃こい眉毛まゆげの下したの大おおきな眼めは、いまにも私わたくしを覘ねらって弾丸たまを発射はっしゃする二ふたつの銃口じゅうこうのようにみえた。

「なにをしてるだね」と男おとこは云いった。

私わたくしは答こたえて、砂上さじょうに掘ほり出だしてある蛤はまぐりを指ゆびさした。男おとこは蛤はまぐりを見み、私わたくしの顔かおを吟味ぎんみするように見み、それから蛤はまぐりを見みて、また吟味ぎんみするように私わたくしを見みた。

「どこから来きただね」と男おとこが云いった。

私わたくしが答こたえると、男おとこは振ふり返かえって私わたくしの青あおべかを眺ながめ、歯はをむきだして冷笑れいしょうした。

「青あおべかを買かったのはおめえか」と男おとこは云いった、「すると蒸気じょうき河岸がしの先生せんせいだね」

私わたくしは肯定こうていした。

「じゃあ信用しんようすべえが」と男おとこは権力けんりょくの代行だいこう者しゃのように云いった、「ここは貝かいの活いけ場ばだ、こんなところで貝かいを採とったりするとただじゃ済すまねえだよ」

彼かれは私わたくしの掘ほった蛤はまぐりを取とると、水みずのあるほうへばらばらと放ほうり投なげた。やっぱりそういうことか、と私わたくしは思おもった。こんなことがあるわけはない、こんなに大おおきな赤貝あかがいや蛤はまぐりがぞくぞく出でて来くるなんて、それだけで訝いぶかしいと気きがつくべきじゃないか。私わたくしはそう思おもいながら、青あおべかのほうへ歩あるいていって、さっきの赤貝あかがいどもを男おとこのするように、取とっては投なげ取とっては投なげした。蛤はまぐりの解放かいほうを終おわった男おとこは、たぶん私わたくしの正直しょうじきさを認みとめ、いくらか気きの毒どくにもなったのだろう、砂すなの中なかから大おおきな灰色はいいろの二に枚まい貝かいを掘ほり出だすと、それを持もって私わたくしのほうへ歩あゆみよって来きた。

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