← Library‹ 智恵の一太郎 月とゴム風船

一太郎いちたろう君くんは、月つきがあんまり小ちいさく見みえたので、びっくりしてしまいました。

大学だいがく生せいの高橋たかはしさんに教おそわって、長ながさ五十ごじゅう糎センチほどの画用がよう紙しの筒つつで、空そらの月つきをのぞきながら、その紙筒かみづつの先さきをだんだん細ほそくまいていきますと、月つきの方ほうでもだんだん小ちいさくなっていって、紙筒かみづつの先さきの穴あなが、さしわたし三さん粍ミリほどになっても、月つきは、まだちゃんとその中なかに見みえていたのです。

洋食ようしょく皿さらよりも少すこし小ちいさいくらいだと思おもっていた月つきが、紙筒かみづつでのぞいて見みると、米こめつぶほどになってしまったのです。

なぜそんなに小ちいさく見みえるかというわけは、前まえに書かいてあるとおりですが、その実験じっけんをしてから二三にさん日にちたった夕方ゆうがた、一太郎いちたろう君くんはまた高橋たかはしさんのお家いえへ遊あそびに行いきました。昼間ひるま道みちで出であった時とき、この前まえよりも、もっとおもしろい実験じっけんをして見みせるからと、さそわれたからです。

お庭にわの方ほうへはいって行いきますと、高橋たかはしさんは縁側えんがわに腰こしをかけ、手てに、この間あいだの晩ばんの画用がよう紙しの筒つつを持もって、にこにこしながら、一太郎いちたろう君くんを待まっていました。

「やあ、よく来きたね。今日きょうは、もう一いち度ど君くんをびっくりさせてあげようと思おもって、ちゃんと用意よういがしてあるのだよ。だが、まずあの月つきをごらん。ほら、むこうの家いえの屋根やねの上うえだよ」

高橋たかはしさんにいわれて、その方ほうをふりむきますと、そこに、とても大おおきな月つきが出でていました。

まだ暮くれきらぬ夕ゆうぐれの、うす明あかるい空そらに、朱色しゅいろをした大おおきな大おおきな月つきが、ぼうっと浮うかんでいました。いつも空そらの上うえの方ほうで見みる銀色ぎんいろの月つきにくらべると、五六ごろく倍ばいもあるかと思おもわれる大おおきさです。

「わあ、でっかい月つきだなあ。まるで赤あかいお盆ぼんのようですね」

「大おおきいだろう。この間あいだここで見みた月つきとは、まったく別べつもののように見みえるね。なぜだろう。なぜ、こんなに大おおきく見みえるのだろう」

「それは、出ではじめだからでしょう。月つきでも太陽たいようでも、出ではじめには、みんな大おおきく見みえるのでしょう」

「そうだね。出ではじめは大おおきく見みえる。それから西にしの方ほうへかくれる時ときにも、また大おおきくなる。なぜ空そらの上うえの方ほうでは小ちいさくて、出でる時ときと入はいる時ときには、あんなに大おおきく見みえるのだろうね。さあ、今日きょうの問題もんだいはこれだよ。答こたえられるかい」

高橋たかはしさんは、あの意味いみありげな笑わらい方かたをして、じっと一太郎いちたろう君くんの顔かおを見みるのでした。

一太郎いちたろう君くんは、はっとしました。わかりきっているように思おもっていたことが、ほんとうは、少すこしもわかっていなかったからです。出でる時ときと入はいる時ときには、月つきが私わたくしたちに近ちかくなるので、大おおきく見みえるのでしょうか。けっしてそんなことはありません。月つきは地球ちきゅうのまわりを廻まわっているのですから、出でる時ときと入はいる時ときだけ、ことさら地球ちきゅうに近ちかくなるわけがありません。

近ちかいから大おおきく見みえるのでないとすれば、では、なぜでしょう。なぜ、あんなに大おおきく見みえるのでしょう。

高橋たかはしさんの質問しつもんは、いつもこんな風ふうに、一太郎いちたろう君くんをびっくりさせるのでした。ごくなんでもないことの中なかから、じつにふしぎな、あっとおどろくような問題もんだいを探さがし出だして、見みせてくれるのです。

「ハハハ、すっかり考かんがえこんでしまったね。それじゃ、君きみはあの屋根やねの上うえの月つきが、ほんとうに大おおきいと思おもっているのかい」

高橋たかはしさんは、また妙みょうなことをいいだしました。

「え、なんですって?」

一太郎いちたろう君くんには、高橋たかはしさんのいうことが、よくのみこめないのです。目めをパチパチさせています。

「ハハハ、めんくらっているね。今いまにわかるよ。さあ、この紙筒かみづつをごらん。この先さきの穴あなは、この間あいだの晩ばん、空そらの上うえの方ほうにある月つきをのぞいた時ときと、同おなじ大おおきさにしてあるんだよ。直径ちょっけい三さん粍みりめーとるほどの小ちいさな穴あなだ。この間あいだの晩ばんのぞいた時ときは、月つきが三さん粍みりめーとるの穴あなに、ちゃんと一いっぱいになって見みえたんだね。

だから、今いまあすこに出でている大おおきな盆ぼんのような月つきが、もしこの間あいだの月つきよりも大おおきいとすれば、この三さん粍みりめーとるの穴あなには、はいりきらないわけだろう。さあ、ためしにのぞいてごらん。この穴あなに入はいるか入はいらないか」

一太郎いちたろう君くんはいわれるままに、紙筒かみづつを受取うけとって、その広ひろい方ほうの口くちを目めにあて、望遠ぼうえん鏡きょうをのぞくようにして、先さきの方ほうの小ちいさい穴あなを月つきに向むけました。

すると、これはどうでしょう。ふしぎなことには、あのお盆ぼんのような大おおきな赤あかい月つきが、米こめつぶほどの、その小ちいさな穴あなに、すっかりはいりきってしまったではありませんか。

「やあ、へんですねえ。この間あいだの小ちいさい月つきと、ちっともちがわないですよ。ただ色いろが赤あかいだけで、大おおきさは、すっかり同おなじですよ。ふしぎだなあ。どうして、これでのぞくと、あの大おおきな月つきが、一いちぺんに小ちいさくなってしまうのでしょう」

ただ一いち枚まいの画用がよう紙しをまいた紙筒かみづつが、いよいよ魔法まほう眼鏡めがねのように思おもわれてくるのでした。

「それがほんとうなのさ。出ではじめの月つきも、高たかくのぼった月つきも、大おおきさはちっともちがわないのだ。目めにうつっている大おおきさも、同おなじことなんだ。ただ、出ではじめの月つきの方ほうが、ひどく大おおきいような気きがするだけなんだよ。

その証拠しょうこにはね、出ではじめの月つきと、高たかくのぼった月つきを、写真しゃしんにとってくらべてみると、少すこしも大おおきさがちがわないのだよ。写真しゃしんは正直しょうじきだからね」

「ほんとうですか。だって、あんなに大おおきく見みえるじゃありませんか。ちょうどお茶碗ちゃわんとお盆ぼんぐらいも、ちがうじゃありませんか」

一太郎いちたろう君くんには、目めにうつっている大おおきさが同おなじだなんて、どうにも信しんじられないのでした。

「大人おとなが子供こどもにとりかこまれていると、大人おとなはたいへん大おおきく見みえるだろう。ところが、その同おなじ大人おとなの人ひとを、相撲すもうの横綱よこづなとならべて立たたせて見みると、今度こんどはひどく小ちいさく見みえるね。

月つきもそうなんだよ。広々ひろびろとした空そらの真中まんなかにいる時ときには、まわりがあんまり広ひろいものだから、月つきは小ちいさく見みえる。ところが、出ではじめの時ときは、建物たてものの屋根やねだとか、森もりだとか、いろいろなものが近ちかくにあるので、なんにもない空そらにある時ときよりも、大おおきく感かんじられるのだよ。目めにうつっている大おおきさは、少すこしもちがわないのだ。

だが、それだけじゃない。それよりも、もっと大おおきなわけがあるのだよ。それは口くちでいうよりも、実験じっけんしてみると、一番いちばんよくわかる。さあ、こちらへ来きてごらん。ちゃんと用意よういがしてあるんだよ」

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