ごうーと地ひびきをたてて、二人の目の前を、急行列車が通りすぎました。
二人はたんぼの中の、細い道に立って、それを見送っていました。空は青々とはれわたった、ある秋の日曜日のことです。
「ねえ、伯父さん、ずいぶん早いですね。もうあんなに小さくなってしまった」
学生服を着た少年が、遠ざかって行く汽車を見おくりながら、話しかけました。この少年はおなじみの一太郎君です。話しかけられたおじさんは、いつも一太郎君におもしろい理科の話をして下さる、あの農学博士の伯父さんです。一太郎君は久しぶりに田舎の伯父さんのお家をたずねて、二人で近所に出かけた途中なのです。
「うん、ずいぶん早いね。汽車にくらべると、僕たちがこうして歩いているのは、兎と亀どころじゃない、兎とカタツムリほどのちがいがあるね」
伯父さんはそう答えて、線路にそったたんぼ道を歩きだしましたが、しばらくすると、ふと何か思いついたように、一太郎君の方をふりむいて、こんなことをいうのでした。
「汽車はずいぶん早いが、その汽車よりも早いものが、まだいろいろあるね」
「ええ、あります。自動車、飛行機、ロケット、それから……」
「それから?」
「あ、そうだ。それから、大砲のたまです」
「うん、大砲のたまは、飛行機よりも早いね。それから?」
「えーと、それから……」
一太郎君は、そこで行きつまってしまいました。その外に汽車より早いものなんて、ちょっと思い出せなかったのです。
「思い出せないかい。形のないもので、もっと早いものがあるはずなんだがねえ」
「あ、そうか。風でしょう。暴風は汽車より早いんでしょう」
「うん、暴風も早いだろうね。だが、まだほかにあるよ。風は木の葉を吹き飛ばしたりするので、目に見えるといえば見えるが、もっと全く見えないものがあるんだ」
一太郎君は、しばらくだまりこんで、あるいていましたが、いくら考えてもわかりません。
「そんなものがあるんですか。へんだなあ。僕、どうしても思い出せないんです」
「そうか。それじゃ教えてあげよう。それはね、音なんだよ」
「え、音ですって?」
「うん、耳にきこえるいろいろな物音だよ。こうして話してる僕の声も、やっぱり音の一つだね」
「あ、そうか。音は空気を伝わって、耳の鼓膜にひびくのですね。その空気を伝わる早さが、汽車よりも早いのですね」
「そうだよ。思い出したかい。音の早さがどのくらいか、先生に教わったことがあるんだろう」
「え、教わったんです。でも、僕、忘れちゃった」
「音の早さは、一秒間に三百四十メートル。もっとも、これは空気の温度が摂氏十五度の時の早さで、それよりも熱くなれば、音の伝わり方はもっと早くなり、寒くなれば、おそくなるんだよ。だから、冬よりも夏の方が、音は早くきこえるというわけだね。早いとかおそいとか言っても、耳では感じられないくらいのちがいだがね」
「へえ、温度でちがうんですか」
「うん、温度ばかりじゃない。音は伝わるものによって、みんな早さがちがうのだよ。音は気体でも液体でも固体でも伝わる。気体というのは空気のようなものだね。液体というのは水のような流れるもの、固体というのは、木とか金とか、そのほかしっかりした形のあるものだね。
そこで、今思いついたんだが、一つ音の伝わる早さの実験をやってみようか」
「え、実験ですって? お家へ帰ってですか」
「いや、ここでやるんだよ」
「だって、ここには何も道具がないじゃありませんか」
「ないことはない。ほら、そこに立派な道具があるじゃないか」
伯父さんはそういって、横の土手の上を指さしました。しかし、一太郎君にはまだわかりません。へんな顔をして、きょろきょろそのへんを見まわしています。
「ははは……わからないかい。ほら、それだよ。むこうがわの土手の上のレールだよ」
「へえ、レールが実験の道具なんですか」
一太郎君はびっくりしてしまいました。そこには線路の土手が二重にならんでいて、むこうがわの線路は、新しくできた郊外電車のレールなのですが、まだ工事がすんだばかりで、電車は通っていないのです。
「そうだよ、こんなうまい道具は、どこの実験室へ行ったってありゃしない。むこうがわの赤さびのレールが、僕たちの実験の道具になるんだ。
君に注意しておくがね、この実験は、ああいう汽車も電車も通っていないレールだからできるので、こちらがわのような、ふつうのレールでは、けっしてやってはいけないのだよ。第一土手へのぼることも禁じられているし、もし実験中に汽車が来るようなことがあったら、命にもかかわることなんだからね。実験がおもしろいからといって、ふつうの線路などで、こんなまねをするんじゃないよ。いいかい。わかったね」
二人は話しながら、汽車の線路の方の踏切を通りすぎ、まだ電車の通っていない線路の土手にのぼりました。しかれたばかりの赤さびのレールが、ずーっと目もはるかにつづいています。
「さあ、君はここにしゃがんで待っているんだよ。僕は四十メートルほどむこうへ行って、そこでこのレールを、石でたたくからね、よーしといったら、君はこのレールへ一方の耳をつけて、その音を聞くんだよ。
近くではだめなんだ。四十メートルぐらいはなれていないと、この実験はできないのだよ。いいかい、じゃあ行くよ。むこうから、よーしといったら、レールへ耳をつけるんだよ」
一太郎君がレールのそばに、しゃがんでいますと、伯父さんは土手の上を四十メートルほどむこうまで走って行って、立ちどまり、そのへんの小石をひろったかと思うと、その手を高く上げてあいずをしながら、「よーし」と大声にさけびました。
一太郎君はその声を聞くやいなや、土手の上に横になって、顔は伯父さんの方をむけたまま、一方の耳を赤さびのレールの上に、ぴったりとくっつけました。
伯父さんは、もう一度「いいかい」とさけんでおいて、右手に持った小石で、力をこめてレールをたたきました。