← Library‹ 智恵の一太郎 ゴムマリとミシン針

春はるのはじめの、ある日曜にちよう日ひのおひるすぎのことでした。

一太郎いちたろう君くんのお母ははさんは、八はち畳じょうのお部屋へやの縁側えんがわに近ちかい明あかるい所ところへ、モーターつきの、ミシン台だいを持もち出だして、一太郎いちたろう君くんのシャツをぬっておられました。足あしぶみのミシンではありませんから、坐すわっていてお仕事しごとが出来できるのです。

一太郎いちたろう君くんは日当ひあたりのよい縁側えんがわに足あしをなげ出だして、お母ははさんとお話はなしをしていました。

縁側えんがわの前まえは広ひろいお庭にわで、沢山たくさんの立木りゅうぼくの向むこうに板塀いたべいが見みえています。その塀へいのむこうの空地くうちで、近所きんじょの子供こどもたちが、マリ投なげをして遊あそんでいる声こえがきこえていました。みんな一太郎いちたろう君くんのお友達ともだちです。

突然とつぜん、子供こどもたちの「アッ」という声こえがきこえたかと思おもうと、お庭にわの木この葉はが、ガサガサと鳴なって、どうやらゴムマリがお庭にわの中なかへおちたらしい様子ようすです。

一太郎いちたろう君くんはマリを拾ひろって、塀へいの外そとへなげ返かえしてやろうと思おもって、縁側えんがわから庭にわ下駄げたをはいておりて行いきました。そして、塀へいの近ちかくの立木りゅうぼくの下したをさがしていますと、玄関げんかんの方ほうから、

「マリをとらせて下ください」

と叫さけんでいる子供こどもたちの声こえがきこえて来きました。

一太郎いちたろう君くんは表ひょうの方ほうからお庭にわへ入はいる枝折戸しおりどのところへ行いって、それを開ひらきながら、

「ア、賢けんちゃん広ひろしちゃんだね。君きみ達たちも入はいってマリをさがすといいや。なかなかめっからないんだよ」

と、二人ふたりの少年しょうねんをお庭にわへさそい入いれました。

そして、三さん人にんづれで立木りゅうぼくの下したをしばらくさがしまわっていましたが、やがて、賢けんちゃんという子供こどもが、

「アッ、ここにあった。こんな穴あなの中なかへおちていたんだよ」

と、云いって塀へいぎわの地面じめんを指ゆびさしました。

それは、ゴムマリよりもちょっと大おおきいぐらいの広ひろさで、一いち米まいもあるような深ふかい穴あなでした。少すこし前まえまでは、そこにお庭にわを照てらすための電燈でんとうの柱はしらが立たっていたのですが、電気でんき節約せつやくのために、それをやめて、柱はしらをぬかせてしまった、そのあとの穴あななのです。

賢けんちゃんは地面じめんに腹這はらばいになって、右手みぎてを肩かたのへんまでその穴あなの中なかへ入いれて、マリを取とろうとしましたが、穴あなが深ふかくて、指ゆびがマリにとどかないことがわかりました。

一太郎いちたろう君くんも同おなじようにして、ためして見みましたが、やっぱりとどきません。

それを見みて、広ひろしちゃんという子供こどもは、お庭にわの隅すみから細ほそい竹切たけぎれを二に本ほん見みつけ出だして来きました。その二に本ほんの竹たけを箸はしのようにして、マリをはさみ出だそうというわけです。

三さん人にんは、かわるがわる、その竹切たけぎれを使つかって、いろいろやって見みましたが、穴あながせまいので、どうしてもマリをはさみ出だすことが出来できません。

三さん人にんは困こまってしまって、穴あなのそばに突立つきたったまま、しばらく顔かお見合みあわせていましたが、やがて賢けんちゃんが、

「シャベルで穴あなを掘ほりひろげるより仕方しかたがないね」

と云いい出だしました。

一太郎いちたろう君くんはそれに答こたえず、何なんか考かんがえ込こんでいましたが、ハッと名案めいあんがうかんだらしく、生いき生いきした顔かおになって云いいました。

「シャベルなんか使つかわなくても、いいことがあるよ。バケツに一いっぱいの水みずがあれば、このマリは、わけなく取出とりだせるんだよ」

「エッ、バケツに一いっぱいの水みずだって?」

賢けんちゃんも広ひろちゃんも、びっくりしたように聞きき返かえしました。智恵ちえの一太郎いちたろうがまた妙みょうなことを云いい出だしたなと、目めをぱちくりやっています。

「そうだよ。バケツに一いっぱいの水みずだよ。わからないかい。マア、見みててごらん。今いま、マリを取出とりだして上あげるから」

そう云いいすてて、一太郎いちたろう君くんは裏庭うらにわの方ほうへかけ出だして行いきましたが、しばらくしますと、バケツの中なかへ、一いっぱい水みずをくんで帰かえって来きました。

「サア、いいかい。見みててごらんよ」

一太郎いちたろう君くんは、アッケにとられている二人ふたりの前まえで、そのバケツの水みずを、深ふかい穴あなの中なかへザーッと流ながしこみました。

するとどんなことが起おこったでしょう。読者どくしゃ諸君しょくんはもうとっくにおわかりでしょう。バケツの水みずが流ながれこむにつれて、せまい穴あなの中なかの水みずかさは、だんだんまして来くるのです。おしまいには穴あなの口くちのすぐ近ちかくまで、水みずで一いっぱいになってしまいました。ゴムマリは水みずよりも軽かるいのです。穴あなが水みずで一いっぱいになれば、マリは穴あなの入口いりぐちのところまで浮上うきあがってくるわけではありませんか。

賢けんちゃんは、なんなく浮上うきあがったマリを拾ひろい取とりました。そして、広ひろしちゃんと二人ふたりで、さも感心かんしんしたように、一太郎いちたろう君くんの顔かおをながめるのでした。

「やっぱりえらいや。ねえ、広ひろしちゃん」

「ウン、智恵ちえの一太郎いちたろうだもの」

そして、二人ふたりの少年しょうねんは、口々くちぐちに「ありがとう」「ありがとう」とくり返かえしながら、枝折戸しおりどを出でて行いきました。

一太郎いちたろう君くんが二人ふたりを見みおくって、縁側えんがわにもどって来きます、とお母ははさんはミシンをとめて、ニコニコしながら、こちらを見みておいでになりました。

「一太郎いちたろうさん、うまく考かんがえたわね。お母ははさんもすっかり感心かんしんしてよ」

と、ほめて下くださいましたが、なぜか、そのままそばの火鉢ひばちの中なかをのぞきこんで、火ひばしでしきりと灰はいをかきさがしていらっしゃるのです。

「お母ははさん、どうしたの。火鉢ひばちの中なかへ何なんかおとしたんですか」

一太郎いちたろう君くんがたずねますと、お母ははさんはちょっときまりが悪わるいような顔かおをして、

「エエ、あんたたちの方ほうへ気きをとられていたもんだから、ミシンの針はりを取とりかえようとして、それを灰はいの中なかへおとしてしまったのよ」

マリが穴あなの中なかへおちたかと思おもえば、今度こんどは針はりが灰はいの中なかへおちたのです。妙みょうに面倒めんどうな場所ばしょへ物ものの落おちる日ひです。マリの方ほうは大おおきいものですから、取出とりだすのにわけはありませんが、灰はいの中なかへ細ほそい針はりがおちたのでは、容易よういに探さがし出だせるものではありません。

でも、お母ははさんは、あきらめ切きれないように、いつまでも火箸ひばしで灰はいをかきさがしながら、おっしゃるのです。

「今いまは物ものを大切たいせつにしなければならない時ときでしょう。それに、ミシンの針はりはなかなか手てに入はいらないのよ。一太郎いちたろうさん、どうかしてさがし出だす工夫くふうはないかしら」

一太郎いちたろう君くんは、これは、難題なんだいだと思おもいました。火鉢ひばちの灰はいの中なかへ十じゅう銭せん玉たまなどをおとしてもなかなか探さがし出だせないものですが、それが針はりのような細ほそいものでは、一層いっそうやっかいです。いくら火箸ひばしでさぐっても、手てごたえがありませんし、たとえはさんでも、スルスルとぬけて行いってしまいます。

お母ははさんと一太郎いちたろう君くんは、しばらくの間あいだ、火箸ひばしで灰はいの中なかを縦横じゅうおう無尽むじんにかきさがしていましたが、いつまでたっても針はりは見みつかりません。もうあきらめてしまう外ほかはないように思おもわれました。

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