← Library‹ 智恵の一太郎 消えた足跡

ある冬ふゆの日曜にちよう日ひの朝あさのことでした。その前まえの晩ばんに、東京とうきょうではめずらしいほどの大雪おおゆきが降ふって、庭にわも屋根やねも表ひょうの道みちも、あつい綿わたにつつまれたように、一面いちめんまっ白しろになっていました。

明石あかし一太郎いちたろう君くんは、朝あさから近所きんじょの原はらっぱで、大おおぜいのお友ともだちとはげしい雪投ゆきなげをしました。

十じゅう五六ごろく人にんがAB二に組くみにわかれて、三十さんじゅう分ふんほども、雪玉ゆきだまを投なげあいましたが、とうとう一太郎いちたろう君くんの組くみがすばらしく勇ゆう勢ぜいでした。

一太郎いちたろう君くんは同おなじ方角ほうがくに帰かえる三さん人にんのお友ともだちと、高たからかに歌うたを歌うたいながら、雪ゆきをサクサクとふみしめて歩あるいてきました。

「やあ、みんな、真赤まっかな顔かおをして、はりきっているじゃないか。どこへ行いって来きたんだい」

声こえをかけられ、歌うたをやめて、その方ほうを見みますと、大学だいがく生せいの高橋たかはし一郎いちろうさんが、自分じぶんの家いえの門もんの前まえに、ニコニコ笑わらって立たっていました。この高橋たかはしさんは、いつもおもしろい、ためになるお話はなしをしてくれたり、模型もけい飛行ひこう機きの競技きょうぎ会かいを開ひらいてくれたり、野球やきゅうの審判しんぱん官かんになってくれたりするので、近所きんじょの少年しょうねんたちに、たいへん人気にんきのある、快活かいかつな学生がくせいさんなのです。

「雪投ゆきなげをして来きたんだ。僕ぼくたちの組くみはすごく勇ゆう勢ぜいだったよ」

少年しょうねんの一人ひとりの北川きたがわ君くんが、とくいらしく答こたえました。

「ふーん、そりゃよかったね、僕ぼくに知しらせてくれりゃ、原はらっぱへ行いって、君きみたちに雪投ゆきなげのしかたを教おしえてやるんだったのになあ」

高橋たかはしさんはどこかにまだ子供こどもっぽいところがありましたので、雪投ゆきなげに加くわわれなかったのが、いかにも残念ざんねんだという顔かおをしましたが、ふと何なんかおもしろいことを思おもいだしたらしく、目めをかがやかしていいました。

「あ、そうだ。君きみたちに一ひとつ智恵ちえだめしの問題もんだいを出だしてやろう。いいかい、雪投ゆきなげというものは、ただ力ちからくらべをするだけじゃない。智恵ちえくらべもしなければならないのだ。雪投ゆきなげをやるのに、どうすれば有利ゆうりかということが、どんなに大切たいせつかということは、君きみたちもよく知しっているだろう。もっと小ちいさいことでいえば、探偵たんていね、あれがやっぱり力ちからよりは智恵ちえの仕事しごとなんだよ。

ところで、かりに君きみたちが探偵たんていとして相手あいての様子ようすをさぐりに行いったとするね。探偵たんていのやり方かたにはいろいろあるが、もし雪ゆきがつもっていれば、その雪ゆきの上うえの足あしあとというものも、けっして見みのがすことのできない、大切たいせつな手てがかりなんだよ。

それについてね、僕ぼくはふと思おもいだしたんだが、君きみたちの智恵ちえをためすのに実じつにいいものがあるんだ。こちらへ来きてごらん」

高橋たかはしさんはそういって、自分じぶんの家いえの板塀いたべいのまがり角かどまで歩あるいて行いき、そこのせまい横町よこちょうをのぞきこみました。

「ごらん、この横町よこちょうはめったに人ひとの通とおらないところだ。だから雪ゆきはゆうべつもったまま、少すこしもとけていない。まるで白しろい布ぬのをしきつめたようだ。ところが、ここにただ一ひとつ、こちらから人ひとの歩あるいて行いった足あしあとがある。靴くつじゃない、つまさきのところが二ふたつにわれた足あしあとだから、足袋たびか、指ゆびのわれた靴下くつしたをはいて、はだしで通かよったのにちがいない。ね、わかるだろう。この足あしあとをふまないようにして、ずーっとあとをつけて行いってごらん。実じつに不思議ふしぎなことがおこるんだから」

四よん人にんの少年しょうねんはいわれるままに、塀へいぎわを歩あるいて、そのせまい横町よこちょうへ入はいって行いきましたが、十じゅうメートルも行おこなったかと思おもうと、先さきに立たっていた北川きたがわ少年しょうねんが、「おや」とびっくりしたような声こえを立たてました。

その足袋たびはだしの足あしあとが、道みちの真中まんなかでぱったりととだえてしまっていたからです。そこから先さきには、雪ゆきの上うえにポツポツと小ちいさな穴あながあいているばかりで、ずっとむこうの大通おおどおりまで、人ひとの足あしあとというものは一ひとつもありませんし、といって、あとへもどった足あしあともないのです。両りょうがわには高たかい塀へいがつづいていて、塀へいぎわまですきまなく雪ゆきがつもっているのですから、足あしあとを残のこさないで、どちらの塀へいへもたどりつくことはできません。ですから、足あしあとだけを見みますと、この人ひとは雪ゆきの上うえをそこまで歩あるいて来きて、とつぜん鳥とりのように空そらへまい上のぼってしまったのか、それとも、体からだがとけて、蒸気じょうきのように空中くうちゅうに立たちのぼってしまったとしか考かんがえられないのです。

少年しょうねんたちは、不思議ふしぎさに、思おもわず顔かおを見合みあわせたまま、そこに立たちすくんでしまいました。

「どうだい、君きみたちはこの足あしあとの謎なぞがとけるかね。この人ひとは、いったい、ここまで歩あるいて来きて、それからどうしたのだろう。まさかこのせまい横町よこちょうへ、空そらから軽けい気球ききゅうがおりて来きて、その人ひとをのせて行いったとは考かんがえられないからね。どうだい?、このわけがわかるかい」

高橋たかはしさんは、どうだ、この謎なぞはむずかしいだろうといわぬばかりに、ニコニコ笑わらっています。

「へんだなあ」「わけがわからないや」少年しょうねんたちは口々くちぐちにそんなことをいって、ただ立たちどまっているばかりでしたが、謎なぞをとくことの大だいすきな明石あかし一太郎いちたろう君くんだけは、熱心ねっしんにそのへんを歩あるきまわって、何なんか手てがかりはないかと、しらべはじめました。

「みんなも、ただ驚おどろいているばかりじゃいけない。明石あかし君くんのようにもっとそのへんをしらべてごらん。謎なぞをとくのには、人ひとの気きのつかない、こまかいことを、よく注意ちゅういして見みるということが一番いちばん大切たいせつなんだよ。そして、その見みたことを、すじみちを立たてて考かんがえるのだ。算数さんすうでも理科りかでも、そういう風ふうにしてやれば、いつでも正ただしい答こたえが出でてくるのだよ」

高橋たかはしさんに教おしえられて、三さん人にんの少年しょうねんが歩あるき出だそうとしていた時ときでした。ずっと先さきの方ほうへ行いっていた明石あかし一太郎いちたろう君くんが、ニコニコしながら、かけもどって来きました。

「高橋たかはしさんわかりました。これは啓けいちゃんの足あしあとです。啓けいちゃんは鳥とりじゃないから、空そらへまい上のぼったのではなくて、ちゃんとむこうの大通おおどおりまで歩あるいて行いったのですよ」

啓けいちゃんというのは、近所きんじょの酒屋さかやさんの子供こどもですが、今朝けさの雪投ゆきなげには、仲間なかま入いりをしなかったのです。

一太郎いちたろう君くんの答こたえを聞ききますと、高橋たかはしさんが何なんもいわぬ先さきに、横よこから北川きたがわ君くんが口出くちだしをしました。

「へえ、歩あるいて行いったんだって? でも、足あしあとがないじゃないか」

「足あしあとはないけれども、歩あるいて行いったんだよ。君きみ、あすこをごらん。雪ゆきの上うえにポツポツと小ちいさな穴あながあいているだろう。あれはなんだと思おもう?」

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