← Library‹ 智恵の一太郎 智恵の火

「お父ちちさん、何なんかおもしろい謎なぞの題だいを出だして下くださいよ。今日きょうは、うんとむずかしいのをね」

「そうら、また一太郎いちたろうのいつものおねだりがはじまったね、よしよし、それじゃあ今夜こんやは、お父ちちさんも頭あたまをしぼって、うんとむずかしい問題もんだいを出だしてやるぞ」

赤々あかあかと炭火すみびのもえた火鉢ひばちをかこんで、明石あかし一太郎いちたろう君くんのおうちの人ひとたちが、晩ばんごはんのあとの、うちくつろいだ一いっときをすごしていました。白髭しらひげを胸むねにたれて、いつもニコニコしていらっしゃる、一太郎いちたろう君くんのお祖父じいさん、頭あたまを坊主ぼうずがりにして、口髭くちひげのりっぱなお父ちちさん、そのとなりにはお母ははさんと、それからお母ははさんのお膝ひざにもたれて、じっとみんなのお話はなしをきいている、まだ幼稚ようち園生えんせいの妹いもうとの妙子たえこちゃん。お父ちちさんの正面しょうめんには一太郎いちたろう君くんが、お父ちちさんの真黒まっくろな口髭くちひげの下したから、今いまにどんなむずかしい謎なぞがとび出だしてくるかと、目めをみはって待まちかまえています。

それは真冬まふゆの二に月がつはじめのことで、庭にわのお池いけにはりつめた氷こおりが、昼間ひるまもとけないで、一いち日にち一日ついたちと厚あつみをまして行いくような、寒さむい寒さむいころでしたが、部屋へやの中なかは、大おおぜいがあつまっているのと、火鉢ひばちのおかげで、心持こころもちよいあたたかさです。

「ウン、それじゃあ、こういう謎なぞがとけるかね」

しばらく考かんがえておいでになったお父ちちさんが、ニッコリしておはじめになりました。

「いいかい。ここにお椀わんに半分はんぶんばかりの水みずがあるとするね。その水みずでもって、どうすれば火ひをもやすことができるかというのだ。水みずから火ひをつくる法ほうとでもいうかね。井戸いどの水みずでもいい。水道すいどうの水みずでもいい。だが、薬くすりをつかってはいけないのだよ。お前まえも理科りかでならっただろうが、薬品やくひんをまぜあわせて火ひをもやすやり方かたはいろいろある。

しかしお父ちちさんのは、そういうことではなくて、ただの水みずをつかって、火ひをもやしてごらんというのだよ。わかったかい。どうだ、むずかしいだろう」

お父ちちさんはそういってお笑わらいになりましたが、なるほどむずかしい問題もんだいです。水みずというものは、火ひを消けす力ちからはもっていますけれど、火ひをもやす力ちからなんて、まるでもっていないようにみえます。水みずと火ひとは、まったくあべこべのものです。そのあべこべの水みずでもって、火ひをつくれという難題なんだいですから、さすがの智恵ちえの一太郎いちたろう君くんもびっくりしてしまいました。

「お父ちちさん、それ頓智とんちの問題もんだいじゃないのですか。ほんとうに火ひがもえなくても、ただ口くちさきの頓智とんちでうまく答こたえればいいのじゃないのですか」

「いや、そんな頓智とんちの問題もんだいじゃない。ほんとうに火ひがもえなくてはいけないのだよ。だから、この問題もんだいは謎なぞというよりは、理科りかの智恵ちえだめしといった方ほうが正ただしいのだ」

「だって、お父ちちさん、そんなこと、ほんとうにできるのですか」

「できるとも。お父ちちさんができない問題もんだいなんか出だすはずがないじゃないか。すじみちを立たてて、よく考かんがえてみるんだ。そうすれば、なあんだ、そんなことかと、びっくりするくらいやさしい問題もんだいなんだよ。ではね、少すこしばかり、考かんがえ方かたの手てびきをしてあげよう。いいかい、こういう問題もんだいにぶっつかった時ときにはね、世よの中なかに火ひをもやすやり方かたが幾いくつあるか、一ひとつ一ひとつ思おもい出だしてみるんだよ。さあ、お前まえの知しっているだけ、それをいってごらん」

「ええ、じゃあ言いいますよ。マッチ、ライター、ええと、それから火打石ひうちいし――」

「ああ、火打ひうち石いしをよく知しっていたね。明治めいじ以前いぜんにはマッチというものがなくて、みな火打ひうち石いしを使つかっていたのだ。石いしと鉄てつと打うちあわせてね、その火花ひばなを、お灸きゅうのもぐさのようなものにもえうつらせて、火ひをつくっていたのだよ。この火打ひうち石いしというものは、日本にっぽんでも西洋せいようでも、ずっと大昔おおむかしから使つかわれていたのだが、それよりもっと昔むかし、歴史れきしの本ほんにものっていないころの人間にんげんは、どうして火ひをつくっていたか、お前まえ知しっているかね」

「ええ、いつか先生せんせいからききました。かたい木きをきりのようにけずって、そのとがった先さきを別べつの板いたにあてがって、きりをもむように、もむんでしょう。そうして長ながいあいだもんでいると、すれあっているところが、だんだん熱あつくなって、おしまいには火ひがもえ出だすんですって。今いまでも野蛮やばん人にんの中なかには、そうして火ひをつくっているものがあるんですってね」

「そうだ。なかなかよく覚おぼえていたね。大昔おおむかしから今いままでに、私わたくしたち人間にんげんが火ひをつくる道具どうぐに使つかったのは、まあ、そんなものだが、その外そとにもまだ、いろいろのやり方かたがある。お前まえも知しっているだろう」

「ええ、知しっています。老眼ろうがん鏡きょうの玉たまを太陽たいようの光ひかりにあてて、もえやすい物ものに焦点しょうてんを作つくれば、火ひがとれるんです。僕ぼく、いくどもやってみたことがあります」

「そうだね。それからまだあるよ。電気でんきの火花ひばなはお前まえもよく知しっているね。それに電熱でんねつ器きもそうだし、大砲たいほうや魚雷ぎょらいのように、火薬かやくを爆発ばくはつさせても、火ひをふき出だす。その外そとにもまだいろいろ火ひをつくるやり方かたがあるが、お父ちちさんの問題もんだいはそんなにむずかしく考かんがえなくてもいいのだ。誰だれにでもわかるやさしいことなんだよ。

水みずで火ひをもやすというと、なんだかとっぴに思おもわれるけれど、実じつをいうと、さっきからお前まえが答こたえた中なかに、それと同おなじやり方かたがあるんだ。今いままでかぞえ上あげた火ひのつくり方かたを、一ひとつ一ひとつ思おもい出だして、よく考かんがえてごらん。そうすれば、あああれかと気きがつくはずだ。びっくりするほどやさしいことなんだよ」

お父ちちさんが「やさしいやさしい」とおっしゃるので、一太郎いちたろう君くんは、そんなやさしい問題もんだいがとけなくては、くやしいので、いっしょうけんめいに考かんがえましたが、今いまにもわかりそうでいて、なかなかわからないのです。「これですよ、これですよ」といって、その謎なぞの正体しょうたいが、目めの前まえでおどっているような気きがするのですが、それがどうしても、はっきりとつかめないのです。

「ハハハ……、すっかり考かんがえこんでしまったね。じゃあこれは明日あすまでの宿題しゅくだいとしておこう。明日あすは日曜にちようでお父ちちさんも家いえにいるから、お前まえが明日あすになっても考かんがえ出だせなかったら種たねあかしをしてあげるよ。まあ、もう少すこし考かんがえてみるんだね」

お父ちちさんはそういって、火鉢ひばちの前まえから立上たちあがられましたが、ふと気きがついたように、一太郎いちたろう君くんを見みて、こんなことをおっしゃるのでした。

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