うららかに晴れわたった、春の日曜日の朝はやく、明石一太郎君は、田舎の伯父さんといっしょに、たんぼ道を歩いていました。
きのうの土曜日の午後から、とまりがけで、田舎の伯父さんのうちへ遊びに来ているのです。田舎といっても、そこは東京都の中で、中央線の電車で行けるところですが、農学士の伯父さんは、そこの広い土地で、いろいろなめずらしい植物をそだてていらっしゃるのです。大きなガラスのおうちのような温室もあって、その中には南洋の植物がたくさんならんでいます。一太郎君は、そういうめずらしい植物を見たり、それについて伯父さんのお話をきいたりするのがすきでたまらないのでした。
けさは、六時ごろに起きて、まだ朝ごはんもたべないうちに、伯父さんにさそわれて、近所のたんぼ道を散歩しているのです。青々としたたんぼの中を、細いきれいな小川がながれています。その小川の堤のようになった細道を、伯父さんが先にたち、一太郎君はそのあとを追うようにして歩いているのです。
細道の両側には、朝露にぬれた草がおいしげっていて、それが足にさわるたびに、ひやっとつめたくて、なんともいえないすがすがしい心持です。
二人はしばらく、だまって歩いていましたが、とつぜん、伯父さんがうしろをふりむいてにこにこしながら、
「一太郎、一つ謎を出そうか」
と、おっしゃるのでした。
「ええ、出して下さい」
一太郎君は、いつも伯父さんの謎はわけなくとけるので、今日もうまくといてみせるぞと、自信たっぷりで答えました。
「いいかい。自分のからだの何百倍もあるような広い川に、一人の力で、たった一時間か二時間のうちに、長い橋をかけるものがいるんだよ。それは人間じゃない。人間にはとてもそんなことはできやしない。だが、人間にたとえれば、東京の隅田川ぐらいの大きな川に、一人っきりで橋をかけるのと同じことなんだよ。そういうすばらしい大工事を、またたくまにやってのける生きものがあるんだ。いったい何だと思うね」
一太郎君は、そんなえらいものが、人間のほかにいるんだろうかと、びっくりしてしまいました。そして、しばらくの間、いろいろと考えてみましたが、どうしてもわからないのです。
「伯父さん、僕、わかりません」
正直にいって、ちょっと赤くなって、頭をかきました。
「ハハハ……、こんなやさしい謎が、智恵の一太郎にとけないなんて、今日はどうかしているね。それじゃ種あかしをしようか。なんでもないんだよ。ほら、あすこをごらん。あれがその橋なんだよ」
伯父さんは、そういって、すぐそばの小川の上を指さしました。
「え、どれが?」
一太郎君にはまだわからないのです。
「あのきれいな蜘蛛の巣が見えないのかい」
いわれてみると一メートルほどのはばの小川の、むこう岸の木の枝へと、大きな蜘蛛の巣がはってあるのです。
木の枝の上の方と、少し下の方とに、二本の丈夫な蜘蛛の糸が、小川を横切ってはりわたしてあって、そこの二本の糸の間に、あのからかさをひろげたような、蜘蛛の網が見えるのですが、それに朝露の玉が一めんについているものですから、まるで宝石をちりばめたように、きらきらと美しくかがやいているのでした。
「なんだ、橋をかける名人というのは、蜘蛛のことなんですか。でも、僕は蜘蛛っていう虫はあまりすきでないんです。あの恰好を見るとぞーっとするんです」
一太郎君が顔をしかめていいますと、伯父さんは待っていたといわぬばかりに、
「お前が蜘蛛をこわがることは、よく知っているよ。だから、今日はお前に蜘蛛という虫のえらいところを、よく見せようと思ったのだ。
この感心な虫が、なぜそんなにいやなのだね。なるほど蜘蛛は、網にかかった、はえだとか、あぶだとか、もっと大きな蝶なども、えじきにしてたべてしまうけれど、それは蜘蛛が悪者だからではない。神様がそういうくらしをするように、おこしらえになったからなのだ。蜘蛛は勇敢な猟師なのだよ。人間だって、鉄砲で猪や鹿をうったり、網で魚をとったりするじゃないか。蜘蛛はそういう猟師をしてくらすように生まれついた虫なんだよ。
なんという熱心な猟師だろう。あの自分のからだの何百倍、何千倍とあるような大きな網を、一時間か二時間であんでしまうんだよ。そして、雀や、風なんかに網をやぶられると、一日に何度でもしんぼうづよく同じ網をはりなおすんだよ。お前にこんなまねができるかね。いや、どんなえらい大人にだって、こんなすばらしい仕事はなかなかできやしないんだよ。
それにあの網のきれいなことをごらん。まるで定規とコンパスをつかってかいた模様のように美しくできているじゃないか。感心な虫だとは思わないかね」
いわれてみますと、なるほどびっくりするほどえらい仕事をする感心な虫だということが、一太郎君にもわかってきました。
「まだそれだけじゃない。この虫はもっとえらいことをするんだよ。伯父さんが橋をかけるといったのは、あのむこうの枝から、こちらの枝にはってある二本のふとい糸のことなんだが、蜘蛛はどうしてあの二本の糸をかけると思うね。これは謎ではないが、なかなかむずかしい問題だよ。お前に考えられるかい。枝と枝の間には、蜘蛛のからだの何百倍というはばのある小川が流れているんだよ。人間でいえば、隅田川ぐらいの大きな川なんだ。
蜘蛛には、この流の早い川を泳ぎわたることなんか、とてもできやしない。といって、蝶やとんぼのように飛ぶこともできない。それなのに、蜘蛛の糸は川のむこう側から、こちら側へ、ちゃんとはってあるじゃないか。不思議だとは思わないかね」
一太郎君は、それをきいてすっかり驚いてしまいました。
「ほんとだ。僕、今までうっかりしていたけれど、考えてみると、不思議ですね。蜘蛛っていうやつは、僕らの思いもおよばない力を持っているんですね」
「じゃ、一つ蜘蛛と智恵くらべをしてごらん。どうしてあの糸をはるんだか、お前の智恵で考えだしてごらん」