← Library‹ 智恵の一太郎 幼虫の曲芸

一太郎いちたろう君くんは、農学のうがく士しの伯父おじさんのお家いえで、トックリバチという小ちいさな蜂はちのつくった、壺つぼを見みせてもらいました。

枯枝かれえだに、まるでお雛ひな様さまの花瓶かびんとでもいうような、かわいらしい白しろい壺つぼが、くっついているのです。桜さくらんぼぐらいの大おおきさで、一太郎いちたろう君くんのお家いえにある瀬戸せと物ものの一いち輪りん挿さしとそっくりの形かたちをしています。

伯父おじさんは、そのトックリバチが、どんなふうにして、そんな壺つぼをつくるかということを、くわしく一いち太郎たろう君くんに話はなしてきかせて下くださいました。それは先さきにしるした通とおりです。

「ところが、このトックリバチには、もう一ひとつ、とてもおもしろいことがあるんだよ」

伯父おじさんは、なんだかじらすような笑わらい方かたをして、一太郎いちたろう君くんの顔かおをごらんになるのでした。

一太郎いちたろう君くんは、そのおもしろいことというのは、いったい何なんだろうと、早はやく聞ききたくてしかたがありません。

「トックリバチは、さっきも言いったように、たいへんな苦労くろうをして、この美うつくしい壺つぼをつくりあげるのだが、それはけっして自分じぶんのためではないのだよ。

この壺つぼは、自分じぶんがやすんだり眠ねむったりするためのものではなくて、子供こどもを育そだてるためのものなんだ。子供こどものお家いえなのだ。

トックリバチは、壺つぼをつくりおわると、こんどは子供こどもの食料しょくりょうあつめにとりかかる。その食料しょくりょうというのは、長ながさ一いちセンチにもたりない青虫あおむしだ。小ちいさな蛾がの幼虫ようちゅうなんだね。

そういう青虫あおむしの神経しんけいを、得意とくいの毒針どくばりでちょっと刺さして、逃にげだしたりなんかできないように、からだをしびれさせておいて、それを脚あしではさんで、飛とびかえって、壺つぼの中なかへ入いれる。

一いち匹ひきじゃない。十じゅう匹ひき以上いじょうも、同おなじようにして、運はこんできては、壺つぼの中なかへためこむのだ。

さて、食料しょくりょうの用意よういができると、トックリバチは、壺つぼの中なかへ卵たまごを一ひとつ生うみつけて、それから、例れいの土つちをこねたセメントで、そっと壺つぼの蓋ふたをして、そのままどこかへ飛とび去さってしまう。

生うみつけられた卵たまごは、壺つぼの中なかで殻からをやぶって幼虫ようちゅうになり、たっぷり用意よういされている青虫あおむしをたべて、だんだん大おおきくなって行いき、おしまいには親おや蜂はちと同おなじ成虫せいちゅうの姿すがたになって、壺つぼをやぶって、広ひろい世界せかいに飛とび出だすという順序じゅんじょだ。

人間にんげんのお母ははさんたちは、だいたり、おぶったり、お乳ちちをのませたり、赤あかちゃんを育そだてるのに、それはそれは御ご苦労くろうをなさるのだが、トックリバチは、その苦労くろうを、子供こどもを生うむ前まえにすませてしまうのだね。

雨あめや風かぜにあたらないよう、太陽たいようの強つよい光ひかりに照てらされないように、ちゃんと、安全あんぜんなお家いえをつくっておいてやる。それから、お乳ちちをのませる代かわりには、青虫あおむしをどっさりためておいて、子供こどもが成長せいちょうしてしまうまで、少すこしもひもじい思おもいをしないように、何なんから何なんまで用意よういがしてあるのだ。その用意よういをするのが、母はは蜂はちの生涯しょうがいでの一番いちばん大おおきな仕事しごとなんだよ。

十じゅう何なん匹ひきの青虫あおむしは、赤あかん坊ぼうが成長せいちょうするまでの食料しょくりょうだから、途中とちゅうで腐くさったりしてはたいへんだ。いつでもいきいきしていなければならない。

そこで、トックリバチは、青虫あおむしの神経しんけいを刺さして、からだをしびれさせておくだけでけっして殺ころしはしないのだよ。殺ころせばすぐに腐くさってしまう。人間にんげんのお医者いしゃさまだって、こんなうまい注射ちゅうしゃはできやしない。外科げかの手術しゅじゅつをする時ときに、患者かんじゃの神経しんけいをしびれさせておく注射ちゅうしゃはあるけれど、あの注射ちゅうしゃのききめは、ごくわずかの間あいだで、トックリバチのように長ながくつづきはしないからね。

だから、トックリバチの赤あかちゃんの食料しょくりょうは、生いきているのだ。青虫あおむしどもは逃にげだすような力ちからはないけれども、口くちでものをかんだり、もくもくと身みうごきすることぐらいはできるのだよ。

ところで、ここにじつに不思議ふしぎなことがある。いいかね、トックリバチの卵たまごは、水晶すいしょうのようにすき通とおった細長ほそながい卵たまごでごく小ちいさな弱々よわよわしいものだ。また、卵たまごをやぶって生うまれてくる幼虫ようちゅうも、小ちいさなうじ虫むしみたいなもので、食料しょくりょうの青虫あおむしたちが、ちょっとでも、身動みうごきすれば、おしつぶされてしまうぐらいだ。餌えさになる青虫あおむしの方ほうが、トックリバチの赤あかちゃんよりも、ずっとずっと大おおきいのだからね。たとえからだがしびれていても、だまっておとなしく赤あかちゃんに食くわれてしまうはずはないのだよ。

ちょうど人間にんげんの赤あかん坊ぼうを、十じゅう何なん匹ひきの牛うしがかたまって眠ねむっているまん中なかへ、ほうり出だしておくようなもので、もし牛うしが身動みうごきすれば、赤あかん坊ぼうはおしつぶされてしまう。トックリバチの赤あかちゃんは、それと同おなじようなあぶない食料しょくりょうの中なかにいるのだ。

いったいこの弱々よわよわしい幼虫ようちゅうは、どうして身みを守まもるのだろう。いや、幼虫ようちゅうになる前まえの卵たまごのうちに、おしつぶされてしまうかもしれない。それをどうしてふせぐのだろう。

さあ、一太郎いちたろう、お前まえのすきな謎なぞの問題もんだいだよ。考かんがえてごらん。これには、じつにびっくりするような仕掛しかけがあるのだからね」

伯父おじさんはそこで言葉ことばをきって、又またにこにこお笑わらいになるのでした。

一太郎いちたろう君くんは、伯父おじさんのお話はなしがおもしろくてたまらないので、夢中むちゅうになって聞入ききいっていましたが、待まちかまえていた謎なぞを出だされますと、さあわかりません。いくら考かんがえてみても、この謎なぞはとけないのです。

「伯父おじさん、僕ぼくにはとてもわかりませんよ」

一太郎いちたろう君くんはとうとうかぶとをぬいでしまいました。

「ははははは、お前まえにわからないのはもっともだよ。有名ゆうめいなファーブルという昆虫こんちゅう学がく者しゃにさえ、最初さいしょはわからなかったのだからね。ましてファーブルよりも前まえの昆虫こんちゅう学がく者しゃは、そんなことを、うたがってさえみなかったのだからね。

ファーブルというのは、今いまから三十さんじゅう二に年ねんほど前まえに、九十きゅうじゅう何なん歳さいまで長生ながいきをして、なくなった、フランスの昆虫こんちゅう学がく者しゃで、一いち生涯しょうがい、虫むしとお友ともだちになって暮くらした人ひとだ。「昆虫こんちゅう記き」という大おおきな著書ちょしょがあって、日本にっぽん語ごにも訳やくされているから、もう少すこし大おおきくなったら読よんでみるといい。その本ほんにはまるで小説しょうせつのように、おもしろく、くわしく、いろいろな昆虫こんちゅうの生活せいかつが書かいてあるのだよ。

そのファーブルが、トックリバチの幼虫ようちゅうが、自分じぶんのからだの何なん倍ばいもある青虫あおむしどもの中なかにいて、どうしておしつぶされないかということを、はじめて発見はっけんしたのだ。

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