八月のある暑い日の夕方のことです。一太郎君が、お母さまから言いつけられたお使の帰り道、近所の高橋さんの門の前を通りかかりますと、大学生の高橋一郎さんがそこに立っていて、一太郎君に声をかけました。
「君、今夜遊びにこないかい。おもしろいものを見せてあげるよ。君がびっくりするようなものなんだ」
「びっくりするようなものですって? いったい何ですか」
「いや、今は言えない。今夜、ごはんがすんで、暗くなってから、やって来たまえ。あっと驚くようなものなんだよ」
いくらたずねても、高橋さんは種あかしをしてくれません。ともかく、今夜来て見ればわかるというのです。そこで、一太郎君は、八時ごろ高橋さんのお家へ行くという約束をしてわかれました。
さて、その夜、お父さまのおゆるしをうけて、一太郎君はお家の門を出ましたが、外は真暗です。空はくもっていて、月も星も見えず、遠くの方に街燈がぼんやりついているほかには、なんの光もなく、さびしい森の中でも歩いているような気持です。
でも、高橋さんのお家までは、五六十米しかありませんし、道の様子は目をふさいでも歩けるほど、よく知っているのですから、わけはありません。すぐに高橋さんの門の前につきました。
見ると、門の左右の柱の、一太郎君の目の高さぐらいのところに、幅三糎ほどの太い線が引いてあって、それが闇の中で青白く光っているのです。電燈のような赤い光ではありません。蛍の光に似た青白いものです。
その光で門がどこにあるかがわかりましたので、そこを通って、高橋さんのお家の庭へはいりますと、庭の地面に、五十糎ぐらいの長さの↑こんな矢印が、やっぱり青白く光っているのです。あたりがまっ暗ですから、その矢印が地面から浮きあがって、ゆらゆらと、もえているように見えるのです。
「やあ、きれいだなあ」
一太郎君は思わずつぶやきましたが、少し行くと第二の矢印、それからまた第三の矢印と、青白い光の道しるべが、次々とつづいていて、それを伝って行きますと、いつの間にかお家の横を通りすぎて、広い裏庭へ出てしまいました。
玄関からはいらないで、裏庭などへはいりこんではいけないと、ちょっとの間、その暗闇に立ちどまっていましたが、すると、庭の木立の中から、なんだか、えたいの知れぬ、青白い光るものが、ひらひらとこちらへ飛んで来るように見えるではありませんか。
一太郎君は、今度こそほんとうにびっくりしました。恐しくさえなりました。その光るものは、三十糎ほどの、横に長い三角の形で、それがのびたりちぢんだりしながら、まるで鳥のように飛んでいるのです。蛍を何千匹も集めたようなものが、三角形になって飛んでいるのです。
一太郎君は逃げ腰になりました。もう少しで門の方へかけ出すところでした。しかし、まだ一歩もふみ出さない前に、暗闇の中から、ハハハハハハハという人の笑声が聞えて来ました。
「一太郎君、驚いたかい。僕だよ。僕だよ」
それは大学生の高橋さんの声でした。三角形のひらひらと光るもののそばに、ボーッと高橋さんの笑顔が見えて来ました。
「これは旗なんだよ。光る旗なんだよ」
そういいながら高橋さんは、青白く光るものを、ひらひらとふって見せました。よく見ますと、なるほど三角の布の小旗なのです。
「あ、わかった。旗に夜光塗料がぬってあるんですね」
「まあ、そんなものだよ」
「僕をびっくりさせるっていうのは、それなんですか」
「いや、これだけじゃない。もっとおもしろいものがあるんだ。こちらへ来てごらん」
高橋さんは、そういって、一太郎君の手をとると、闇の中をおうちの方へ歩いて、そこの縁側にあがり、廊下づたいに、写真の現像をする暗室の中へはいりました。そして、入口の戸をぴったりしめて、
「これだよ。すばらしい電燈だろう」
と、得意らしくいうのでした。
なるほど、ふしぎな電燈です。現像台の上に、直径二十糎ほどの、大きな丸いガラス瓶がおいてあって、そのガラス瓶全体が、さっきの矢印や小旗などと同じように、青白く光っているのです。その光で、せまい暗室の中が、ボーッと明かるく、高橋さんの顔や姿もよく見えるのです。
「やっぱり夜光塗料ですか」
「いや、そうじゃない。これは虫なんだよ」
「え、虫ですって?」
一太郎君は、また、びっくりしてしまいました。光る虫といえば、すぐ蛍を思い出すのですが、この光は蛍をよせ集めたものではありません。蛍なれば、ポツポツと、点になって見えるはずですし、とてもこんなに明るく光るわけがないのです。
「虫といっても、目に見えるような大きな虫じゃないのだよ」
高橋さんはそこの椅子にかけて、青白い光の中に笑顔を見せながら、話しはじめました。
「光る虫といえば、すぐ蛍を思い出すけれど、その外にも光る動物や植物はたくさんあるんだよ。
光る動物は水の中にすんでいるものが多いのだが、ホタルイカもそうだし、もっと深い海にいるユウレイイカも自分で光る。それからクラゲ類の内にも、青白く光るやつがずいぶんある。イソギンチャクにも光るのがある。深海魚という、深い海の底にすんでいる魚は、たいてい、からだのどこかが光るようにできている。深い海の底は、真の闇だから、提灯がいるというわけなんだね。
植物では光るキノコがたくさんある。たとえば、ツキヨダケという毒茸は、山の中の枯木の幹などに生えているのだが、その裏側全体が、蛍のように光るのだよ。ツキヨダケという名も、その光からおこったのだね。
ずっと小さいものでは、夜光虫がある。君もよく知っているだろう。闇夜の海で、ボートにのったことがあれば、一等よくわかる。オールで水をかくたびに、海の水が青白くキラキラと光るね。それから、ボートの通ったあとの海面に、帯のように光ったすじがのこる。この美しい光は、海水にすんでいる夜光虫や、そのほかの光る微生物のためにおこるのだよ。