← Library‹ さぶ 一の二

二人ふたりが二十にじゅう歳さいになった年としの二に月がつ十じゅう五ご日にち。生うまれて初はじめて、いっしょに外そとへ酒さけを飲のみに出でた。酒さけが初はじめてなのではない、それまでにも祝いわい日ひなどに、店みせで酒さけの出でるときは盃さかずきに二ふたつか三みつは舐なめたことがあった。けれども外そとへ出でて、手銭てせんで飲のむようなことはなかった。半分はんぶんは恐おそろしくもあったが、主人しゅじんの芳兵衛よしべえに禁きんじられていたからである。躯むくろのかたまらないうちに酒さけを入いれると骨ほねがやわになる、はたちになるまでは飲のむな、というのが口癖くちぐせであった。

芳かおる古こ堂どうは表具ひょうぐと経師きょうじとで、格かくも高たかく、手堅てがたいので知しられていた。先代せんだいからのきまったとくい先さきと、当代とうだい知名ちめいな五ご、六ろく人にんの書家しょかや絵師えし。老舗しにせの骨董屋こっとうやとか武家ぶけ、大店おおだななどに限かぎり、安やすい仕事しごとはいっさい断ことわるというふうであった。したがって、八はち人にんいる職人しょくにんたちの躾しつけもきびしく、みな子飼こがいから育そだてられ、読よみ書かきはもちろん、生いけ花ばな、茶ちゃの湯ゆまでひととおり習ならわされ、書画しょがのよしあしなども、小ちいさいころから実物じつぶつについて教おしえられた。――いま店みせにいるのは八はち人にん、職人しょくにんがしらが和助わすけといって二十にじゅう九きゅう、次つぎが多た市しで二十にじゅう七なな、それから重じゅう七なな、五郎ごろう、栄二えいじとさぶが二十にじゅうで、下したに十じゅう七なな歳さいの伝六でんろくと十じゅう五ご歳さいの半次はんじがいた。そのほかに店みせから出でて、かよいで来きたり、独立どくりつして店みせを持もっている者ものが十じゅう三さん人にんおり、芳かおる古こ堂どうの仕事しごとがたて混こんだり、特別とくべつな注文ちゅうもんがあったりすると、その十じゅう三さん人にんの中なかから適当てきとうな者ものが手伝てつだいに呼よばれた。

店みせのしきたりがそういうふうなので、職人しょくにんたちの日常にちじょうも規則きそくただしく、毎月まいつき十じゅう五ご日にちと一いち日にちのほかは、夜遊よあそびに出でることも禁きんじられていたし、二十にじゅう歳さいからは夜食やしょくに一いち本ほんの酒さけが付つくけれども、それ以上いじょうは一いち滴てきも飲のませなかった。念ねんには及およばないだろうが、こういう生活せいかつをきちんと守まもる者ものばかりはいない。仕事しごとは夕方ゆうがたの五ご時じ限かぎり、どんなに仕事しごとが溜たまっていても、五ご時じになればやめてしまい、あと片かたづけをして銭湯せんとうにゆき、夕食ゆうしょくをしたあと、九きゅう時じに寝ねるのがきまりになっていた。寝ねるまでの時間じかんは、本ほんを読よむとか習字しゅうじをするとか、碁ごや将棋しょうぎをさすとか、自分じぶんたちの好すきなことをしていいのだが、中なかには店みせを抜ぬけ出だして、酒さけを飲のんだり女遊おんなあそびをしたりする者ものがなくはなかった。――そういうことも主人しゅじんの芳兵衛よしべえは知しっていて、たいていの場合ばあいはなにも云いわないが、ぬけ遊あそびがたび重かさなると、しぜん仕事しごとにひびくので、そのとき初はじめて小言こごとを云いい、それでも行状ぎょうじょうが改あらたまらないと暇ひまを出だしてしまう。五ご年ねんのうちに二人ふたりくらいはそういう職人しょくにんがいて、これらは芳かおる古こ堂どうにいた、と云いうことも許ゆるされないのであった。

栄二えいじとさぶは心こころがときめいていた。

「はたちになったなんて、へんな心持こころもちだな」とさぶがまだるっこい調子ちょうしで云いった、「おら、思おもうんだが、十じゅう六ろくで月代さかやきを剃そったときよりもへんな心持こころもちだ」

「そうだな」と栄二えいじが云いった。

二人ふたりは千筋せんすじの手織ており木綿もめんの袷あわせに双子ふたご縞しまの羽折はおり、小倉こくらの角帯かくおびをしめ、麻裏あさうら草履ぞうりをはいていた。ちょうど黄昏たそがれどきで、人ひとの往来おうらいの多おおい小舟こぶね町まちの通とおりを東ひがしのほうへ、かくべつ目的もくてきもなくあるいていた。とにかく両国りょうこく広小路ひろこうじへでもいってみようか、と思おもっているようであった。

「おめえはいいな、栄さかえちゃん」とさぶが云いった、「おめえはもう屏風びょうぶにかかれる、襖ふすまの下張したばりならいちにんめえだ、ところがおらときたら、いまだに糊のりの仕込しこみだ」

「それも仕事しごとだぜ」

「おら、思おもうんだが、水みずの中なかで袋ふくろを揉もみながら、ときどき自分じぶんがやりきれなくなるよ、はたちにもなってこのざまかって」

「それも仕事しごとだよ、さぶ」と栄二えいじが云いった、「表具ひょうぐや経師きょうじは糊のりの出来できのよしあしが仕事しごとの仕上しあがりをきめるんだぜ、おめえわかっていねえのか」

「そりゃあそうだが」

「わかってたらぐちを云いうなよ」と栄二えいじは云いった、「糊のりの仕込しこみで日本にっぽん一いちになれば、それはそれで立派りっぱな職人しょくにんなんだ、おめえ日本にっぽん一いちの糊のり作つくりになれよ」

「そりゃあそうなんだが」

しかし芳かおる古こ堂どうの職人しょくにんとなれば、表具ひょうぐとか屏風びょうぶ、屋敷やしき襖ふすまなども覚おぼえたい。そう云いいたかったのだが、さぶは口くちには出だせなかった。

「ちょっと」と栄二えいじが云いって立停たちどまった。

堀江ほりえ町ちょうと新しん材木ざいもく町ちょうのあいだに堀ほりがある。その堀端ほりばたに五、六ごろく軒けん、小しょう料理りょうり屋やがとびとびにあって、その端はしの一いち軒けんで「すみよし」と紺地こんじに白しろく、仮名かなで染そめ抜ぬいた半はんのれんを、軒先のきさきに掛かけている女おんながいた。小柄こがらな躯むくろもほっそりしているし、襷たすきをかけてあらわになった二にの腕うでも、裾すそを端折はしょった黄き八丈はちじょうの着物きものの下したに覗のぞいている白しろい脛はぎも、ほっそりと柔軟じゅうなんそうにみえた。

「なんだい、栄さかえちゃん」

「すみよし」と栄二えいじは口くちの中なかで呟つぶやいた、「聞きいたことがあるようだな」

「柳橋やなぎばしの料理りょうり屋やだよ、すみよし、とくい先さきじゃあねえか」

「そうじゃあねえ、柳橋やなぎばしじゃあねえ、どこかよそで聞きいたことがあるんだ」

のれんを掛かけ終おわった女おんなは、足許あしもとの盛もり塩しおをよけて、家いえの中なかへはいった。栄二えいじは記憶きおくを呼よびおこそうとするように、眼めを細ほそめて暫しばらく考かんがえていたが、どうしても思おもいだすことができないようすで、そっと舌打したうちをすると、まあいいや、はいってみようと云いい、さぶを促うながしてそっちへあるいていった。

店みせへはいると、四十よんじゅうがらみの男おとこが、灯あかりを入いれたはちけんを天床てんじょうへ吊つりあげているところだった。三さん間げんに五間ごけんくらいの土間どまに、飯台はんだいが二にた側がわ、おのおの左右さゆうに作つくり付つけの腰掛こしかけが据すえられ、蒲がまで編あんだ円座えんざが二に尺しゃくほどの間隔かんかくをとって置おいてある。客きゃくが多おおくてもぎっしり詰つめず、ゆとりをおいて飲のめるように按配あんばいしてあるらしい。右手みぎてに竹たけで格子こうしを組くんだ板場いたば、つきあたりにまたのれんが掛かけてあり、これは浅黄あさぎに紺こんで「すみよし」と書かいてあった。

「早はやかったかな」店てんへはいった栄二えいじは、はちけんを吊つりあげている男おとこにきいた、「まだ始はじめないのかい」

「いらっしゃい」と男おとこはいさましく答こたえた、「どうぞ」

そして奥おくのほうへ向むかって、お客きゃくだよと、大おおきな声こえでどなった。栄二えいじはさぶの肩かたを押おし、飯台はんだいの一ひとつを選えらんで、その奥おくの端はしのほうへ腰こしを掛かけた。すぐに女おんなが二人ふたり、自分じぶんの髪かみへ手てを触ふれながら出でて来きて、あいそを云いいながら注文ちゅうもんをきいた。さっきのれんを掛かけていた女おんなではなく、一人ひとりは十じゅう八はち、九きゅう、一人ひとりは二十にじゅう二に、三さんで、どちらも小太こぶとりで、白粉おしろいと香油こうゆをつよく匂におわせていた。栄二えいじは酢すの物ものとうま煮にで酒さけを二に本ほんと云いい、云いいながら赤あかくなった。

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