才次は病人置場に十余日いた。そのあいだに三月となり、才次の代りに久七という、中年者が小頭に直された。
栄二にはなんの咎めもなかった。人足たちはもとより、才次も事実は隠しとおしたらしい。あのときは近くに人足たちがいたので、自分が初めに手を出した、ということを見ていた者がいるかもしれない。そうなれば却って自分に不利だから黙っていたのだろうが、実際には役人たちは知っていたようで、心学教師の立松伯翁が、講話のときそのことに触れた。
この寄場では十日に一度ずつ心学の講話があった。会場は役所の広間で、女の収容者たちもいっしょに出た。講話はむずかしいものではなく、故事や逸話を引用した処世訓のようなものだったが、人足たちはみないやがって、番たび督促しなければ出ようとはしなかった。女たちの中にちょっとでもみられるのがいると、進んで聞きに出る者もいるが、そんなときは講話など聞きながし、もっぱらその女を眺めるだけなので、教師のほうでそういう女の出ることを拒むようであった。
三月五日の夜の講話に、栄二は役所詰元締役の岡安喜兵衛から、特に指名されて出た。一日おきの入浴日に当っていたので、湯あがりのぐったりした気分ではおっくうだったが、特に指名されたし、これまで一度も出たことがないから、やむなく彼は聞きにいった。――その広間は三十帖ばかりの広さで、役所の南側にあり、中庭に面した縁側からあがるようになっていた。男は栄二のほかに十四、五人、女たちも同じくらいいたろうか。両者は広間の左右にわかれて坐り、その中央に教師の席があった。
立松伯翁は肥えた老人で、としはおよそ六十歳。禿げた大きな頭も、はちきれそうなまるい顔も、茶色にあぶら光がしてい、厚い大きな唇はきみの悪いほど赤かった。心学教師などというから、痩せて枯淡な風貌の人かと想像していた栄二は、すっかり予想が外れたので可笑しくなり、こいつはたいしたずくにゅうだと思った。――広間の一隅には人見張役の小島良二郎と、役所詰の同心が二人、そのあいだに岡安喜兵衛の顔も見えた。
立松教師の話は退屈なものであった。当人だけが昂奮して、自分の話すことに自分で感動し、うん、これだ、これが人間の人間たるみちだ、うん、などとりきんで頷いたり、扇子で自分の膝を力まかせに打ったりした。孝経にはどうあるとか、心学ではこううたっているとか、唐のたれそれはどうしたとか、読んだとも聞き覚えたともわからない話や、妙な歌などをむやみに並べたて、これらがまことに人の生きるみちである、という文句を繰返すのであった。栄二は欠伸をがまんするのに困っていたが、そのうちに伯翁がとつぜん声を高めて、豊臣家の木村なにがしという武将が、茶坊主に頭を叩かれても忍耐したのだぞ、とどなりだしたのでびっくりした。
「ひとかどの武将たる者が、茶坊主に頭を叩かれたのだ」と伯翁は威嚇するように、眼を剥いて座の左右を睨みまわした、「――けれども木村重成は黙っていた、なんにもしなかった、痛いという顔さえもしなかった、これが人間の違いだ、茶坊主は茶坊主で終ったかどうかはここでは問題外として、重成は侍大将、旗がしらとなって大阪陣でたたかい、そこはこちらが徳川軍であったがために討死はしたけれども、後世に名を残すほどの大人物になった」
「ここにいるみんなに、重成ほどの人物になれとは云わない」と伯翁は続けた、「――けれどもこの中に、ひとからちょっといたずらをされただけで、相手を半殺しのめにあわせた者がいるそうだ」
栄二はすばやく同心たちの席へ眼をやった。しかし誰もこっちを見ている者はなかったし、岡安喜兵衛は、顔を仰向けにし、眼をつむっていた。
「私はその男にききたい」と伯翁は左右をねめつけながら続けていた、「――もしひとがいたずらをしかけてきたときに、笑って済ませたらどうなったか、二度、三度としかけても、こっちが笑って受けながしていれば、相手も拍子ぬけがして、ついにはあやまってくるに相違ない、ところがその男は相手を半殺しにした、そうせずにはいられなかったのだろうが、さて、それであとはどうなるだろう、――又敵が天下の御法度になったのは、仇討であっても親を殺された子はまた相手を恨み、その子が相手を討てば討たれた子がまた相手を仇と狙う、これでははてしがないし世の中というものが成り立ってゆかないからだ」
「けれども、恨むという気持は御法度だけで抑えられるものではない」と伯翁は熱心に、右手で額を撫でながら続けた、「――半殺しのめにあわされた男は、自分のしたいたずらを悔まず、相手のことを恨んで仕返しをしようとするかもしれない」
ここで教師は声に実感をこめようとして調子をさげた、「――火事がおこれば、火先の家を壊して火をくい止める、つまり、家一軒の犠牲で大火になるのを防ぐわけだ」
そこまで聞いて栄二は立ちあがった。
みんなの見る眼を背中に感じながら、彼は広間から黙って出てゆき、もっこ部屋へ帰った。教師の講話は紛れもなく自分をさしたものだ、岡安喜兵衛が指名してきたこともそのためだろう。まわり諄いことをするものだ、ばかばかしい、と栄二は思った。おれのしたことが悪いのなら、はっきりけじめをつけて罰するがいい。忍耐だの辛抱だの、茶坊主や侍大将なんぞをもちだすことはない。おれは唐のなんとかいう学者でもなし、茶坊主でも侍大将でもない。おれはほかの誰でもない表具職人の栄二だ、ぬすっとの汚名をきせられ、往来で叩きのめされ、島の寄場へ送られて、一生をめちゃめちゃにされた人間だ。
「おめえ自分でそういうめにあったか、といってやればよかった」栄二は肱枕で横になりながら、口の中でそっと呟いた、「――おらあ立ちあがったとき、あのずくにゅうの禿頭を一つぶん殴ってやろうかと思った、そしてずくにゅうが怒ったら、辛抱しんぼうと云ってやるんだ、へ、与平の云いぐさじゃあねえが、他人の痛みなら三年だってがまんができる、てめえの知らねえ痛みに、知ったかぶりの講釈をするなってんだ」