← Library‹ さぶ 十の四

どんなふうに治療ちりょうがおこなわれたか、栄二えいじはまるで知しらなかった。なにがしとかいう外科げか医いの調合ちょうごうした薬くすりを使つかったので、切開せっかいにも接合せつごうにもそれほど痛いたまなかったのだ、ということはあとで聞きいたが、脛すねがすっかり麻痺まひしていたことも慥たしかだったろう。――呼よばれて来きた中島なかじまという外科げか医いが手当てあてをするあいだ、栄二えいじは夢ゆめと現実げんじつとがよくわからなかった。さぶやその他たの知しっている顔かおが、代かわる代がわる見みえたり、二ふたつも三みつもの顔かおが重かさなったり、意味いみのよくわからない早口はやくちでどなる声こえが聞きこえたりした。

ただおかしなことに、さぶの顔かおの見みえるときだけは、眼めの前まえがまっ赤かになって揺ゆれた。おら、ここにいるよ栄さかえちゃん、ここだよと、まっ赤かな色いろの中なかからさぶは呼よびかけた。おどおどした眼めで、口許くちもとに詫わびるような微笑びしょうをうかべながら、さぶはさも心配しんぱいそうにみつめるのである。それがあまりになまなましいので、栄二えいじは首くびを振ふり、おれは大丈夫だいじょうぶだ、そう気きをもむな、そのだらしのねえ顔かおを引込ひきこめろよ、と云いわずにはいられなくなるのだ。――手当てあてをされるあいだに、栄二えいじは三さん度ども吐はいた。なんとも形容けいようしようのない悪臭あくしゅうのある物もので、泥どろと砂すなと腐くさった水みずの固かたまりのような感かんじであり、その匂においはいつまでも舌したに残のこった。

枕許まくらもとにはいつも与平よへいがいた。こぶの清七せいしちもしょっちゅう覗のぞきに来きた。仕事しごとの手てを抜ぬいて来くるらしい、医者いしゃのさんてつに叱しかられて帰かえるが、またすぐ覗のぞきに来くるというふうであった。夜よるになると、たいてい六、七ろくしち人にんは集あつまって、与平よへいにせきたてられるまで、話はなしたり笑わらったりしていった。――医者いしゃは滝本たきもと直道なおみちといい、京橋きょうばし采女町うねめちょうで開業かいぎょうしてい、そこから毎日まいにちかよって来くるそうであった。なぜさんてつなどと呼よばれるのか誰だれも知しらなかったが、そう呼よばれても滝本たきもとは訂正ていせいすることもなく、改あらためて本名ほんみょうを名なのることもなかった。山城やましろ河岸かしの外科げか医いは中島なかじま坦庵たんあんといって、南蛮なんばん流りゅうとオランダ流りゅうの医学いがくに通つうじ、外科げかでは当代とうだい五指ごしの内うちにあげられるということであった。――中島なかじまは前後ぜんご三さん回かいやって来き、滝本たきもとにあとのことを指示しじすると、もうこれでよかろうと云いって去さり、その後あとは二に度どとあらわれなかった。

「少すこしは跛びっこをひくことになるかもしれない」と中島なかじま坦庵たくあんは最後さいごのときに云いった、「――あとは当人とうにんの若わかさが頼たのみだ、まあ五十ごじゅう日にちは足あしを使つかわんことだな」

そして、少すこし跛びっこをひいてあるくのもなかなかだてなもんだぞ、と云いって笑わらった。

二ふた日間かかんは白湯さゆだけ、三み日かめから葛湯くずゆになりおも湯ゆになったが、五いつ日かめに半はん粥じょうが出だされたとき、栄二えいじはまた嘔吐おうとした。半はん粥じょうをひと口くち入いれたとたん、死しんだ魚さかなや貝かい類るいや、腐くさったごみや海草かいそうの蒸むれたのが、海水かいすいの匂においと入いり混まじって激はげしく匂におい、いま口くちへ入いれた物ものはもちろん、胃いの中なかの分ぶんまで吐はいてしまった。あとで胸むねがおちついてからよく考かんがえると、それは実際じっさいには悪臭あくしゅうが匂におったのではなく、石いしに敷しかれたときの恐怖きょうふ感かんがよみがえったものらしい、ということがわかった。口くちの中なかへ流ながれこんだ水みずは、塩しおとなにかの味あじがしたようだ。けれども腐くさった魚さかなや貝かい類るいや、干ひあがった海草かいそうの匂においなどはなかった。それらは大汐おおしおのときなど、海うみに干潟ひがたができたときに嗅かいだものなのである。さんてつ先生せんせいは、石いしで圧迫あっぱくされたために、内臓ないぞうにひずみができているのだろう、まもなくおさまるだろうと云いった。

「あにいの気持きもちはおれにゃあわかるんだ」と或ある夜よる、栄二えいじの枕許まくらもとで金太きんたが云いった、「そうだな、そのあいだあにいがどんな気持きもちでいたか、わかるのはこの中なかでおれ一人ひとりだろうな」

例れいによって五ご、六ろく人にん集あつまっていたが、与平よへいのほかはあの日ひみな出で仕事しごとにまわされ、石垣いしがきの崩くずれた現場げんばにはいなかった。

「おめえはいつも五ご文もんがとこ知しったかぶりをするぜ」と万吉まんきちがまぜ返かえした、「たとえその場ばにいたところで、埋うずめられた気持きもちなんてものは当人とうにんのほかにわかりっこありゃあしねえや」

「おれは埋うめられたんだぜ」と金太きんたが云いった、「あの大おおあらしのときによ、倒たおれた長屋ながやの下敷したじきになって、潮しおはあげてくるしもうちょっとで溺おぼれ死しぬようなめにあった、あにいたち、そうだ、おめえもその一人ひとりだが、助たすけ出だされるまえにおらあもうだめだと思おもって、いっしょけんめえお経文きょうもんを唱となえてたくれえだ」

「おめえ経文きょうもんを知しってるのか」と脇わきから一人ひとりが云いった。

「べらぼうめ江戸えどっ子こだぜ」金太きんたは勢いきおいよくやり返かえした、「こうめえたって、なんまいだあとほうれんげきょうぐれえ知しらなくってよ」

「おかしないばりかたをしやあがる」富三郎とみさぶろうという男おとこが云いった、「そいつは念仏ねんぶつとかお題目だいもくとかいうんで、経文きょうもんたあまるっきり違ちがうんだ」

こいつあおもしれえ、念仏ねんぶつやお題目だいもくはお経きょうじゃあねえのか。あたりきよ。じゃあうかがうがお経きょうでもねえのにどうして寺てらまいりとかお会式えしきなんぞで唱となえるんだ。そりゃあ話はなしが違ちがわあ。どう違ちがうんだなどと、つまらないような論ろんがいつまでも続つづき、ついにはみんな笑わらいだした。

「うまいことを云いおうとしたが」と万吉まんきちが金太きんたに云いった、「――おめえ今夜こんやは五ご文ぶんおっことしたようなもんだな」

わからない、どういうことだ、と栄二えいじは思おもい続つづけていた。石いしの下したから助たすけ出だされたときのことは云いうまでもなく、あれ以来いらいずっと、たれかれなしに枕許まくらもとへ集あつまってくる。話はなしがしたければ部屋へやでするほうが気楽きらくだろう。ここでは少すこし騒さわがしければ与平よへいが叱しかるし、一刻ときもすれば追おい立たてられるのである。役所やくしょから許ゆるしを取とったらしく、与平よへいは仕事しごとにも出でず、栄二えいじに付つきっきりで世話せわをしていて、栄二えいじの養生ようじょうに障さわると思おもわれるようなことは、いっさい押おしのけて近ちかよせなかった。

――おれはこの人ひとたちになにをしてやった覚おぼえもない、と栄二えいじは繰返くりかえし思おもった。しかもこの人ひとたちはおれのために心配しんぱいし、こんなに劬いたわったり慰なぐさめたりしてくれる、それも気きまぐれやお義理ぎりなんかじゃない、まるでしんみのきょうだい同様どうようじゃないか。

栄二えいじは初はじめそのことになじめなかった。あらしの前まえとあとでは、かれらぜんたいの気きふうが変かわったことも、自分じぶんが災難さいなんにあってからの自分じぶんに示しめすかれらの気持きもちも。――それはちょうど狭せまい穴あなの中なかからぬけだして、見知みしらない広大こうだいな展望てんぼうを前まえにしたようで、まったく新あたらしい山河さんがの景色けしきにとまどいをする、というのに似にていた。そして或ある日ひ、彼かれは岡安おかやす喜兵衛きへえの云いったことを思おもいだした。

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