本石町へ帰ったおしのは、徳次郎にわけを話し、友吉という小僧を亀戸の寮へやった。
「おっ母さんが帰るまで、泊って待っていておくれ」とおしのは云った、「帰って来たらすぐこっちへ来てもらうのよ、わかったわね」
「幾日ぐらい待つんですか」
「おっ母さんが帰るまでよ」
「もしもおかみさんが帰らなかったら」
「よけいなことを云わないの」おしのは睨んで、それから徳次郎に云った、「駕籠でやってちょうだい」
その夜おしのは殆んど眠らなかった。
喜兵衛の容態はおちついたようにみえ、咳もときたまにしか出なくなった。しかし横山参得は「もうまもなくだろう」と云った。おちついたようにみえるのは躰力が尽きたからで、もう時間の問題であると告げた。――五日の夜になると、参得の診断を証明するかのように、喜兵衛が「おそのを呼んでくれ」と云いだした。声は弱よわしくしゃがれているし、こめかみや頬のおちくぼんだ顔には、まったく生きた色はなかったが、眼だけは血走ったような、するどい光を帯びていた。
「使いをやって、すぐ来るように云っておくれ」と喜兵衛は云った、「ひと言あれに云いたいことがあるんだ、まにあうようにいそいでおくれ」
おしのは息が詰まりそうになった。まにあうようにという言葉は、父が自分の死の迫っていることを知ったからであろう。そんなことはないと否定したかったが、父の眼のはげしい光を見ると、おしのは舌が動かなくなり、使いを命ずるために立ちあがった。
亀戸へは徳次郎がいった。戻って来た彼はおしのを呼んで、そっと首を振った。ああ、とおしのは太息をつき、父の枕許へ帰って坐りながら、おっ母さんはぐあいが悪くて寝ているそうだ、と父に云った。死にかかっている者に嘘を云うことの、苦しさと申訳なさとが、おしのの声音によくあらわれていた。
「よし、よし」喜兵衛は眼をつむりながら云った、「それならそれでいい、いまとなっては同じことだ」
「あとであたしがいってみます」
「いや、いけない、おまえはここにいておくれ」喜兵衛は眼をあいておしのを見た、「いつどんなことが起こるかもしれないから、おまえは側をはなれないでおくれ」
「いいわ」とおしのは頷いた、「じゃあまた徳どんにいってもらいましょう」
「それも明日でいい」と喜兵衛が云った、「もうどっちでもいいよ」
使いをやるまでもない、母が帰れば友吉が伴れて来るだろう。伴れて来ないまでも、帰ったという知らせはある筈だった。
――おっ母さん帰って。
お願いだから早く帰って下さい、おしのは心の中で叫び続けた。喜兵衛は暗闇と白明のあいだをさ迷っているようにみえた。呼吸は浅く、短く、それもふとすると跡切れるようであった。眠っているのに瞼が合わさらず、きみの悪い半眼のままで、ときどき吃驚したように、おしののほうを見、おしのがそこにいるのを慥かめると、すぐにまたうとうと眠るのであった。六日の朝早く、参得が診察に来て、喜兵衛がまだ生きていることに驚嘆した。躯はもう半分死んでいる、だが心臓だけはまだ強い。かなりしっかりと強く搏っている、こんな病人をみるのは初めてだ、と参得は云った。
喉の力がなくなっているので、渇きを訴えるときは、綿にぬるま湯を含ませて、そっと吸わせるほかはなかった。意識もしだいに昏みだすようで、わけのわからないうわごとを云ったりしたが、午前十時ごろになると、突然はっきりと眼をあき、「寮へゆこう」と云いだした。うわごとだろうと思ったが、そうではなく、ぎらぎらするような眼でおしのを見あげ、しゃがれてはいるがはっきりした声であった。
「おそのが来ないなら、こっちでゆこう」と喜兵衛は云った、「どうしてもひと言、生きているうちに云ってやりたいことがある」
「だってお父つぁんそれはむりよ」
「いや、戸板に乗せてでも伴れていってくれ、どうしてもひと言、あれに云ってやりたいことがあるんだ、これを云わずには死にきれない、たのむ、おしの」
「もういちど使いをやるわ」おしのはけんめいにとめようとした、「そんな躯で亀戸へゆくなんて、お父つぁんが苦しいおもいをするだけじゃないの」
「苦しいおもいには馴れてる」喜兵衛は歯をむき出した、「二十年ちかいあいだに、死ぬより苦しいおもいを幾十たびとなく味わった」と喜兵衛は云った、「おしの、私はどうしても寮へゆく、戸板の支度をするように云ってくれ、たのむ」
おしのは立ちあがった。
寮へいっても母はまだ帰ってはいないだろう。いっそ本当のことを話してしまおうか、そのほうがいいだろうか。いや、とおしのは首を振った。それはあとでもいい、父が寮へゆくまでに帰るかもしれないし、もし帰っていなかったら、そのとき話してもおそくはない。そう心をきめて、番頭の嘉助と徳次郎に父の望みを伝え、戸板の支度をするように頼んだ。
出入りの駕籠屋が釣台を持って来、嘉助と徳次郎とが喜兵衛を抱いてそれに乗せた。重ね夜具の中に寝た喜兵衛は、すぐに油単を掛けさせ、「誰もついて来るな」と念を押した。人が付いて来ると眼につく、近所へは寮のほうへ保養、にいったと云うがいい、店のことを頼むぞ、と嘉助に繰返し云った。――おしのは草履を結いつけてはき、煎薬を詰めた壜と、綿や紙を入れた包みを持って、釣台の脇に付いて本石町をでかけた。
「駕籠にお乗り」と喜兵衛が三度ばかり云った、「歩いては疲れる、駕籠にお乗り」
疲れたら乗ります、あたしのことは心配しないで下さい、とおしのは答えた。舁き手の若い者は四人、二人ずつ交代であった。病人は軽いけれども、揺れないようにかげんをしてゆくため、却って骨が折れるようであった。おしのは時をおいて父に呼びかけ、苦しくはないか、少し休もうか、などと訊いたが、喜兵衛は両国橋を渡るまで、「大丈夫だ」と答えていた。橋を渡って小泉町から亀沢町にかかったとき、喜兵衛がおしのの名を呼んだ。
「ちょっとでいい、休んでくれ」
おしのは釣台をおろさせた。
「苦しいの」とおしのは訊いた、「喉をしめしましょうか」