正月に来たきり音も沙汰もなかったので、――忘れたというのではないがちょっとどきっとした。いつものとおり草鞋と足袋を自分で干して、足を洗ってあがった松造は、そこに寝ているおもんの姿を見ると、眉をしかめた。――蒼ざめて土色をした膚、茫々とかぶさった艶のない髪、おち窪んだ頬と尖った鼻、いぎたなく手足を投げだした寝ざま。誰が見ても眼をそむけたくなるあさましい恰好である。松造は麦藁で作った兎の玩具を幸太郎に与え、莨入をとりだしながらおせんの顔を見た。
「あたしのお友達ですの」おせんはとりなすように小さな声で云った、「――お針にいっていたじぶんの仲良しなんです、ゆうべひどく酔って来て苦しそうだったもんですから」
松造は黙って莨をいっぷくした。それから立っていって土間へおり、持って来た包をそこへひろげた。大根や蕪や人参や里芋などの野菜物に、五升ばかりの米と小豆と胡麻と、ほかに切った白い餅が、かなりたくさんあった。
「寒の水で搗いたから黴やしめえと思うが、水餅にして置くほうがいいかもしれねえ」まるで怒ったような声で彼はそう云った、「――もっと早く来るつもりだったが、あれから足を病んだもんで……」
「足をどうかなさったんですか」
「冬になると痛むだ、大したことじゃねえ、二三年出なかったっけが、――水のあとの無理が祟ったらしい、死んだ親父もこうだった」
そんな話をしているとおもんがむっくり起きた。そして黙ってよろよろと土間へおりた、おせんが吃驚してついてゆくと、ばらばらに髪のかぶさった顔でこっちへ振返り、
「なんだいあの田舎者は、あれがおせんちゃんの旦那かい」
こう云って激しく咳きこみ、そのまま向うへ去っていった。苦しそうな精のない咳のこえが、ずっと遠くなるまで聞えていた。松造はなにも云わずに莨を吸っていた、おもんの言葉などはまるで聞えなかったように。――夕餉のしたくをするとき、彼は幸太郎を抱いて外へ出ていった。半刻ばかり表通りのほうを歩いて来たらしい、したくが出来て膳立てをしていると、橋のところで彼の唄うこえがした。
「――向う山で鳴く鳥は、ちゅうちゅう鳥かみい鳥か、源三郎の土産、なにょうかにょう貰って、金ざし簪もらって……」
おせんは立っていって切窓の隙からそっと覗いてみた。曇り日の、もう黄昏れかかる時刻で、家と家に挾まれた僅かな空地には冷たく錆びたような光が漲っていた。松造はこっちへ髭の濃い横顔を向け、遠い空を仰ぐようなかたちで唄っている。幸太郎は頭を男の肩に凭れさせ、身動きもせずうっとりと聞き惚れていた。――おせんは、ふと眼をつむった、松造の声にはいろもつやもない、節まわしもぶっきらぼうであった。けれどもじっと聞いていると、懐かしい温たかい感情が胸にあふれてくる。文句も初めて聞くものではあったが、記憶のどこかに覚えのあるような気がする。……つむった眼の裏に母親のおもかげが浮んだ、九つの年に亡くなった母の、いつも寝たり起きたりしていた病身らしい蒼白い顔、――その母が自分を抱いて、背中を叩きながら唄って呉れている。向う山に鳴く鳥は、ちゅうちゅう鳥かみい鳥か。おせんは切窓に倚りかかって両手で面を掩いながら噎びあげた、外ではなお暫く松造の唄うこえが聞えていた。
その夜また泊って明くる朝。松造は草鞋を穿いてから思いついたように、お常の風呂敷包にある物は使えたらおまえが使うがいいと云った。それから、おせんのことは亡くなった勘十からも聞いていたし、こっちへ来て友助から聞いたこともある、いろいろ事情があるらしいが、自分はそれに就いてどんな意見も持ってはいない。だがお常がひき取って世話をした、その気持を亡くなった者のために続けてやりたいのである。自分たちは三人兄妹であったが、下の妹を火事でとられお常を水でとられて、とうとう自分ひとりになってしまった。これも約束ごとというようなものだろうが、――そういう意味のことを溜息まじりに、ぶあいそな調子で述懐していった。おせんはつよい感動を与えられた、今までわからなかった松造の気持がわかったばかりではない、それは亡くなったお常の親切が続いているのである、正気を失くして道に飢えていた自分を拾い、飲み食い着る物の面倒をいとわず、丈夫になるまで親身に世話をして呉れた、その妹の気持を続けて呉れるというのだ。……友助夫妻に離れられ、お地蔵さまの縁日の事があってからは近所で口をきく者もない。自分はたった独りだと思っていた。松造の親切もどこまで真実であるか、いつまで続くものかはわからない、しかしとにかく今は自分の味方である、自分のためになにかをして呉れようとしている。どんなに世間からみすてられても、生きていればやっぱり人間は独りではなかった。――感動のあとの温かい気持で、世の中や人間同志のつながりのふしぎさを、おせんはしみじみと思いめぐらすのであった。