← Library‹ 柳橋物語 後篇 六

それがいつかの女おんなだと知しると、松造しょうぞうは入はいりかけた足あしを戻もどしてこのまま帰かえると云いった。おいくの顔かおにも露骨ろこつな侮蔑ぶべつの色いろがあらわれ、わざとらしく子供こどもの手てを取とってさっと先さきへ出でていった。まるでとりなしようもない、おせんは、やむなく夫婦ふうふの荷に包つつみを取とって来きて渡わたした。松造しょうぞうは紙かみにくるんだ物ものをおせんに与あたえ、――贅おごったことはいらないからこれで友助ともすけのところへ送おくり膳ぜんを届とどけるように、また余あまったのはその女おんなにもやって早はやく出でてゆかせるように、さもないと幸太郎こうたろうのためにもよくないから、そういうことを低ひくく囁ささやいて去さっていった。

おもんは病気びょうきにかかっていた。汗あせと垢あかとで寄よりつけないほど臭くさい躯むくろを、どうにか上うえへあげ、べとべとに汚よごれたぼろをぬがせて、ともかくも膚はだを拭ふいてやろうとしたが、余あまりに痩やせ衰おとろえたあさましい裸はだかを見みると、おせんは総身そうしんにとりはだの立たつほど慄然りつぜんとした。呼吸こきゅうは激はげしく、躯むくろは火ひのような熱ねつである。そして両りょうの乳房ちぶさはどちらもひしゃげて、どす黒ぐろい幾いくすじかの襞ひだになっていた。

「おせんちゃん、あんた見みて呉くれた」おもんはしゃがれた声こえでそう云いった、「――ようよう家いえが持もてたのよ、あんたに見みて貰もらおうと思おもって、……これでひと安心あんしんだわ、あんたも越こして来きなさいよ、いっしょに此処ここで暮くらそうじゃないの、ねえおせんちゃん、あたしもあんたも、ずいぶん苦労くろうしたんだもの、いいかげんにもう楽らくになってもいい頃ころよ、ねえ、この家いえあんたに気きにいって」

「ええ気きにいったわ」おせんは自分じぶんの単衣ひとえを出だして彼女かのじょの上うえへ掛かけてやった、「――とてもいい家いえだわ、おもんちゃん、でも少すこしじっとしていてね、あたしいまお医者いしゃを呼よんで来くるから、動うごかないで待まっているのよ」

おせんは幸太郎こうたろうを負おってとびだした。

三さん軒けんたずねて断ことわられ、四よん軒けんめに佐野正さのしょうからの口添くちぞえで、駒形町こまがたまちの和泉杏順いずみきょうじゅんという医者いしゃが来きて呉くれた。診断しんだんは労咳ろうがいということだった。それもひじょうに重おもくなっているので、当分とうぶんは絶対ぜったい安静あんせいにしなければならない、話はなしもさせてはならないと云いわれた。こちらの生活せいかつを察さっしたものだろう、もし必要ひつようならお救すくい小屋こやへ入いれる手配てはいをしてやってよい、そう云いって呉くれたので、そこへゆけば充分じゅうぶんな治療ちりょうがして貰もらえるのであろうかと訊きいたが、病気びょうきがここまで進すすんではどんな名医めいいでも手てのつけようがない、あとはただ静しずかに死しねるようにしてやるばかりだという。それなら自分じぶんにとってはたった一人ひとりの友達ともだちだから、ここで死しぬまでみとってやりたいと思おもう。こう答こたえて医者いしゃを送おくり出だした。

その月つきいっぱいおせんは満足まんぞくに眠ねむれない日ひを過すごした。もう高価こうかな薬くすりも、むだだというので、ふりだしのような物ものを呉くれるだけだったから、薬代やくだいはさしてかからなかったが、幾いくらかでも精せいのつくように卵たまごとか鳥とりなどを与あたえたいと思おもうので、毎日まいにち買かい物ものをできるだけ詰つめても、佐野さの正ただしへの借かりが少すこしずつ殖ふえていった。

――松造しょうぞうは六ろく七なな日にちおきぐらいに来きたけれども、おもんの寝ねているのを見みると、持もって来きた物ものを置おいてすぐに帰かえっていった。あのときあのように云いったにしては、かくべつ機嫌きげんを悪わるくしたようにもみえず、却かえって持もって来きて呉くれる物もののなかに卵たまごや胡麻ごまや榧かやの実じつなどが殖ふえたくらいである。特とくに榧かやの実じつは労咳ろうがいにいいそうで、日ひに三さん粒つぶずつそのたびに焼やいて、熱あついうち食くうようにと念ねんを押おしたりした。……医者いしゃはいくばくもないように云いったけれども、八はち月がつにはいると熱ねつも下くだり、食欲しょくよくもついて、眼めの色いろなども活いき活いきとしてきた。それまで話はなしは禁きんじられていたし自分じぶんでもそれだけの元気げんきはなかったらしいのが、少すこしずつ口くちをききはじめ、夜よるなど寝ねつけないことがあると、静しずかな歌うたうような口くちぶりでよく昔むかしのことを話はなしたがった。年月としつきにすれば僅わずか三さん年ねんあまりのことだけれど、あの火事かじのまえ、二人ふたりが仲良なかよくお針はりの師匠ししょうの家いえへかよっていたじぶんのことは、十じゅう年ねんも十じゅう五ご年ねんも昔むかしのようにしか思おもえないのである。

「お花はなさんていうひとがいたわねえ、髪かみの毛けの赭あかい、おでこの、お饒舌しゃべりばかりしていつもお師匠ししょうさんに叱しかられていた、――あのひとあんなにがらがらだし、歯はを汚きたなくしていたんであたし嫌きらいだったけれど、いま思おもうと悪気わるぎのない可愛かわいいひとだったのね」

「それからお喜多きたさんてひと覚おぼえている、おせんちゃん、意地いじが悪わるいのと蔭口かげぐちばかりきくのでみんなに厭いやがられていたでしょう、あたしも、お弁当べんとうの中なかへ虫むしを入いれられたことがあるわ、でも考かんがえてみるとあのひと寂さびしかったんだわ、誰だれも親したしくして呉くれる者ものがないので、寂さびしいのと嫉ねたましいのであんな風ふうになったのよ、あたしたちこそ思おもい遣やりがなかったんだわね」

「おもとさんと絹きぬさん、それからおようちゃんの三さん人にんはお嫁よめにいったの、お絹きぬさんは向むかう両国りょうこくの佃煮屋つくだにやへいって、去年きょねんだかもう赤あかちゃんができたわ、――みんないい人ひとばかりだったわねえ、いつかみんなでいっぺん会あいたいわねえ、おせんちゃん」

そんなに話はなしては躯むくろに障さわるからと注意ちゅういするのだが、すぐにまたひきいれられるような口くちぶりで語かたりだすのである。その頃ころには頬ほおのあたりが肉にくづいてきたためだろう、色いろこそ悪わるいが以前いぜんの顔かおだちをとり戻もどして、まなざし言葉ことばつきなど、あの頃ころの明あかるい人ひとなつっこいおもんがそのまま感かんじられるようになった。――その調子ちょうしでゆけば或あるいは全快ぜんかいしたかもしれない、全快ぜんかいはしなかったにしても、そう急きゅうにいけなくなるようなことはなかったに違ちがいない、しかしそれから間まもなく思おもいがけない出来事できごとが起おこって、おもんは悲かなしい終おわりを遂とげなければならなかった。

八はち月がつの十じゅう五ご日にち、月見つきみのしたくに団子だんごを拵こしらえたあと、柳原やなぎはら堤つつみへいって供そなえ物ものの芒すすきや、青柿あおがきなどを買かって帰かえる途中とちゅう、同おなじ買かい物もの帰かえりのおたかと偶然ぐうぜんいっしょになった。挨拶あいさつしただけで別わかれようとすると、どういう積つもりでかいっしょについて歩あるきだし、例れいのとおりの気きの好よい話はなしぶりで、庄吉しょうきちさんもこんど頭梁のところの婿むこになってめでたい、花嫁はなよめは家付いえつきだけれど、年としは十じゅう七ななで気きだても優やさしく、縹緻きりょうも十じゅう人にんなみ以上いじょうだそうである、これであのひとも苦労くろうのしがいがあったというものだ。こういうことを問とわず語かたりに云いった。

「庄しょうさんがお婿むこさんになったんですって」おせんは半なかばうわのそらで訊きき返かえした、「――頭梁って、阿部あべ川町ちょうの、住込すみこみだっていうあの頭梁の家いえですか」

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