← Library‹ 柳橋物語 後篇 八

九きゅう月がつ十じゅう三さん日にちは後のちの月つきである。その夜よる、おもんと幸太郎こうたろうが熟睡じゅくすいするのを待まって、おせんはそっと家いえをぬけだした。高たかいうろこ雲ぐもが月つきを隠かくしていた。もう夜半よなかを過すぎた時刻じこくで、どの家いえも暗くらく雨戸あまどを閉とざし、ほのかに明あかるい空そらの下もとでしんと寝ねしずまっていた。おせんは柳河やながわ岸がんへいった。地蔵じぞう堂どうより少すこし下したの、神田かんだ川かわのおち口くちに近ちかい河岸かしへ、――そこは、あの火事かじの夜よる、お祖父じいさんや幸太こうたと火ひをよけていた場所ばしょである。あのときは石いし置場おきばであったが、今いまはとりはらってなにもなく、岸きしに沿そって新あたらしく柳やなぎが植うえられていた。……おせんはあのときのあの場所ばしょへいって跼かがみ回想かいそうのなかへ身みをしずめるようにそのまわりを眺ながめまわした。そこに石いしが積つんであったのだ、今いまついそこの眼めのまえにある石垣いしがきにつかまって川かわの中なかへはいった、石垣いしがきの端はしのその石いしへつかまっていたのである――ひき潮しおどきなのだろう、明あかるい空そらの雲くもをうつして、川波かわなみは岸きしを洗あらいながらかなり早はやく流ながれていた。

おせんは眼めをつむり、両手りょうてで顔かおを掩おおいながらじっとあの声こえを聞きこうとした。幾いくたびも幻聴げんちょうにあらわれ、今いまでは言葉ことばのはしから声こえの抑揚よくようまで思おもいだすことのできるあの声こえを。――おれはおまえが欲ほしかった、その声こえはこう云いいだす。ごうごうと焔ほのおの咆ほえ狂くるうなかで、おせんのそばに跼かがみ、その耳みみへ囁ささやくように云いうのである。

――おまえなしには生いきている張合はりあいもないほど、おれはおせんちゃんが欲ほしかった。十じゅう七ななの夏なつから五ご年ねん、おれはどんなに苦くるしい日ひを送おくったかしれない、おまえはおれを好すいては呉くれない、それでも逢あいにゆかずにはいられなかった、いつかは好すきになって呉くれるかもしれないと思おもって。

――だがとうとう、もう来きて呉くれるなと云いわれてしまったっけ、……そう云いわれたときの気持きもちがどんなに苦くるしかったか、おせんちゃんおまえにはわかるまい、おれは苦くるしかった、息いきもつけないほど苦くるしかった、……おせんちゃん、おれは本当ほんとうに苦くるしかったぜ。

おせんは喉のどを絞しぼるように噎むせびあげた。

「幸太こうたさんわかってよ、あんたがどんなに苦くるしかったか、あたしには、今いまようくわかってよ」

今いまはすべてが明あきらかにわかる、自分じぶんを本当ほんとうに愛あいして呉くれたのは幸太こうたであった。少年しょうねんの頃ころから向むかう気きのつよい性質せいしつで、そぶりも言葉ことばつきもぶっきらぼうだった。もの詣もうでとか芝居しばい見物けんぶつにゆくとかすると、必かならずおせんになにかしら土産みやげを買かって来くるが、それを呉くれるときには「ほら取とんな」などと云いって、わざと乱暴らんぼうにふるまうのが常つねだった。せっかく呉くれるのならもう少すこしやさしく云いって呉くれたらいいのに、そう思おもいながらおせんのほうでも、なにか頼たのむことがあればきっと幸太こうたに頼たのんでいた。そしてどんな詰なじらない頼たのみでも、彼かれは必かならず頼たのんだ以上いじょうのことをして呉くれたではないか、――お祖父そふさんに寝ねつかれてからのゆき届とどいた心こころづくし、こちらは嬉うれしそうな顔かおもせず、しまいには来きて呉くれるな、とさえ云いった、男おとこにとっては耐たえ難がたいあいそづかしだったろう。だが火事かじの夜よるはそんなことも忘わすれたように駆かけつけて来きて、お祖父そふさんを負おって逃にげて呉くれた。あの恐おそろしい火ひのなかで、おまえだけは死しなせはしないきっと助たすけてみせると云いい、云いったとおりおせんを助たすけたが、自分じぶんは死しんでいった。……思おもい返かえすまでもない、これらのことはすべてひと筋すじにつながっている、初はじめから終おわりまでひと筋すじに、おせんを愛あいしているというただひと筋すじのおもいにつながっているのである。

これだけ深ふかくつよい幸太こうたの愛あいを、どうして自分じぶんは拒こばみとおしたのであろう。云いうまでもなく自分じぶんが庄吉しょうきちから愛あいされていたからだ、自分じぶんも庄吉しょうきちを愛あいしていたからである。しかし本当ほんとうに庄吉しょうきちと自分じぶんとは愛あいし合あっていたのだろうか、いったい庄吉しょうきちと自分じぶんとのあいだにどれだけのことがあったろう。自分じぶんが彼かれに同情どうじょうしていたことは慥たしかだ、特とくに幸太こうたが杉田すぎた屋やの養子ようしになってから、悄然しょうぜんとした彼かれのようすには同情どうじょうを唆そそられた。けれどもそれは決けっして愛あいではなかった。彼かれが大阪おおさかへゆくまえにおせんを柳河やながわ岸がんへ呼よびだして、帰かえって来くるまで待まっていて呉くれと、思おもいもかけぬことを囁ささやかれたとき、ええ待まっていますと答こたえたのも、そういうことに疎うとい十じゅう七ななという年としの若わかさと、それまでの同情どうじょうにさそわれなかば夢中むちゅうのことだったではないか。――庄吉しょうきちが去さってしまってから、いやいや、もっとはっきり思おもいだせば大阪おおさかから彼かれの手紙てがみが来きてから、その手紙てがみを読よんでから初はじめて自分じぶんは、彼かれを愛あいしだしたのである。どんなことがあっても待まっていようと決心けっしんしたのもそれからだ、彼かれは幸太こうたが云いい寄よるに違ちがいないと云いい遺のこした、だからおせんはどこまでも幸太こうたを拒こばみとおした。杉田すぎた屋やへも義理ぎりの悪わるいことをし、幸太こうたの親切しんせつも断ことわり、病気びょうきで倒たおれたお祖父そふさんを抱かかえて、乏とぼしい手て内職ないしょくで生いきていたではないか。……もちろんそれは彼かれを愛あいしていたからである、庄吉しょうきちが自分じぶんを愛あいし自分じぶんが庄吉しょうきちを愛あいしていると信しんじたからである、けれど庄吉しょうきちは本当ほんとうに自分じぶんを愛あいしていたのだろうか、たまたま悪わるい条件じょうけんが重かさなって、解とけにくい誤解ごかいがうまれたのは事実じじつだ、しかしそれはどこまでも誤解ごかいである、彼かれの疑うたがうようなことはまったく無なかった、自分じぶんは待まって呉くれと云いったではないか、いつかきっと本当ほんとうのことがわかる筈はずだ、待まっていますよと云いったではないか。――だが庄吉しょうきちは待まって呉くれなかった、眼めと鼻はなのさきにいて結婚けっこんした、りっぱな頭あたま梁はりの婿むこになり可愛かわいい娘むすめを嫁よめにした、それは同時どうじに、おせんがいたずら女おんなであることを証明しょうめいする結果けっかになるのに、……それでも彼かれはおせんを愛あいしていたのだろうか、それがおせんに、あれほどの代償だいしょうを払はらわせた愛あいだったのだろうか。

「よくわかるわ、幸太こうたさん、あなたは本当ほんとうにおせんを想おもって呉くれたのね、――庄しょうさんがお嫁よめさんと歩あるいているのを見みたとき、あたし躯からだをずたずたにされるような気持きもちだったの、苦くるしくって苦くるしくって息いきもつけなかった、……胸むねが潰つぶれてしまいそうな苦くるしい辛つらい気持きもちだったわ、幸太こうたさん、あなたの云いって呉くれたことが、そのときはじめてわかったのよ、――あなたの苦くるしいといった気持きもちが、辛つらかったと云いった気持きもちがどんなものだったか、そのときはじめてあたしにわかったのよ」

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