← Library‹ 柳橋物語 後篇 九

松造しょうぞうが来きて八百屋やおやの店みせを出ださないかとすすめたのは、おもんが倒たおれて十とお日かほどのちのことであった。考かんがえるまでもなく、重おもい病人びょうにんを抱かかえてそんなことは出来できない、いずれおちついてからと云いって断ことわった。――おもんはそれから三十さんじゅう日にちあまり寝ねて亡なくなった、病気びょうきしてからひとがらの変かわったおもんは、顔かおつきも穏おだやかに美うつくしくなり、いつも眼めや唇くちびるのあたりに微笑びしょうをうかべていた。

「あたしは仕合しあわせだわ、おせんちゃん、本当ほんとうならどこかの空地くうちか草原そうげんででも死しぬところだのに、仲良なかよしのあんたに介抱かいほうされて、わがままの云いいたいだけ云いって死しねるんだもの、考かんがえると勿体もったいなくて罰ばちが当あたるような気きがするわ」

そんな風ふうにしみじみと繰くり返かえし云いった。少すこしも誇張こちょうのない、すなおな諦あきらめのこもった調子ちょうしである。――死しぬなどと云いってはいけない、治なおって貰もらおうと思おもえばこそ出来できないながらしてあげるので、石いしにかじりついても治なおって呉くれなければ。おせんがそう云いうと、きれいに澄すんだ眼めで頷うなずきはするが、心こころではもう自分じぶんの死しぬこと、それは間まもなくだということを知しっていたようである。

「わたしずいぶん苦労くろうしたわ、思おもいだすと今いまでも身みぶるいの出でるような、苦くるしい、みじめなことがあったわ、――でもこれでようやくおしまいになるの、死しぬことは楽らくになることだわ、あの世よというところは静しずかで、いつもきれいな光ひかりがあたりを照てらし、いろいろな花はながいっぱい咲さいているように思おもうの、そこへゆけばもう憎にくむことも騙だますこともない、なにもかも忘わすれて悠ゆうくり休やすむことが出来できる、決けっしてもう苦くるしんだり悲かなしんだりすることはないの、……あなたにわかるかしら、おせんちゃん、あたし待まち遠どおしいくらいなのよ」

おもんが亡なくなったのは十じゅう月がつ下旬げじゅんの、すさまじく野分のわきの吹ふきわたる夜よるだった。彼女かのじょはおせんを枕許まくらもとに坐すわらせ、その手てを握にぎって、じっとなにかを待まつようにみえた。

「あたしおせんちゃんを護まもっていてよ、おせんちゃんと幸こう坊ぼうが仕合しあわせになるように、あの世よからきっと護まもっていてよ、――お世話せわになって済すまなかったわね、ごめんなさいね」

風かぜは雨戸あまどを揺ゆすり屋根やねを叩たたいた。おもんは暫しばらくしてふっと眼めをあき、戸口とぐちのほうを見みやりながらはっきりと云いった。

「表ひょうをあけてよ、おせんちゃん、誰だれかあたしを迎むかえに来きているじゃないの」

それから半刻はんときほどのちにおもんは死しんだ。

振返ふりかえってみるとそのときからおせんの新あたらしい日ひが始はじまっているようだ。おもんの葬とむらいを済すましてから後あとのおせんは、もうそのまえの彼女かのじょではなかった。世よを憚はばかったり怖おそれたりするいじけた気持きもちもなくなり、「生いきよう」という心こころの張ちょうとちからが出でてきた。――なに怖おそれたり憚はばかることがあろう、こんどは誰だれに向むかってもはっきり云いえるのだ、ええこの子こはあたしの産うんだ子こです。この子この父親ちちおやは幸太こうたというひとです、あたしは良人おっとの遺のこしたこの子こをりっぱに育そだててみせます。……そうだ、おせんの新あたらしい日ひはそこから始はじまったのである。その年としの暮くれにせまってから、松造しょうぞうの好意こういをうけて八百屋やおやの店みせをひらいた。まえにも云いったようなわけで近所きんじょとはつきあいがないから、そんな店みせを出だしても商売しょうばいにはなるまいと云いったが、松造しょうぞうは例れいのぶあいそな口くちぶりで、なによその半値はんねで売うれば必かならずお客きゃくがつく、近所きんじょの者ものより隣となり町まちから買かいに来くるからやってみるがいい。こう云いってすすめた。家いえの表ひょうを作つくり変かえて店みせにし、古河こがから十じゅう五ごになる小僧こぞうもつれて来きて呉くれた。古ふるい車くるまを一いち台だい、籠かごを五いつつ、秤はかりだの帳面ちょうめんだの筆ふで矢立やたてなど、こまごました物ものもすべて松造しょうぞうが心配しんぱいした。荷にのほうは千住せんじゅの問屋とんやに話はなしてあるので、小僧こぞうがゆけばその日ひその日ひの物ものを揃そろえて呉くれる、値段ねだんも松造しょうぞうとの取引とりひきをみかえりに元値もとねということになった。これはのちに問屋とんやの主人しゅじんがおせんの身みの上うえを聞きいてから、さらに好よい条件じょうけんになったのであるが。――心配しんぱいしたほどではなく商売しょうばいはうまくいった、元もとの値あたいが値あたいであるのと、初はじめのうち松造しょうぞうが付ついていて思おもいきり安やすく売うるようにしたため、新店しんみせは半月はんつき繁昌はんじょうといわれているに拘かかわらず、客足きゃくあしはずっと続つづいて離はなれなかった。近所きんじょの人ひとたちもさいしょのうちこそ妙みょうな顔かおをしていたが、八百屋やおや物ものは毎日まいにちのことであるし、切詰きりつめた生活せいかつをしている者ものには一いち文ぶんでも安やすいということは、大おおきいので、ひとり来き、ふたり来きするうちに、いつかしらいまわりの者ものはたいがい客きゃくになってしまった。その中なかでお勘かんだけは別べつであった、お地蔵じぞうさまの縁日えんにちのことがあってから、お勘かんは町内ちょうないを背負せおって立たつようにおせんの悪口わるぐちを云いいちらしていたが、おせんの店みせの安やすいことを聞きくとまっ先さきにやって来きたのも彼女かのじょであった。そして五六ごろくたびも来きたと思おもうと、いちどきに店みせの荷にを半分はんぶんも買かってゆこうとした、彼女かのじょの良人おっとは舟ふね八百屋やおやをしているが、おせんの店みせのほうが問屋とんやで卸おろすより安やすいので、こっちから買かって商売しょうばいをしようという積つもりである。気きの毒どくではあるがおせんは断ことわった。――こんな売うり方かたをしているのは一人ひとりでもよけいに安やすく買かって貰もらいたいからである、又また売うりをされるためではないのだから、はっきりそう云いった。お勘かんはそれなり寄よりつかず、もっとひどい悪口わるぐちを云いいまわったらしいが、どうやらこんどは近所きんじょが相手あいてにしなくなったようであった。

店みせが順調じゅんちょうになると松造しょうぞうはまた五六ごろく日にちおきにしか来こなくなった。相あい変かわらずぶすっとした顔かおで蓬よもぎ臭くさい莨たばこをふかし、怖こわいような眼めで家いえの中なかを眺ながめまわしたり、おせんの付つけている絵解えときのような帳面ちょうめんを退屈たいくつそうにめくってみたりする。ごく稀まれには幸太郎こうたろうをつれて、浅草あさくさ寺てらなどへゆくこともあったが、ひと晩ばん泊とまるときまって朝あさ早はやく帰かえっていった。――古河こがから来きた小僧こぞうの云いうところによると、松造しょうぞう夫婦ふうふは気きが合あわず、お鶴つるというあの子こは親類しんるいから貰もらったのだそうで、それがまたどうしても夫婦ふうふになつかないため、そのうち親元おやもとへ返かえすことになるだろう。そういう話はなしであった。……おせんはいつかの法事ほうじのときを思おもいだした、おいくという人ひとの冷つめたいそっけないようすや、女おんなの子この寂さびしそうな顔かおつきには、そういう蔭かげの理由りゆうがあったのである。誰だれが悪わるいのでもなく不運ふうんなめぐりあわせだろうが、世よの中なかにちょうど善よいということは少すくないものだと、いっとき溜息ためいきをつくような気持きもちであった。

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