東の長屋の、水道端に近い端の一軒に、塩山慶三の家族が住んでいた。妻の名はるい、娘が三人あって、長女のはるが十二歳、二女のふき子が十歳、三女のとみ子が八歳であった。――これは一家が長屋へ移って来たときの年齢で、塩山は四十がらみ、郵便局の配達をしていた。
塩山一家は、妻女るいさんの采配よろしきを得て、勤勉、倹約、質素、温順、清潔などの美徳をそなえた、善良な市民の典型のような生活を実践していた。
ここの住民がまず驚いたのは、おるいさんの物持ちのいいことであった。天気さえよければおるいさんは一日じゅう、いや、殆んどというべきだろうが、いつも水道端にいて、なにかかにか洗い、器物類は家の横に並べて乾した。――それらは古い箱膳や、椀や、箸、おはち、下駄、足駄、傘、ゴム底の足袋、古いゴム長靴、ゴム引きの雨外套に、ゴム引きの雨天用帽子、などといった類であるが、その中には三、四十本の杉の割箸がめだっていた。この「街」の人たちはてん屋ものなどを取る例は稀だが、そば屋とか大衆食堂などで、杉の割箸を出すぐらいのことは知っていた。けれどもそういう店から割箸を持って帰るようなことはない。もし割箸があるとすれば、そばとか丼物とか、なにかを家へ取ったことがあるのだろう、長屋のかみさんたちはそうにらんだ。
「みせびらかしてるんだよ」と一人のかみさんは云った、「昔はいいくらしをしていて、毎日のようにてん屋ものを取って喰べてたんだからねって、きっとそれにちがいないよ」
そして或るとき、おせっかいなかみさんの一人が、そのことをおるいさんにほのめかしてみた。
「いいえとんでもない」おるいさんは謙遜な顔でしんけんに否定した、「うちのような切詰めたくらしでそんな贅沢ができるもんですか、これは貰い物なんですよ」
まえに住んでいた家のすぐおもてに小さなそば屋があり、しょうばいがうまくいかなくなって世帯じまいをした。そのとき売れない物をまとめて捨てている中に、一と束の割箸があり、それを勿体ないから貰い受けた。そのあと、客のあるときに出して使ったが、割ってしまえば、もう客には出せない。けれども役に立つことがあるかもしれないし、「それを作った人のことを考えると」むざむざ捨てる気にもなれない、とおるいさんは云うのであった。
「どんなつまらないようなものでも、それを作る身になってみれば粗末にはできませんよ、ねえ、あなた」とおるいさんは云った、「たとえ紙一枚だって、それを漉くにはいろいろな手数や、辛いおもいをするんだっていいますもの、ほんとになに一つだって、形のある物は大事にしなければねえ」
これでおるいさんは、この街のかみさんたちのにんきを、一遍に集めてしまった。
主人の塩山慶三は酒もタバコもたしなまず、勤めを休むようなこともなかった。はる、ふき、とみの三人姉妹は、痩せていて顔色こそわるいが、温和しくてあいそがよく、親にさからったり、口答えをするようなことはなかった。
「ええ、おかげさまで」とおるいさんは水道端で、例のように洗い物をしながら、かみさんたちに答えて云う、「みんなよく云うことを聞いてくれますよ、それだけがとりえですけれどね、なにかわるいところがあったら、構わないからどしどし叱りつけてやって下さいな、他人さまに叱られるのがなによりのくすりですからね、お願いしますよ」
こうして洗いあげた物を、自分の家の横に戸板を置いて、その上にきちんと並べて干す。なになにが並べられるかはこの章の初めに記したから参照していただくが、それはまさしく清潔好きと物持ちのよさを示す点で壮観とさえいえただろう。――或るとき、通りかかった中年の女性が、この展観物を認めて立停り、つくづく感じ入ったように眺めていたが、やがておるいさんに向ってこうきいたものであった。
「あの、失礼ですが、これは売り物ですか?」
塩山一家の生活は、時計の針のようにきちんとしていた。慶三の出勤時間、帰宅時間、娘たちの登校時間と帰宅時間、食事、入浴も物差で計ったようにきっちりときまっていたし、この「街」ではかなり稀な例だが、家族の衣服も季節によって変った。もちろんそれらは幾たびも洗濯し、縫い直されたものだったし、色も柄もじみな品で、袷から単衣に着替えても、さして人の注意をひくようなことはなかったが、中に眼のするどいかみさんなどがいて、はら立たしげに耳こすりをすることがないでもなかった。
「おまえさん見たかい」と眼のするどいかみさんは云う、「おるいさんとこじゃ今日っから袷を着てるよ、へっ、あてつけがましい、なまいきじゃないかほんとに」
こういう長屋に住む以上は、長屋どうしのつきあいというものがある。てめえのうちでは袷を着られるからいいわで、勝手に袷を着るというのはつきあい知らずのみえっ張りだ、とその眼のするどいかみさんはきめつけたものだ。
おるいさんは敏感にこういう蔭口を聞きつける。そしてすぐに巧みな手を打つのだ。
「あんたのとこではみなさんお丈夫でいいわねえ」おるいさんは眼のするどいかみさんに向って、あいそよくこう話しかける、「あたしんとこはみんな弱いんで困っちまうのよ、あんたのとこみたいにいい稼ぎがあればいいんだけれど、うちじゃあ配達の仕事だけでたかが知れてるし、あたしが内職したってろくな物も喰べられやしないわ、だから子供たちの躯にも精が付かないんでしょうね、秋ぐちになるともう風邪をひいちまうんですよ」
そして袷を着るのは必要上やむを得ないのだ、ということを相手に納得させ、同時に、そんなことに気を使わなくても済む人たちのことが、どんなに羨ましいかと繰り返すのであった。
これでも相手が降参しないとみると、一と摘みの塩とか、小皿に半分の醤油などを借りにゆき、くらしの苦しいことをしみじみと嘆いてみせ、「恩にきるわ」と心をこめて云うのである。返すときにはいずれも倍量くらいにし、味をたっぷりきかせた礼の言葉をふんだんに浴びせかけるのだ。