← Library‹ 孤島の鬼 北川刑事と一寸法師

私わたくしは諸戸もろとの異様いような挙動きょどうを理解りかいすることが出来できなくて、独ひとり取残とりのこされたまま、暫しばらくはぼんやりしていたが、諸戸もろとは、「明日あす来きてくれ、その時ときすっかり話はなしをする」と云いったのだから、兎とも角かく、私わたくしは一先ひとまず帰宅きたくして明日あすを待まつ外そとはなかった。

だが、この神田かんだの家いえへ来くる道みちさえ、乃木のぎ将軍しょうぐんの像ぞうを古こ新聞しんぶんなどに包つつんで、用心ようじんに用心ようじんを重かさねた位くらいだから、その中なかに入はいっていた大切たいせつな二に品ひんを、私わたくしの自宅じたくへ持帰もちかえるのは、非常ひじょうに危険きけんなことに相違そういない。私わたくしは左程さほどにも感かんじぬけれど、死しんだ深山みやま木きといい、諸戸もろとといい、曲者くせものはただこの品物しなものを手てに入いれたいばっかりに、人ひとを殺ころしたのだと云いっている。それにも拘かかわらず、今いま諸戸もろとが、この品物しなものの処分しょぶん法ほうを指図さしずもしないで、喪心そうしんの体ていで立去たちさったというのは、よくよくの事情じじょうがあったことであろう。そこで、私わたくしは色々いろいろ考かんがえた末すえ、曲者くせものはまさかこのレストランの二に階かいまで感かんづいていないだろうと思おもったので、二に冊さつの帳面ちょうめんを、そこの長押なげしに懸かけてあった、古ふるい額がくの、表装ひょうそうの破やれ目めから、ぐっと押こんで、一寸ちょっと見みたのでは少すこしも分わからぬ様ようにして置おいて、何なん食くわぬ顔かおで、そのまま自宅じたくに立帰たちかえったのである。(だが、この私わたくしの即興そっきょう的てきな――内心ないしんいささか得意とくいであった隠かくし場所ばしょが、決けっして安全あんぜんなものでなかったことが、あとで分わかった)

それから翌日よくじつのお昼ひる頃ころ、私わたくしが諸戸もろとを訪問ほうもんするまで、別段べつだんのお話はなしもない。その間あいだを利用りようして、一寸ちょっと変かわった書かき方かたをして、私わたくしが直接ちょくせつ見聞けんぶんしたことではないけれど、ずっと後あとになって、本人ほんにんの口くちから聞きき知しった所ところの、北川きたがわという刑事けいじ巡査じゅんさの苦心くしん談だんを、ここにはさんで置おくことにする。時間じかん的てきにも、丁度ちょうどこの辺へんの所ところで、起おこった出来事できごとなのだから。

北川きたがわ氏しは先日せんじつの友之助とものすけ殺ころしに関係かんけいした池袋いけぶくろ署しょの刑事けいじであったが、他たの警察けいさつ官かん達たちとは少すこしばかり違ちがった考かんがえ方かたをする男おとこであったから、この事件じけんに対たいする諸戸もろとの意見いけんをも真しんに受うけた程ほどで、署長しょちょうの許ゆるしを乞こい、警視けいし庁ちょうの人ひと達たちさえ手てを引ひいてしまったあとまでも、根気こんきよく尾崎おざき曲馬きょくば団だん(例れいの鶯谷うぐいすだにに興行こうぎょうしていた友之助とものすけの曲馬きょくば団だんのこと)のあとをつけ廻まわして、困難こんなんな探偵たんていを続つづけていた。

その時分じぶん尾崎おざき曲馬きょくば団だんは、逃にげる様ように鶯谷うぐいすだにを打上うちあげて、遠方えんぽうの静岡しずおか県けんのある町まちで興行こうぎょうしていたが、北川きたがわ刑事けいじは、殆ほとんど曲馬きょくば団だんと一緒いっしょに、その地ちへ出張しゅっちょうして、みすぼらしい労働ろうどう者しゃに風かぜを変かえて、もう一いち週間しゅうかんばかりも、探索たんさくに従事じゅうじしていた。一いち週間しゅうかんといっても、引越ひっこしや、小屋こや組くみで四よん五いつ日かもかかったので、客きゃくを呼よぶようになったのはつい二三にさん日にち前まえであったが、北川きたがわ氏しは臨時りんじ傭やといの人足にんそくになって、小屋こや組くみの手伝てつだいまでして、座員ざいんと懇意こんいになることを努つとめたから、若もし彼かれ等らの間あいだに秘密ひみつがあれば、とっくに知しれていなければならぬ筈はずなのに、不思議ふしぎと何なんの手掛てがかりを掴つかむことも出来できなかった。「友之助とものすけが七なな月がつ五いつ日かに鎌倉かまくらへ行いったことがあるか」「その時とき誰だれが連つれて行いったか」「友之助とものすけの背後はいごに八十はちじゅう位いの腰こしの曲まがった老人ろうじんがいないか」などということを、一人一人ひとりひとりに当あたって、それとなく尋たずねて見みたけれど、誰だれもかれも知しらぬと答こたえるばかりであった。しかもその様子ようすが決けっして嘘うそらしくはなかったのである。

一座いちざの道化役どうけやくに、一人ひとりの小人こびとがいた。三十さんじゅう歳さいの癖くせに七なな八はち歳さいの少年しょうねんの背丈せいで、顔かおばかりが、本当ほんとうの年としよりもふけて見みえる様ような、無む気味きみな片輪かたわ者しゃで、そんな男おとこにあり勝かちの低能ていのう者しゃであった。北川きたがわ氏しは最初さいしょこの男おとこ丈だけは別物べつものにして、懇意こんいになろうとも、物ものを尋たずねようともしなかったが、段々だんだん日じつがたつにつれて、この小人こびとは低能ていのうには相違そういないけれど、仲々なかなか邪推じゃすい深ふかく、嫉妬しっともすれば、ある場合ばあいには、普通ふつう人にんも及およばぬ悪戯いたずらもする。ひょっとしたら、態わざと低能ていのうを装よそおって、それを一種いっしゅの保護ほご色しょくなり擬態ぎたいなりにしているのではないかしら、ということが分わかって来きたので、却かえってこんな男おとこに尋たずねて見みたら、案外あんがい何なんかの手掛てがかりが掴つかめるかも知しれぬと思おもう様ようになった。そこで、北川きたがわ氏しは根気こんきよくこの小人こびとを手てなずけて、もう大丈夫だいじょうぶと思おもった時分じぶんに、ある日次にちじの様ような問答もんどうを交かわしたのだが、私わたくしがここへはさんで、記しるして置おき度たびいというのは、この変へんてこな問答もんどうのことなのである。

それはよく晴はれた星ほしの多おおい晩ばんであったが、打出うちだしになって、あと片かたづけも済すんだ時分じぶん、小人こびとは話はなし相手あいてもないものだから、テントの外そとに出でて、一人ひとりぼっちで涼すずんでいた。北川きたがわ氏しはこの好機こうきをのがさず、彼かれに近寄ちかより、暗くらい野天のてんで無駄話むだばなしを始はじめたものである。つまらぬ世間せけん話はなしから、深山ふかやま木氏しが殺ころされた、問題もんだいの日ひの出来事できごとに移うつって行いった。北川きたがわ氏しはその日ひ、鶯谷うぐいすだにで曲馬きょくば団だんの客きゃくになって、見物けんぶつしていたと偽いつわり、出鱈目でたらめにその時ときの感想かんそうなどを話はなしたあとで、こんな風ふうに要点ようてんに入はいって行いった。

「あの日ひ足芸あしげいがあって、友之助とものすけね、ホラ池袋いけぶくろで殺ころされた子供こどもね、あの子こが甕かめの中なかへ入はいってグルグル廻まわされるのを見みたよ、あの子こは本当ほんとうに気きの毒どくなことだったね」

「ウン、友之助とものすけかい。可哀想かわいそうなはあの子こでございよ、とうとうやられちゃった。ブルブルブルブル。だがね、兄貴あにき、その日ひに友之助とものすけの足芸あしげいがあったてえな、おまはんの思おもい違ちがいだっせ。俺おれはこう見みえても、物覚ものおぼえがいいんだからな。あの日ひはね、友之助とものすけは小屋こやにいなかったのさ」

小人こびとはどこの訛なまりとも分わからない言葉ことばで、併しかし仲々なかなか雄弁ゆうべんに喋しゃべった。

「一両いちりょう賭かけてもいい。俺おれは確たしかに見みた」

「駄目だめ駄目だめ、兄貴あにきそりゃ日ひが違ちがうんだぜ。七なな月がつ五いつ日かは、特別とくべつの訳わけがあって、俺おれぁちゃんと覚おぼえているんだ」

「日ひが違ちがうもんか。七なな月がつの第だい一いち日曜にちようじゃないか。お前まえこそ日ひが違ちがうんだろ」

「駄目だめ駄目だめ」

一いち寸すん法師ほうしは闇やみの中なかで、おどけた表情ひょうじょうをしたらしかった。

「じゃあ、友之助とものすけは病気びょうきだったのかね」

「あの野郎やろう、病気びょうきなんぞするものかね。親方おやかたの友達ともだちが来きてね、どっかへ連つれてかれたんだよ」

「親方おやかたって、お父ちちつぁんのことだね。そうだろ」と北川きたがわ氏しは例れいの友之助とものすけの所謂しょい「お父ちちつぁん」をよく記憶きおくしていて、探さぐりを入いれたものである。

「エ、何なんだって?」一いち寸すん法師ほうしは突然とつぜん、非常ひじょうな恐怖きょうふを示しめした。「お前まえどうしてお父ちちつぁんを知しっている」

「知しらなくってさ。八十はちじゅうばかりの、腰こしの曲まがったよぼよぼのお爺じいさんだろ。お前まえ達たちの親方おやかたってな、そのお爺じいさんのことさ」

「違ちがう違ちがう。親方おやかたはそんなお爺やじじゃありゃしない。腰こしなんぞ曲まがっているものか。お前まえ見みたことがないんだね。尤もっとも小屋こやへは余あまり顔出かおだしをしないけど、親方おやかたってのは、こう、ひどい傴僂せむしのまだ三十さんじゅう位いの若わかい人ひとさ」

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