← Library‹ 孤島の鬼 古井戸の底

私わたくし達たちは、その夜よるは諸戸もろと屋敷やしきの一いち間けんに、枕まくらを並ならべて寝ねたが、私わたくしは度々たびたび諸戸もろとの声こえに目めを覚さまさなければならなかった。彼かれは夜中やちゅう悪夢あくむにうなされ続つづけていたのだった。親おやと名なのつく人ひとを、監禁かんきんしなければならぬ様ような、この日頃ひごろの心痛しんつうに、彼かれの神経しんけいが平静へいせいを失うしなっていたのは無理むりもないことである。寝言ねごとの中なかで、彼かれは度々たびたび私わたくしの名なを口くちにした。私わたくしというものが、彼かれの潜在せんざい意識いしき中ちゅうに、そんなにも大おおきな場所ばしょを占しめているのかと思おもうと、私わたくしは何なんだか空恐そらおそろしくなった。仮令たとえ同性どうせいにもしろ、それ程ほど私わたくしのことを思おもい続つづけている彼かれと、こうして、そしらぬ顔かおで行動こうどうを共ともにしているのは、余あまりに罪深つみぶかい業わざではあるまいか。と、私わたくしは寝ねられぬままに、そんなことを真面目まじめに考かんがえていた。

翌日よくじつも、例れいの五ご時じ二十にじゅう五ご分ふんが来くるまでは、私わたくし達たちは何なんの用事ようじもない身体からだであった。諸戸もろとには、却かえってそれが苦痛くつうらしく、一人ひとりで海岸かいがんを行おこなったり来きたりして時間じかんをつぶしていた。彼かれは土蔵どぞうの側そばへ近寄ちかよることすら恐おそれている様ように見みえた。

土蔵どぞうの中なかの丈たけ五郎ごろう夫婦ふうふは、あきらめたのか、それとも三さん人にんの男おとこの帰かえるのを心待こころまちにしているのか、案外あんがいおとなしくしていた。私わたくしは気きになるものだから、度々たびたび土蔵どぞうの前まえへ行いって、耳みみをすましたり、窓まどから覗のぞいて見みたりしたが、彼かれ等らの姿すがたも見みえず、話声わせいさえしなかった。唖おしのおとしさんが窓まどから御飯ごはんを差入さしいれる時ときには、母親ははおやの方ほうが、階段かいだんをおりて、おとなしく受取うけとりに来きた。

片輪かたわ者しゃ達たちも一いち間けんに寄より集つどって、おとなしくしていた。ただ私わたくしが時々ときどき秀しゅうちゃんと話はなしをしに行いくものだから、吉きちちゃんの方ほうが腹はらを立たてて、訳わけの分わからぬことを呶鳴どなる位くらいのものであった。秀しゅうちゃんは、話はなして見みると、一層いっそう優やさしくかしこい娘むすめであることが分わかって、私わたくし達たちは段々だんだん仲なかよしになって行いった。秀しゅうちゃんは智恵ちえのつき始はじめた子供こどもの様ように、次つぎから次つぎと、私わたくしに質問しつもんをあびせた。私わたくしは親切しんせつにそれに答こたえてやった。私わたくしは獣けものみたいな吉きちちゃんが、小こ面憎おもにくいものだから、態わざと秀しゅうちゃんと仲なかよくして、見みせびらかしたりした。吉きちちゃんはそれを見みると、真赤まっかに怒おこって、身体しんたいを捻ひねって、秀しゅうちゃんに痛いたい目めを見みせるのだ。

秀しゅうちゃんはすっかり私わたくしになついてしまった。私わたくしに逢あいたさに、えらい力ちからで吉きちちゃんを引ずって、私わたくしのいる部屋へやへやって来きたことさえある。それを見みて、私わたくしはどんなに嬉うれしかったであろう。だが、あとで考かんがえると、秀しゅうちゃんが私わたくしをこんなに慕したう様ようになったことが、とんだ禍かの元もととなったのである。

片輪かたわ者しゃの中なかでは、蛙かわずみたいに四足しそくで飛とんで歩あるく、十じゅう歳さいばかりの可愛かわいらしい子供こどもが、一番いちばん私わたくしになついていた。シゲという名前なまえだったが、快活かいかつな奴やつで、一人ひとりではしゃいで、廊下ろうかなどを飛とび廻まわっていた。頭あたまには別状べつじょうないらしく、片言かたことまじりで仲々なかなかませたことを喋しゃべった。

余談よだんはさて置おき、夕方ゆうがたの五ご時じになると、私わたくしと諸戸もろととは、塀外へいそとの、いつも私わたくしが身みを隠かくした岩蔭いわかげへ出でかけて、土蔵どぞうの屋根やねを見上みあげながら、時間じかんの来くるのを待まった。心配しんぱいしていた雲くもも出でず、土蔵どぞうの屋根やねの東南とうなんの棟むねは、塀外へいそとに長ながく影かげを投なげていた。

「鬼瓦おにがわらがなくなっているから、約やく二に尺しゃく丈だけ余計よけいに見みなければいけないね」

諸戸もろとは私わたくしの腕うで時計とけいを覗のぞきながら云いった。

「そうですね。五ご時じ二十にじゅう分ふん。あと五ご分ふんです。だが、一体いったいこんな岩いわで出来できた地面じめんに、そんなものが隠かくしてあるんでしょうか。何なんだか嘘うそみたいですね」

「併しかし、あすこに、一寸ちょっとした林はやしがあるね。どうも、僕ぼくの目め分量ぶんりょうでは、あの辺へんに当あたりやしないかと思おもうのだが」

「アア、あれですか。あの林はやしの中なかには、大おおきな古ふる井戸いどがあるんですよ。僕ぼくはここへ来きた最初さいしょの日ひに、あすこを通とおって覗のぞいて見みたことがあります」

私わたくしはいかめしい石いしの井桁いげたを思おもい出だした。

「ホウ、古ふる井戸いど、妙みょうな所ところにあるんだね。水みずはあるの」

「すっかり涸かれている様ようです。随分ずいぶん深ふかいですよ」

「以前いぜんあすこに別べつに邸やしきがあったのだろうか。それとも、昔むかしはあの辺へんもこの邸内やしきうちだったのかも知しれないね」

私わたくし達たちがそんなことを話はなし合あっている内うちに、時間じかんが来きた。私わたくしの腕うで時計とけいが五ご時じ二十にじゅう五ご分ふんを示しめした。

「昨日きのうと今日きょうでは、幾分いくぶん影かげの位置いちが違ちがうだろうけれど、大たいした間ま違いが生しょうじることもあるまい」

諸戸もろとは影かげの地点ちてんへ走はしって行いって、地面じめんに石いしで印しるしをつけると、独言どくげんの様ように云いった。

それから私わたくし達たちは手帳てちょうを出だして、土蔵どぞうの影かげの地点ちてんとの距離きょりを書入かきいれ、角度かくどを計算けいさんして、三角さんかく形けいの第だい三さんの頂点ちょうてんを計はかって見みると、諸戸もろとが想像そうぞうした通とおり、そこの林はやしの中なかにあることが分わかった。

私わたくし達たちは茂しげった枝えだをかき分わけて、古ふる井戸いどの所ところへ行いった。四方しほうをコンモリと樹枝じゅしが包つつんでいるのでその中なかはジメジメとして薄暗うすぐらかった。石いしの井桁いげたによりかかって、井戸いどの中なかを覗のぞくと、真暗まっくらな地ちの底そこから、気味きみの悪わるい冷気れいきが頬ほおをうった。

私わたくし達たちはもう一いち度ど正確せいかくに距離きょりを測はかって、問題もんだいの地点ちてんは、その古ふる井戸いどに相違そういないことを確たしかめた。

「こんなあけっ放ぱなしの井戸いどの中なかなんて、おかしいですね。底そこの土つちの中なかにでも埋うめてあるのでしょうか。それにしても、この井戸いどを使つかっていた時分じぶんには、井戸いど浚さらいもやったでしょうから、井戸いどの中なかなんて、実じつに危険きけんな隠かくし場所ばしょですね」

私わたくしは何なんとなく腑ふに落おちなかった。

「さあそこだよ。単純たんじゅんに井戸いどの中なかでは、あんまり曲きょくがなさ過すぎる。あの用意ようい周到しゅうとうな人物じんぶつが、そんなたやすい場所ばしょへ隠かくして置おく筈はずがない。君きみは呪文じゅもんの最後さいごの文句もんくを覚おぼえているでしょう。ホラ、六道りくどうの辻つじに迷まようなよ。この井戸いどの底そこには横穴よこあながあるんじゃないかしら。その横穴よこあなが所謂しょい『六道りくどうの辻つじ』で、迷路めいろみたいに曲まがりくねっているのかも知しれない」

「あんまりお話はなしみたいですね」

「いや、そうじゃない。こんな岩いわで出来できた島しまには、よくそんな洞穴ほらあながあるものだよ。現げんに魔まの淵ふちの洞穴ほらあなだってそうだが、地中ちちゅうの石灰せっかい岩がんの層そうを、雨水あまみずが浸蝕しんしょくして、とんでもない地下ちかの通路つうろが出来できて、この井戸いどの底そこは、その地下ちか道どうへの入口いりぐちになっているんじゃないかしら」

「その自然しぜんの迷路めいろを、宝たからの隠かくし場所ばしょに利用りようしたという訳わけですね。若もしそうだとすれば、実際じっさい念ねんに念ねんを入いれたやり方かたですね」

「それ程ほどにして隠かくしたとすれば、宝たからというのは、非常ひじょうに貴重きちょうなものに相違そういないね。だが、それにしても、僕ぼくはあの呪文じゅもんにたった一ひとつ分わからない点てんがあるのだが」

「そうですか。僕ぼくは、今いまのあなたの説明せつめいで全体ぜんたいが分わかった様ように思おもうのだけれど」

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