← Library‹ 孤島の鬼 大団円

さて、木崎きざき初代はつよ(正ただしくは樋口ひぐち初代はつよ)を初はじめ深山木やまき幸吉こうきち、友之助とものすけ少年しょうねんの三さん重じゅうの殺人さつじん事件じけんの真ま犯人はんにんは明あきらかとなり、私わたくし達たちの復讐ふくしゅうをまつまでもなく、彼かれは已すでに狂人きょうじんとなり果はててしまった。又また、その殺人さつじん事件じけんの動機どうきとなった樋口ひぐち家かの財宝ざいほうの隠かくし場所ばしょも分わかった。私わたくしの長なが物語ものがたりもこの辺へんで幕まくをとじるべきであろう。

何なんか云いい残のこしたことはないかしら。そうそう、素人しろうと探偵たんてい深しん山木やまき幸吉こうきち氏しのことがある。彼かれはあの系図けいず帳ちょうを見みた丈だけで、どうして岩屋いわや島しまの巣窟そうくつを見抜みぬくことが出来できたのだろう。いくら名めい探偵たんていと云いっても、あんまり超ちょう自然しぜんな明察めいさつだ。

私わたくしは事件じけんが終おわってから、どうもこのことが不思議ふしぎで堪たまらぬものだから、深山ふかやま木氏しの友人ゆうじんが保管ほかんしていた故人こじんの日ひ記帳きちょうを見みせて貰もらって、丹念たんねんに探さがして見みた所ところ、あったあった。大正たいしょう二に年ねんの日ひ記帳きちょうに、樋口ひぐち春代はるよの名なが見みえる。云いうまでもなく初代はつよさんの母はは御ごだ。

読者どくしゃも知しっている通とおり、深山ふかやま木氏しは一種いっしゅの奇人きじんで、妻子さいしがなかった代かわりには、随分ずいぶん色々いろいろな女おんなと親したしくなって、夫婦ふうふみたいに同棲どうせいしていたことがある。春代はるよさんもその内うちの一人ひとりだった。深山ふかやま木氏しは旅先たびさきで、困こまっている春代はるよさんを拾ひろったのだ。(初代はつよさんを捨すて子ごにした後あとの話はなしだ)

同棲どうせい二に年ねん程ほどで、春代はるよさんは深山ふかやま木氏しの家いえで病死びょうししている。定さだめし死しぬ前まえに、捨すて児ごのことも、系図けいず帳ちょうのことも、岩屋いわや島しまのことも、すっかり深山木やまき氏しに話はなしたことであろう。これで、後年こうねん深山木やまき氏しが例れいの樋口ひぐち家かの系図けいず帳ちょうを見みるや否いなや、岩屋いわや島しまへ駈かけつけた訳わけが分わかる。

系図けいず帳ちょうは樋口ひぐち春雄はるお(丈たけ五郎ごろうの兄あに)からその妻つまの梅野うめのに、梅野うめのからその子この春代はるよに、春代はるよから初代しょだいにと伝つたえられたものであろう。無論むろん彼かれ等らはこの系図けいず帳ちょうの真価しんかについては何事なにごとも知しらなかった。ただ正統せいとうの子こが持もち伝つたえよという先祖せんぞの遺志いしを守まもったに過すぎない。

では丈たけ五郎ごろうはどうして、あの呪文じゅもんがその中なかに隠かくしてあることを知しったか。彼かれの女房にょうぼうの告白こくはくによれば、丈たけ五郎ごろうがある日ひ先祖せんぞの書しょ遺のこした日記にっきを読よんでいて、ふとその一節いっせつを発見はっけんしたのだ。そこには家いえに伝つたわる財宝ざいほうの秘密ひみつが系図けいず帳ちょうに封ふうじこめられてあるという意味いみが記しるしてあった。だが、それは春代はるよの家出いえで後ごだったので、折角せっかくの発見はっけんが何なんにもならなんだ。それ以来いらい丈たけ五郎ごろうは傴僂せむし息子むすこに命めいじて、春代はるよの行衛ゆくえ探さがしに努つとめたが、当あてのない探さがし物故ぶっこ仲々なかなか目的もくてきを達たっしなかった。大正たいしょう十じゅう三さん年ねん頃ころに至いたって、やっと今いまでは初代しょだいがその系図けいず帳ちょうを持もっていることが分わかった。それから丈たけ五郎ごろうがその系図けいず帳ちょうを手てに入いれる為ために、どれ程ほど骨ほねを折おったかは、読者どくしゃの知しっている通とおりである。

樋口ひぐち家かの先祖せんぞは、広ひろく倭寇わこうと云いわれている海賊かいぞくの一いち類るいであった。大陸たいりくの海辺かいへんを掠かすめた財宝ざいほうを夥おびただしく所有しょゆうしていた。それを領主りょうしゅに没収ぼっしゅうされることを恐おそれて、深ふかく地底ちていに蔵ぞうし、代々だいだいその隠かくし場所ばしょを云いい伝つたえて来きたが、春雄はるおの祖父そふに当あたる人ひとがそれを呪文じゅもんに作つくって系図けいず帳ちょうにとじこめたまま、どういう訳わけであったか、その子こに呪文じゅもんのことを告つげずして死しんだ。徳とくさんの聞きき伝つたえた所ところによると、その人ひとは、卒中そっちゅうで頓死とんしをしたらしいということである。

それ以来いらい、丈たけ五郎ごろうが古ふるい日ひ記帳きちょうの一節いっせつを発見はっけんするまで、樋口ひぐちの一族いちぞくはこの財宝ざいほうについて何事なにごとも知しらなかった訳わけである。

だが、この秘密ひみつは、却かえって樋口ひぐち一族いちぞく以外いがいの人ひとに知しられていたと考かんがうべき理由りゆうがある。それは十じゅう年ねん程ほど以前いぜん、K港こうから岩屋いわや島しまに渡わたり、諸戸もろと屋敷やしきの客きゃくとなって、後あとに魔まの淵ふちの藻屑もくずと消きえたあの妙みょうな男おとこがあるからだ。彼かれは明あきらかに古ふる井戸いどから地底ちていに這入はいり込こんだ。私わたくし達たちはその跡あとを見みた。丈たけ五郎ごろうの女房にょうぼうは、その男おとこを想おもい出だして、あれは樋口ひぐち家かの先祖せんぞに使つかわれていた者ものの子孫しそんであったと語かたった。それでは多分たぶん、その男おとこの先祖せんぞが財宝ざいほうの隠かくし場所ばしょを感かんづいていて、書しょ遺のこしでもしたものであろう。

過去かこのことはそれ丈だけにして、さて最後さいごに、登場とうじょう人物じんぶつの其その後あとを、ごく簡単かんたんに書かき添そえて、この物語ものがたりを終おわることにしよう。

先まず第だい一いちに記しるすべきは、私わたくしの恋人こいびと秀しゅうちゃんのことである。彼女かのじょは初代しょだいの実妹じつまいの緑みどりに相違そういなく、樋口ひぐち家かの唯一ゆいいつの正統せいとうであることが分わかったので、地底ちていの財宝ざいほうは悉ことごとく彼女かのじょの所有しょゆうに帰かえした。時価じかに見積みつもって、百ひゃく万まん円えんに近ちかい財産ざいさんである。

秀しゅうちゃんは百ひゃく万まん長者ちょうじゃだ。しかも、現在げんざいではもう醜みにくい癒合双体ゆごうそうたいではない。野蛮やばん人にんの吉きちちゃんは、道雄みちおのメスで切離きりはなされてしまった。元々もともと本当ほんとうの癒合ゆごう双体そうたいではなかったのだから、無論むろん両人りょうにんとも何なんの故障こしょうもない一人前いちにんまえの男女だんじょである。秀しゅうちゃんの傷口きずぐちが癒いえて、ちゃんと髪かみを結ゆい、お化粧けしょうをし、美うつくしい縮緬ちりめんの着物きものを着きた彼女かのじょが、私わたくしの前まえに現あらわれた時とき、そして、私わたくしに東京とうきょう弁べんで話はなしかけた時とき、私わたくしの喜よろこびがどれ程ほどであったか、ここに管かん々しく述のべるまでもなかろう。

云いうまでもなく、私わたくしと秀しゅうちゃんとは結婚けっこんした。百ひゃく万まん円えんは、今いまでは、私わたくしと秀しゅうちゃんの共有きょうゆう財産ざいさんである。

私わたくし達たちは相談そうだんをして、湘南しょうなん片瀬かたせの海岸かいがんに立派りっぱな不具ふぐ者しゃの家いえを建たてた。樋口ひぐち一家いっかに丈たけ五郎ごろうの様ような悪魔あくまが生うまれた罪つみ亡ほろぼしの意味いみで、そこには自活じかつ力りょくのない不具ふぐ者しゃを広ひろく収容しゅうようして、楽たのしい余生よせいを送おくらせる積つもりだ。第だい一いち番ばんのお客きゃく様さまは諸戸もろと屋敷やしきから連つれて来きた、人造じんぞう片輪かたわ者しゃの一団いちだんであった。丈たけ五郎ごろうの女房にょうぼうや唖おしのおとしさんもその仲間なかまだ。

不具ふぐ者しゃの家いえに接せっして、整形せいけい外科げかの病院びょういんを建たてた。医術いじゅつの限かぎりを尽つくして片輪かたわ者しゃを正常せいじょうな人間にんげんに造つくり変かえるのが目的もくてきだ。

丈たけ五郎ごろう、彼かれの傴僂せむし息子むすこ、諸戸もろと屋敷やしきに使つかわれていた一味ひとあじの者もの共ともは、凡すべてそれぞれの処刑しょけいを受うけた。初代はつよさんの養母ようぼ木崎きざき未亡人みぼうじんは、私わたくし達たちの家いえに引取ひきとった。秀しゅうちゃんは彼女かのじょをお母ははさんお母ははさんと云いって、大切たいせつにしている。

道雄みちおは丈たけ五郎ごろうの女房にょうぼうの告白こくはくによって、実家じっかが分わかった。紀州きしゅうの新宮しんぐうに近ちかいある村むらの豪農ごうのうで父ちちも母ははも兄弟きょうだいも健在けんざいであった。彼かれは直ただちに見知みしらぬ故郷こきょうへ、見知みしらぬ父母ふぼの下したへ、三十さんじゅう年ねん振ふりの帰省きせいをした。

私わたくしは彼かれの上京じょうきょうを待まって、私わたくしの外科げか病院びょういんの院長いんちょうになってもらう積つもりで、楽たのしんでいた所ところ、彼かれは故郷こきょうへ帰かえって一いち月がつもたたぬ間まに、病やまいを発はっしてあの世よの客きゃくとなった。凡すべて凡すべて好こう都合つごうに運はこんだ中なかで、ただ一事いちじ、これ丈だけが残念ざんねんである。彼かれの父ちちからの死亡しぼう通知つうち状じょうに左ひだりの一節いっせつがあった。

「道雄みちおは最後さいごの息いきを引取ひきとる間際まぎわまで、父ちちの名なも母ははの名なも呼よばず、ただあなた様さまの御お手紙てがみを抱だきしめ、あなた様さまのお名前なまえのみ呼よび続つづけ申候もうしそうろう」

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