← Library‹ 孤島の鬼 入口のない部屋

さて、私わたくしは大正たいしょう十じゅう四よん年ねん六ろく月がつ二十にじゅう五ご日にちの、あの恐おそろしい出来事できごとを語かたらねばならぬ順序じゅんじょとなった。

その前日ぜんじつ、いやその前夜ぜんや七しち時じ頃ころまでも、私わたくしは初代しょだいと語かたり合あっていたのだった。晩春ばんしゅんの銀座ぎんざの夜よるを思出おもいだす。私わたくしは滅多めったに銀座ぎんざなど歩あるくことはなかったのだが、その夜よるは、どうしたのか初代しょだいが銀座ぎんざへ行いって見みましょうと云いい出だした。初代しょだいは見立みたてのいい柄がらの、仕立卸したておろしの黒くろっぽい単衣物ひとえものを着きていた。帯おびはやっぱり黒地くろじに少すこし銀糸ぎんしを混まぜた織物おりものであった。臙脂えんじ色しょくの鼻緒はなおの草履ぞうりも卸おろしたばかりだった。私わたくしのよく磨みがいた靴くつと彼女かのじょの草履ぞうりとが、足並あしなみを揃そろえて、ペーヴメントの上うえを、スッスッと進すすんで行いった。私わたくし達たちはその時とき、遠慮えんりょ勝かちに、新しん時代じだいの青年せいねん男女だんじょの流行りゅうこう風俗ふうぞくを真似まねて見みたのであった。恰度ちょうど月給げっきゅう日ひだったので、私わたくし達たちは少すこしおごって、新橋しんばしのある鳥とり料理りょうりへ上のぼったものだ。そして、七なな時じ頃ころまで少すこしお酒さけも飲のみながら、私わたくし達たちは楽たのしく語かたり合あった。酔よって来くると、私わたくしは諸戸もろとなんか、今いまに御覧ごらんなさい私わたくしだって、という様ような気焔きえんを上あげた。そして、今頃いまごろ諸戸もろとはきっとくしゃみをしているでしょうね、と云いって思上おもいあがった笑わらい方かたをしたのを覚おぼえている。アア、私わたくしは何なんという愚ぐものであったのだろう。

私わたくしはその翌朝よくちょう、昨夜ゆうべ別わかれる時とき、初代しょだいが残のこして行いった、私わたくしのすきでたまらない彼女かのじょの笑顔えがおと、ある懐なつかしい言葉ことばとを思おもい出だしながら、春はるの様ようにうららかな気持きもちで、S・K商会しょうかいのドアを開あけた。そして、いつもする様さまに、先まず第だい一いちに初代しょだいの席せきを眺ながめた。毎朝まいあさどちらが先さきに出勤しゅっきんするかという様ようなことさえ、私わたくし達たちの楽たのしい話題わだいの一ひとつになるのであったから。

だが、もう出勤しゅっきん時間じかんが少すこし過すぎていたのに、そこには初代しょだいの姿すがたはなく、タイプライターの覆おおいもとれてはいなかった。変へんだなと思おもって、自分じぶんの席せきの方ほうへ行いこうとすると、突然とつぜん横合よこあいから、昂奮こうふんした声こえで呼よびかけられた。

「蓑みの浦うら君くん、大変たいへんだよ。びっくりしちゃいけないよ。木崎きざきさんが殺ころされたんだって」

それは人事じんじを扱あつかっている、庶務しょむ主任しゅにんのK氏しだった。

「今いまし方がた、警察けいさつの方ほうから知しらせがあったんだ。僕ぼくはこれから見舞みまいに行いこうと思おもうんだが、君きみも一緒いっしょに行いくかい」

K氏しは幾分いくぶんは好意こうい的てきに、幾分いくぶんはひやかし気味きみに云いった。私わたくし達たちの関係かんけいは殆ほとんど社内しゃないに知しれ渡わたっていたのだから。

「エエ、御ご一緒いっしょに参まいりましょう」

私わたくしは何なんも考かんがえることが出来できなくて、機械きかい的てきに答こたえた。私わたくしは一いち寸すん同僚どうりょうに断ことわって(S・K商会しょうかいは非常ひじょうに自由じゆうな制度せいどだった)K氏しと同道どうどうして、自動じどう車しゃに乗のった。

「どこで、誰だれに殺ころされたのですか」

車くるまが走はしり出だしてから、私わたくしは乾かわいた唇くちびるで、かすれた声こえで、やっとそれを訊たずねることが出来できた。

「家うちでだよ。君きみは行いったことがあるんだろう。下手人げしゅにんはまるで分わからないと云いうことだよ。とんだ目めに遭あったものだね」

好こう人物じんぶつのK氏しは、人事ひとごとでないという調子ちょうしで答こたえた。

痛いたさが余あまり烈はげしい時ときには、人ひとはすぐに泣なき出ださず、却かえって妙みょうな笑顔わらいをするものだが、悲かなしみの場合ばあいも同おなじことで、それが余あまりひどい時ときは、涙なみだを忘わすれ、悲かなしいと感かんじる力ちからさえ失うしなった様ようになるものである。そして、やっとしてから、余程よほど日数にっすうがたってから、本当ほんとうの悲かなしさというものがわかって来くるのだ。私わたくしの場合ばあいも丁度ちょうどそれで、私わたくしは自動じどう車しゃの上うえでも、先方せんぽうについて、初代しょだいの死体したいを見みた時ときでさえも、何なんだか他人たにんのことの様ようで、ボンヤリと普通ふつうの見舞みまい客きゃくみたいに振舞ふるまっていたことを記憶きおくしている。

初代しょだいの家いえは巣鴨すがも宮仲みやなかの表通おもてどおりとも裏通うらどおりとも判別はんべつのつかぬ、小しょう規模きぼな商家しょうかとしもうた家やとが軒のきを並ならべている様ような、細ほそい町まちにあった。彼女かのじょの家いえと隣となりの古こ道具どうぐ屋やと丈だけが平屋ひらや建だてで、屋根やねが低ひくくなっているので、遠とおくからでも目印めじるしになった。初代しょだいはその三さん間まか四よん間まの小ちいさな家いえに彼女かのじょの養母ようぼとたった二人ふたりで住すんでいたのである。

私わたくし達たちがそこに着ついた時ときには、もう死体したいの調しらべなども済すんで、警察けいさつの人ひと達たちが附近ふきんの住人じゅうにん達たちを取調とりしらべている所ところであった。初代しょだいの家いえの格子こうし戸との前まえには、一人ひとりの制服せいふくの巡査じゅんさが、門番もんばんみたいに立たちはだかっていたが、K氏しと私わたくしとは、S・K商会しょうかいの名刺めいしを見みせて、中なかへ入はいって行いった。

六ろく畳じょうの奥おくの間あいだに、初代しょだいはもう仏ほとけになって横よこたわっていた。全身ぜんしんに白しろい布ぬのが覆おおわれ、その前まえに白布はくふをかけた机つくえを据すえて、小ちいさな蝋燭ろうそくと線香せんこうが立たててあった。一いち度ど逢あったことのある、小柄こがらな彼女かのじょの母親ははおやが、仏ふつの枕元まくらもとに泣なき伏ふしていた。その側そばに、彼女かのじょの亡夫ぼうふの弟おとうとだという人ひとが、憮然ぶぜんとして坐すわっていた。私わたくしはK氏しの次つぎに母親ははおやに悔くやみを述のべて、机つくえの前まえで一礼いちれいすると仏ふつの側がわへ寄よってそっと白布しろぬのをまくり、初代しょだいの顔かおを覗のぞいた。心臓しんぞうを一いち抉えぐりにやられたということであったが、顔かおには苦悶くもんの痕あともなく、微笑びしょうしているのかと思おもわれる程ほど、なごやかな表情ひょうじょうをしていた。生前せいぜんから赤味あかみの少わかい顔かおであったが、それが白しろ蝋ろうの様ように白しらけて、じっと目めをふさいでいた。胸むねの傷痕きずあとには、丁度ちょうど彼女かのじょが生前せいぜん帯たいをしめていた恰好かっこうで、厚あつぼったく繃帯ほうたいが巻まいてあった。それを見みながら、私わたくしは、今いまからたった十じゅう三さん四し時間じかん前まえに、新橋しんばしの鳥屋とりやで差向さしむかいに坐すわって笑わらい興きょうじていた初代しょだいを思出おもいだした。すると、内臓ないぞうの病気びょうきではないかと思おもった程ほど、胸むねの奥おくがギュウと引締ひきしめられる様ような気きがした。その刹那せつな、ポタポタと音おとを立たてて、仏ふつの枕元まくらもとの畳たたみの上うえに、続つづけざまに私わたくしは涙なみだをこぼしたのであった。

いや、私わたくしは余あまりに帰かえらぬ思おもう出でに耽ふけり過すぎた様ようである。こんな泣言なきごとを並ならべるのがこの書物しょもつの目的もくてきではなかったのだ。読者どくしゃよ、どうか私わたくしの愚痴ぐちを許ゆるして下ください。

K氏しと、私わたくしとは、その現場げんじょうでも、また後日ごじつ役所やくしょに呼よび出だされさえして、色々いろいろと初代しょだいの日常にちじょうに関かんして取調とりしらべを受うけたのであるが、それによって得えた知識ちしき、又また初代しょだいの母親ははおやや近所きんじょの人ひと達たちから聞きき知しった所ところなどを綜合そうごうすると、この悲かなしむべき殺人さつじん事件じけんの経過けいかは、大体だいたい次つぎの様ようなものであった。

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