← Library‹ 孤島の鬼 奇妙な友人

私わたくしは内気うちき者しゃで、同どう年輩ねんぱいの華はなやかな青年せいねん達たちには、余あまり親したしい友達ともだちを持もたなかった代かわりに、年長ねんちょうの、しかも少々しょうしょう風変ふうがわりな友達ともだちにめぐまれていた。諸戸もろと道雄みちおもその一人ひとりに相違そういなかったし、これから読者どくしゃに紹介しょうかいしようとする深しん山木やまき幸吉こうきちなどは、中なかでも風変ふうがわりな友達ともだちであった。そして、私わたくしのまわり気きかも知しれぬけれど、年長ねんちょうの友達ともだちは殆ほとんど凡すべて、深しん山木やまき幸吉こうきちとても例外れいがいではなく、多おうかれ少すくなかれ、私わたくしの容貌ようぼうに一種いっしゅの興味きょうみを持もつ様ように思おもわれた。仮令たとえいやな意味いみではなくとも、何なんかしら私わたくしの身内みうちに彼かれ等らを引ひきつける力ちからがあるらしく見みえた。そうでなくて、あの様ようにそれぞれ一方いっぽうの才能さいのうに恵めぐまれた年長ねんちょう者しゃ達たちが、青二才あおにさいの私わたくしなどに構かまってくれる筈はずはなかったのだ。

それは兎とも角かく、深しん山木やまき幸吉こうきちというのは、私わたくしの勤つとめ先さきの年長ねんちょうの友人ゆうじんの紹介しょうかいで知合しりあいになった間柄あいだがらであったが、当時とうじ四十よんじゅう歳さいを大分だいぶ過すぎていたにも拘かかわらず、妻つまもなく子こもなくその外そと血縁けつえんらしいものは、私わたくしの知しる限かぎり一人ひとりもなく、本当ほんとうの独ひとり者ものであった。独ひとり者ものといっても諸戸もろとの様ように女嫌おんなぎらいという訳わけではなく、これまでに、随分ずいぶん色々いろいろな女おんなと夫婦ふうふみたいな関係かんけいを結むすんだらしく、私わたくしの知しる様ようになってからでも、二三にさん度どそういう女おんなを換かえているのだが、いつも長続ながつづきがしないで、暫しばらく間あいだを置おいて訪たずねて見みると、いつの間あいだにか女おんながいなくなっている、といった調子ちょうしであった。「俺おれのは刹那せつな的てき一夫いっぷ一婦いっぷ主義しゅぎだ」と云いっていたが、つまり極端きょくたんに惚ほれっぽく、飽あきっぽいたちなのである。誰だれしも感かんじたり云いったりはするけれど、それを彼かれの様ように傍若無人ぼうじゃくむじんに実行じっこうしたものは少すくないであろう。こういう所ところにも彼かれの面目めんもくが現あらわれていた。

彼かれは一種いっしゅの雑学ざつがく者しゃで、何なんを質問しつもんしても知しらぬと云いった事ことがなかった。別べつに収入しゅうにゅうの道みちはなさそうであったが、幾いくらか貯たくわえがあると見みえ、稼かせぐということをしないで、本ほんを読よむ間々あいだあいだには、世間せけんの隅々すみずみに隠かくれている、様々さまざまな秘密ひみつをかぎ出だして来くるのを道楽どうらくにしていた。中なかにも犯罪はんざい事件じけんは彼かれの大だい好物こうぶつであって、有名ゆうめいな犯罪はんざい事件じけんで、彼かれの首くびを突込つっこまぬはなく、時々ときどきは其筋そのすじの専門せんもん家かに有益ゆうえきな助言じょげんを与あたえる様ようなこともあった。

独ひとり者ものの上うえに彼かれの道楽どうらくがそんな風ふうであったから、何なん所ところへ行いくのか、三み日かも四よん日かも家いえを開あけている様ようなことが、ちょくちょくあって、うまく彼かれの在宅ざいたくの折おりに行合ゆきあわせるのは、仲々なかなか難むずかしいのだ。その日ひも、又また留守るすを食くうのではないかと、心配しんぱいしながら歩あるいていると、幸さいわいなことには、彼かれの家いえの半丁はんちょうも手前てまえから、もう彼かれの在宅ざいたくであることが分わかった。というのは、可愛かわいらしい子供こども等とうの声こえに混まじって、深しん山木やまき幸吉こうきちの聞覚ききおぼえのある胴間声どうまごえが、変へんな調子ちょうしで当時とうじの流行りゅうこう歌かを歌うたっていたからである。

近ちかづくと、チャチな青あお塗ぬり木造もくぞうの西洋せいよう館かんの玄関げんかんを開あけっ放ぱなしにして、そこの石段いしだんに四よん五ご人にんの腕白わんぱく小僧こぞうが腰こしをかけ、一段いちだん高たかいドアの敷居しきいの所ところに深しん山木やまき幸吉こうきちがあぐらをかき、みんなが同おなじ様ように首くびを左右さゆうに振ふりながら、大おおきな口くちをあいて、

「どこから私わたしゃ来きたのやら

いつまたどこへ帰かえるやら」

とやっていたのである。彼かれは自分じぶんに子供こどもがないせいか、非常ひじょうな子供こども好すきで、よく近所きんじょの子供こどもを集あつめては、餓鬼がき大将たいしょうとなって遊あそんでいた。妙みょうなことには子供こども等らも亦また、彼かれ等らの親おや達たちとは反対はんたいに、近所きんじょではつまはじきのこの奇人きじんのおじさんになついていたのである。

「サア、お客きゃくさんだ。美うつくしいお客きゃくさまがいらしった。君きみ達たち、又また遊あそぼうね」

私わたくしの顔かおを見みると、深山ふかやま木きは敏感びんかんに私わたくしの表情ひょうじょうを読よんだらしく、いつもの様ように一緒いっしょに遊あそぼうなどとは云いわないで、子供こども等とうを帰かえし、私わたくしを彼かれの居間いまに導みちびくのであった。

西洋せいよう館かんと云いっても、アトリエか何なんかのお古ふると見みえて、広間ひろまの外ほかに小ちいさな玄関げんかんと台所だいどころの様ようなものがついている切きりで、その広間ひろまが、彼かれの書斎しょさい、居間いま、寝室しんしつ、食堂しょくどうを兼かねていたのだが、そこには、まるで古本ふるほん屋やの引越ひっこしみたいに書物しょもつの山々やまやまが築きずかれ、その間あいだに、古ふるぼけた木製もくせいベッドや、食卓しょくたくや、雑多ざったの食器しょっきや、罐詰かんづめや、蕎麦そば屋の岡持おかもちなどが、滅茶苦茶めちゃくちゃに放ほうり出だしてあった。

「椅子いすがこわれてしまって、一いちつきゃない。マア、それにかけて下ください」

と云いって、彼かれ自身じしんは、ベッドの薄汚うすよごれたシーツの上うえにドッカとあぐらをかいたものである。

「用事ようじでしょう。何なんか用事ようじを持もって来きたんでしょう」

彼かれは乱みだれた長ながい頭髪とうはつを、指ゆびでうしろへかきながら、一寸ちょっとはにかんだ表情ひょうじょうをした。彼かれは私わたくしに逢あうと、きっと一いち度どはこんな表情ひょうじょうをするのだ。

「エエ、あなたの智恵ちえをお借かりし度たいと思おもって」

私わたくしは、相手あいての西洋せいよう乞食こじきみたいな、カラもネクタイもない皺しわくちゃの洋装ようそうを見みながら云いった。

「恋こい、ね、そうでしょう。恋こいをしている目めだ。それに、近頃ちかごろとんと僕ぼくの方ほうへは御ご無む沙汰さただからね」

「恋こい、エエ、マア、……その人ひとが死しんじまったんです。殺ころされちまったんです」

私わたくしは甘あまえる様ように云いった。云いってしまうと、どうしたことか止とめどなく涙なみだがこぼれた。私わたくしは目めの所ところへ腕うでを当あてて、本当ほんとうに泣ないてしまったのだ。深山ふかやま木きはベッドから降おりて来きて、私わたくしの側がわに立たって、子供こどもをあやす様ように、私わたくしの背中せなかを叩たたきながら、何なんか云いっていた。悲かなしみの他ほかに、不思議ふしぎに甘あまい感触かんしょくがあった。私わたくしのそうした態度たいどが、相手あいてをワクワクさせていることを、私わたくしは心こころの隅すみで自覚じかくしていた。

深山木やまき幸吉こうきちは実じつに巧たくみな聞手ききてであった。私わたくしは順序じゅんじょを立たてて話はなしをする必要ひつようはなかった。一いち語ご一いち語ご、彼かれの問とうに従したがって答こたえて行いけばよいのであった。結局けっきょく私わたくしは何なんもかも、木崎きざき初代しょだいと口くちを利きき初はじめた所ところから、彼女かのじょの変死へんしまでの、あらゆることを喋しゃべってしまった。深山ふかやま木きが見みせよと云いうものだから、例れいの初代しょだいの夢ゆめに出でて来くる海岸かいがんの景色けしきの見取みとり図ずも、彼女かのじょから預あずかった系図けいず書かきさえも、丁度ちょうど内隠うちかくしに持もっていたので、取出とりだして彼かれに見みせた。彼かれはそれらを、長ながい間あいだ見みていた様ようであったが、私わたくしは涙なみだを隠かくす為ために、あらぬ方かたを向むいていたので、その時ときの彼かれの表情ひょうじょうなどには、少すこしも気きづかなんだ。

私わたくしは云いう丈だけ云いってしまうと、黙だまり込こんでしまった。深山ふかやま木きも異様いように押おし黙だまっていた。私わたくしはうなだれていたのだが、余あまり長ながい間あいだ相手あいてが黙だまっているので、ふと彼かれの方ほうを見み上のぼると、彼かれは妙みょうに青あおざめた顔かおをして、じっと空間くうかんを見みつめていた。

「僕ぼくの気持きもちを分わかって下くださるでしょう。僕ぼくは真面目まじめに敵討かたきうちを考かんがえているのです。せめて下手へた人ひとを僕ぼくの手てで探さがし出ださないでは、どうにも我慢がまんが出来できないんです」

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