← Library‹ 二十四の瞳 四 わかれ

写真しゃしんができてきた。一本松いっぽんまつを背景はいけいにして、松葉杖まつばづえによりかかった先生せんせいを十じゅう二に人にんの子こどもたちが、立たったり、しゃがんだりしてとりまいている。磯吉いそきち、竹一たけいち、松江まつえ、ミサ子こ、マスノ、順々じゅんじゅんに見みていって仁太にたのところへくると、思おもわずふきだした。あんまり仁ひとし太ふとしがきばりすぎているからだった。つめている呼吸こきゅうが、いまにも、うううともれて、うなりだしそうにかたくなっている。気きをつけのその姿勢しせいは、だれが見みたって笑わらわずにいられるものではなかった。マスノとミサ子このほかは、生うまれてはじめて写真しゃしんをとったということで、だいたい、みんなかたくなっている。そのなかで仁ひとし太ふとしと吉次よしつぐはとくべつであった。仁ひとし太ふとしとは反対はんたいに、身みをすくめ、顔かおをそむけ、おまけに目めをつぶっている吉次よしつぐは、ふだんの小しょう気きさをそのまま映うつしだされているようで、かわいそうにさえ思おもえた。

かわいそうにキッチン、こわかったんだろう、写真しゃしん機きの中なかから、なにがとびだすかと思おもったんだろう……

ひとり写真しゃしんをながめて笑わらっているところへ、本校ほんこうの校長こうちょう先生せんせいがきた。その声こえをきくと、こんどは大石おおいし先生せんせいのほうが、思おもわず気きをつけのようになって玄関げんかんに出でていった。松葉まつば杖つえははなれていたが、まだまだびっこの歩あるきぶりを見みると、校長こうちょう先生せんせいはちょっと眉まゆをよせ、気きのどくがった顔かおで見みていた。

「ひどい目めにあいましたな」

「はあ、でも、ずいぶんよくなりました」

「いたいですか、まだ?」

返事へんじにこまって答こたえられないでいると、校長こうちょう先生せんせいがさいそくにきたとでも思おもったらしく、お母ははさんがかわって答こたえた。

「いつまでもごめいわくをかけまして、すみません。もうずいぶんらくになったようですけど、なんしろ、自転じてん車しゃにのれないものですから、いつまでもぐずぐずしておりまして、はい」

しかし校長こうちょう先生せんせいのほうはそんなつもりではなく、見舞みまいがてら吉報きっぽうをもってきたのであった。友人ゆうじんの娘むすめである大石おおいし先生せんせいのことも、今日きょうは名前なまえでよんで、

「久子ひさこさんも片足かたあし犠牲ぎせいにしたんだから、岬勤みさきづとめはもうよいでしょう。本校ほんこうへもどってもらうことにしたんじゃがな、その足あしじゃあ、本校ほんこうへもまだ出でられんでしょうな」

お母ははさんはきゅうに涙なみだぐんで、

「それは、まあ」

といったぎり、しばらくあとが出でなかった。思おもいがけない喜よろこびであり、きゅうには礼れいのことばも出でてこなかったのだ。それをごまかしでもするように、さっきから、やっぱりだまっている娘むすめの大石おおいし先生せんせいに気きがつくと、

「久子ひさこ、久子ひさこ、なんです。ぼんやりして。お礼れいをいいなさいよ」

しかし、大石おおいし先生せんせいとしては、せっかくのこの校長こうちょう先生せんせいのはからいが、あんまりうれしくなかったのだ。これがもし、半年はんとし前まえのことならば、とびとびして喜よろこんだろうが、今いまではもう、そうかんたんに、いかない事情じじょうが生うまれてきていた。だから、口くちをついて出でたことばは、お礼れいではなかった。

「あのう、もうそのこと、きまったんでしょうか。後任こうにんの先生せんせいのことも」

まるでそれは、とんでもないといわぬばかりの口調くちょうである。

「きまりました。きのうの職員しょくいん会議かいぎで。いけませんかい」

「いけないなんて、それは、そんなこという権利けんりありませんけど、でもわたし、やっぱりこまったわ」

そこにお母ははさんでもいたら、大石おおいし先生せんせいは叱しかりつけられたかもしれぬ。しかしお母ははさんは、茶菓子ちゃがしでも買かいにいったらしく、出でていったあとだった。校長こうちょう先生せんせいはにこにこ笑わらって、

「なにが困こまるんですか?」

「あの、生徒せいとと約束やくそくしたんです。また岬みさきへもどるって」

「こりゃおどろいた。しかし、どうしてかよいますかね。お母ははさんのお話はなしだと、とうぶん自転じてん車しゃにものれんということだったので、そうはからったんですがね」

もう、いいようがなかった。すると、岬みさきの村むらがいっそうなつかしくなり、思おもわず未練みれんがましくいった。

「後任こうにんの先生せんせいは、どなたでしょう」

「後藤ごとう先生せんせいです」

「あら!」

お気きのどくといいそうになってあわててやめた。後藤ごとう先生せんせいこそ、どうしてかようだろうとあんじられたのだ。もうすぐ四十よんじゅうで、しかも晩婚ばんこんの後藤ごとう先生せんせいには乳呑ちのみ子ごがあった。じぶんよりは少すこし岬みさきへ近ちかい村むらの人ひととはいえ、一いち里り半はん(六ろくキロ)はあるであろう岬みさきへ、寒さむさにむかってどうしてかようだろうかと思おもうと、その気きのどくさと、じぶんの心残こころのこりとがごっちゃになって、急きゅうに眉まゆをあげた。

「では、校長こうちょう先生せんせい、こうしていただけませんでしょうか。わたしの足あしがすっかりなおりましたら、いつでも代かわりますから。それまで後藤ごとう先生せんせいにお願ねがいすることにして……」

いかにもよい思おもいつきだと思おもったのだが、校長こうちょう先生せんせいの返事へんじは思おもいがけなかった。

「義理ぎりがたいこというなあ、久子ひさこさん。あんたがそないに気きをつかわんでも、ちょうどよかったんだから。後藤ごとう先生せんせいは、すすんで岬みさきを希望きぼうしたんだから」

「あら、どうしてですの?」

「いろいろ、あってね。老朽ろうきゅうで来年らいねんはやめてもらう番ばんになっていたところを、岬みさきへいけば、三さん年ねんぐらいのびるからね。そういったら、よろこんで、承知しょうちしましたよ」

「まあ、老朽ろうきゅう!」

三十さんじゅう八はちや九きゅうで老朽ろうきゅうとは? まだ乳呑ちのみ子ごをかかえている女おんなが老朽ろうきゅうとは。あきれたような顔かおをしてことばをきった大石おおいし先生せんせいを、いつのまにか外そとから帰かえってきたお母ははさんは、くだものなど盛もった盆ぼんをさし出だしながら、娘むすめのぶえんりょさに気きが気きでなく、

「久子ひさこ、なんですか、せっかくの校長こうちょう先生せんせいのご好意こういに、ろくろくお礼れいもいわないで。だまってきいてりゃ、さっきからおまえ、ヘソ曲まがりなことばっかりいうて……」

そして校長こうちょう先生せんせいの前まえに手てをつき、

「どうもほんとに、わたしが行いきとどきませんでな。つい、ひとりっ子こであまえさせたらしく、失礼しつれいなことばっかり申もうしまして。これでも、学校がっこうのことだけはあなた、寝ねてもさめても考かんがえとりますふうで、早はやく出でたい出でたいと申もうしとりましたんです。おかげさまで、本校ほんこうのほうにかわらしていただけましたから、もう十とお日かもしたら、バスにのって、かよえると思おもいます。こんな、気きままものですけど、どうぞもう、よろしゅうお願ねがいいたします」

娘むすめにいわせたいことを、ひとりでならべたてて、何なん度どもぺこぺこ頭あたまをさげた。そして、それとなく目顔めがおであいずをしたが、大石おおいし先生せんせいはそしらぬ顔かおで、まだ後藤ごとう先生せんせいにこだわっていた。

「それで、もう後藤ごとう先生せんせいは、岬みさきへかよってるんでしょうか?」

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