← Library‹ 二十四の瞳 五 花の絵

海うみの色いろも、山やまの姿すがたも、そっくりそのまま昨日きのうにつづく今日きょうであった。細長ほそながい岬みさきの道みちを歩あるいて本校ほんこうにかよう子こどもの群むれも、同おなじ時刻じこくに同おなじ場所ばしょを動うごいているのだが、よく見みると顔かおぶれの幾人いくにんかがかわり、そのせいでか、みんなの表情ひょうじょうもあたりの木々きぎの新芽しんめのように新鮮しんせんなのに気きがつく。竹一たけいちがいる。ソンキの磯吉いそきちもキッチンの徳田吉次とくだきちじもいる。マスノや早苗さなえもあとからきている。

この新あたらしい顔かおぶれによって、物語ものがたりのはじめから、四よん年ねんの年月としつきが流ながれさったことを知しらねばならない。四よん年ねん。その四よん年間ねんかんに「一億同胞いちおくどうほう」のなかの彼かれらの生活せいかつは、彼かれらの村むらの山やまの姿すがたや、海うみの色いろと同おなじように、昨日きのうにつづく今日きょうであったろうか。

彼かれらは、そんなことを考かんがえてはいない。ただ彼かれら自身じしんの喜よろこびや、彼かれら自身じしんの悲かなしみのなかから彼かれらはのびていった。じぶんたちが大おおきな歴史れきしの流ながれの中なかに置おかれているとも考かんがえず、ただのびるままにのびていた。それは、はげしい四よん年間ねんかんであったが、彼かれらのなかのだれがそれについて考かんがえていたろうか。あまりに幼おさない彼かれらである。しかもこの幼おさない者ものの考かんがえおよばぬところに、歴史れきしはつくられていたのだ。四よん年ねんまえ、岬みさきの村むらの分ぶん教場きょうじょうへ入学にゅうがくしたその少すこしまえの三さん月がつ十じゅう五ご日にち、その翌年よくねん彼かれらが二に年ねん生せいに進学しんがくしたばかりの四よん月がつ十じゅう六ろく日にち、人間にんげんの解放かいほうを叫さけび、日本にっぽんの改革かいかくを考かんがえる新あたらしい思想しそうに政府せいふの圧迫あっぱくが加くわえられ、同おなじ日本にっぽんのたくさんの人ひとびとが牢獄ろうごくに封ふうじこめられた。そんなことを、岬みさきの子こどもらはだれも知しらない。ただ彼かれらの頭あたまにこびりついているのは、不況ふきょうということだけであった。それが世界せかいにつながるものとはしらず、ただだれのせいでもなく世よの中なかが不ふ景気けいきになり、けんやくしなければならぬ、ということだけがはっきりわかっていた。その不ふ景気けいきの中なかで東北とうほくや北海道ほっかいどうの飢饉ききんを知しり、ひとり一いち銭せんずつの寄付金きふきんを学校がっこうへもっていった。そうした中なかで満州事変まんしゅうじへん、上海シャンハイ事変じへんはつづいておこり、幾人いくにんかの兵隊へいたいが岬みさきからもおくり出だされた。

そういうはげしい動うごきのなかで、幼おさない子こどもらは麦むぎめしをたべて、いきいきと育そだった。前途ぜんとに何なんが待まちかまえているかをしらず、ただ成長せいちょうすることがうれしかった。

五ご年ねん生せいになっても、はやりの運動靴うんどうぐつを買かってもらえないことを、人間にんげんの力ちからではなんともできぬ不況ふきょうのせいとあきらめて、昔むかしながらのわらぞうりに満足まんぞくし、それが新あたらしいことで彼かれらの気持きもちはうきうきした。だからただひとり、森岡もりおか正ただしのズックを見みつけると、みんなの目めはそこにそそがれてさわいだ。

「わァ タンコ、足あしが光ひかりよる。ああばば(まぶしいこと)」

いわれるまえから正せいは気きがひけていた。はいてこなければよかったと後悔こうかいするほど恥はずかしかった。女おんなのほうでは小こツルがひとりだった。靴くつは、足あしをかわすたびにぶかぶかとぬげそうになった。小こツルはとうとうズックを手てにもって、はだしになり、うらめしそうに靴くつをながめた。六ろく年ねん生せいの女おんなの子こがじぶんのぞうりと取とりかえてやりながら、大声おおごえで、

「わあ、十文半ともんはんじゃもん、わたしにでも大おおきいわ」

おそらく三さん年ねんほどもたせるつもりで買かってやったのだろうが、小こツルはもうこりこりしていた。ぞうりのほうがよっぽど歩あるきよかったのだ。ほっとしている小こツルに、松江まつえは笑わらいかけ、

「な、コツやん、べんとが、まだ、ここで、ぬくいぬくい」

そういって腰こしのあたりをたたいてみせた。

「百合ゆりの花はなの弁当べんとう箱はこ?」

小こツルが、いつ買かったのだ、という顔かおで問とうのを、松江まつえは気弱きよわくうけ、

「ううん、それは明日あしたお父とっつぁんが買こうてきてくれるん」

そういってしまって、松江まつえははっとした。三み日か前まえのことを思おもいだしたのだ。ミサ子こもマスノも、ふたに百合ゆりの花はなの絵えのあるアルマイトの弁当べんとう箱はこを買かったと聞きいて、松江まつえは母ははにねだった。

「マアちゃんも、ミイさんも、百合ゆりの花はなの弁当べんとう箱はこ買かうたのに、うちもはよ買かうておくれいの」

「よしよし」

「ほんまに、買かうてよ」

「よしよし、買かうてやるとも」

「百合ゆりの花はなのど」

「おお、百合ゆりなと菊きくなと」

「そんなら、はよチリリンヤへたのんでおくれいの」

「よしよし、そうあわてるない」

「ほたって、よしよしばっかりいうんじゃもん。マッちゃん、チリリンヤへいってこうか」

それではじめて彼女かのじょの母はははしんけんになり、こんどはよしよしといわずに、少すこし早口はやくちで、

「ま、ちょっとまってくれ、だれが銭ぜにはらうんじゃ。お父ちちつぁんにもうけてもろてからでないと、赤恥あかはじかかんならん。それよか、お母ははさんがな、アルマイトよりも、もっと上等じょうとうのを見みつけてやる」

そういってその場ばを流ながされたのだが、松江まつえのためにさがしだしてくれたのが、古ふるい昔むかしの柳行李やなぎごうりの弁当べんとう入いれとわかると、松江まつえはがっかりして泣なきだした。今いまどき柳やなぎ行李こうりの弁当べんとう入いれなど、だれも持もっていないことを、松江まつえはしっていたのだ。世よの中なかの不況ふきょうは父ちちの仕事しごとにもたたって、大工だいくの父ちちが、仕事しごとのない日ひは、草くさとりの日にちようにまでいっているほどだから、弁当べんとう箱はこ一ひとつでもなかなか買かえないこともわかっていた。しかし松江まつえは、どうしてもほしかったのだ。ここで柳やなぎ行李こうりをうけいれたら、いつまでたっても百合ゆりの花はなの弁当べんとう箱はこは買かってもらえまいということを、松江まつえは感かんじて、ごねつづけ、とうとう泣なきだしたのである。しかし母親ははおやもなかなかまけなかった。

「不ふ景気けいきなんだから、ちっとがまんしい。来月らいげつになって、景気けいきがよかったら、ほんまに買かおうじゃないか。なあ、マツはいちばん大おおきいから、もっと聞きき分わけいでどうすりゃ」

それでも松江まつえはしくしく泣ないていた。いつやむともしれないほど、しんねり泣なきつづけるのは、よほどの思おもいにちがいない。そのままつづけばいつやむともしれぬ泣なきぶりであったが、やがて、泣なくどころではないことがおこった。彼女かのじょの母ははは、きりっとした声こえでいった。

「マツ、弁当べんとう箱はこはきっと買かうてやる。指ゆびきりしてもええ。そのかわりおまえ、産婆さんばさんとこへ、ひとっ走ぱしりいってきてくれや。大急おおいそぎできてつかあされ、いうてな。行いきしなに、よろずやのばあやんにも、ちょっときてもろてくれ。こんなはずないんじゃけんど、おかしいな」

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