← Library‹ 二十四の瞳 七 羽ばたき

修学しゅうがく旅行りょこうから大石おおいし先生せんせいの健康けんこうはつまずいたようだった。三さん学期がっきにはいってまもなくのこと、二十はつ日か近ちかく学校がっこうを休やすんでいる大石おおいし先生せんせいの枕まくらもとへ、ある朝あさ一いち通つうのはがきがとどいた。

拝啓はいけい、先生せんせいの御ご病気びょうきはいかがですか。私わたくしは毎日まいにち、朝礼ちょうれいの時ときになると、心配しんぱいになります。大石おおいし先生せんせいがいないとせえがないと、小しょうツルさんや富士子ふじこさんもいっています。男子だんしもそういっています。先生せんせい、早はやくよくなって、早はやくきてください。岬みさき組くみはみんな心配しんぱいしています。小夜奈良さよなら。

岬みさき組くみの生徒せいとたちの真情しんじょうにふれた思おもいで、ふと涙なみだぐんだ先生せんせいも、最後さいごの小夜さよ奈良ならで、思おもわずふきだした。早苗さなえからだった。

「さよならを、ほら、こんなあて字じがはやってるんよ、お母ははさん」

朝食ちょうしょくをはこんできた母親ははおやに見みせると、

「字じもうまいでないか、六ろく年ねん生せいにしちゃあ」

「そう、一いちばんよくできるの。師範しはんへいくつもりのようだけど、少すこしおとなしすぎる。あれで先生せんせいつとまるかな」

口くちではなかなか意志表示いしひょうじをしない早苗さなえのことを心配しんぱいしていうと、

「だけど、おまえ、久子ひさこだって六ろく年ねん生せいぐらいまでは口数くちかずのすくない、愛嬌あいきょうのない子こだったよ。それがまあ、このせつはどうして、口くちまめらしいもの」

「そうかしら、わたし、そんなに口八丁くちはっちょう?」

「だって、教師きょうしが口くちが重おもたかったらこまるでないか」

「そうよ。だからわたし、この山石やまいし早苗さなえという子こが、教壇きょうだんに立たってものがいえるかしらと、心配しんぱいなの」

「じぶんのこと忘わすれて。久子ひさこだって人ひとの前まえじゃろくに唱歌しょうかもうたえなかったじゃないか。それでもちゃんと、一人前いちにんまえになったもの」

「ふーん。そうだったわ。いま唱歌しょうかすきなの、もしかしたら子こどものときの反動はんどうかな」

「ひとりっ子このはにかみもあったろうがね。そのはがきの子こもひとりっ子こかい」

「ううん。六ろく人にんぐらいのまん中なかよ。姉あねさんは赤あか十字じゅうじの看護婦かんごふだそうよ。じぶんは先生せんせいになりたいって、それも綴方つづりかたに書かいてあるの。きいたって口くちではいわないくせに、綴方つづりかただと、すごいこと書かくのよ。これからは女おんなも職業しょくぎょうをもたなくては、うちのお母ははさんのように、つらい目めをする、なんて、よっぽどつらい目めをみてるらしいの」

「おまえと同おなじじゃないか」

「でもわたしは、小ちいさいときからちゃんと人ひとにもいってたわ。先生せんせいになる、先生せんせいになるって。山石やまいし早苗さなえときたら、何なんにもいやしない。いつでもみんなのうしろにかくれているみたいなくせに、書かかせるとちゃんとしてるの」

「いろいろ、たちがあるよ。こうしてはがきをよこしたりするところ、なかなかうしろにかくれちゃいないから」

「そうなの。そして、小夜さよ奈良ならなんだもの、おもしろい」

はがき一いち枚まいにつりこまれて思おもわずすすんだ朝食ちょうしょくだった。そのあとも、まるで鏡きょうにでも見入みいるようにそのはがきを見みつめ、やがては子こどもたちのことがつぎつぎと浮うかんできた。川本かわもと松江まつえはどうしたであろうか。

――てんぷら一いち丁ちょうッ!

かん高だかに叫さけんでいた桃ももわれの娘むすめ。桟橋さんばし前まえ「しまや」という看板かんばんをおぼえてかえり、手紙てがみを出だしてみたが、返事へんじはこなかった。小しょう学校がっこう四よん年ねん生せいしか修おさめていない子こどもには手紙てがみをかくすべもわからなかったのだろうか。それとも本人ほんにんの手てに渡わたったかどうかもあやしい……。あの夜よる、うさんくさそうに出でてきたおかみさんも、事情じじょうがわかるとさすがにあいそよく、

「まあま、それはそれは。ようきておくれましたな。さ、先生せんせい、どうぞおかけなさんせ」

中なかへ招しょうじいれ、せまい畳たたみの縁台えんだいに小ちいさな座ざぶとんを出だしてすすめたりした。しかし話はなしをするのはおかみさんばかりで、松江まつえはだまってつっ立たっていた。いつのまにか男おとこの生徒せいとが五、六ごろく人にんやってきて、縄なわのれんの向むこうに顔かおをならべているのを見みると、大石おおいし先生せんせいは立たちあがらずにいられなかったのだ。

「じゃあまたね。もうすぐ船ふねがくるでしょうから」

いとまをつげたが、べつに見送みおくりにもこなかった。許ゆるされなかったのであろう。わざとふりむきもせず、さっさと歩あるきだすと、ぞろぞろついてきた生徒せいとたちは思おもい思おもいのことをいった。

「先生せんせい、だれかな、あの子こ?」

「先生せんせい、あのうどんやと一家いっけ(親類しんるい)かな?」

本校ほんこうにはたった一いち日にちしか顔かおを出ださなかった松江まつえを、だれも松江まつえと気きづいていないのは、その中なかに岬みさきの子こどもがまじっていなかったからであろう。へたにさそい出だしたりしなかったことを、松江まつえのためによろこびながら、今いまでも一種いっしゅのもどかしさで思おもいだされる松江まつえであった。同おなじ年としに生うまれ、同おなじ土地とちに育そだち、同おなじ学校がっこうに入学にゅうがくした同おない年どしの子こどもが、こんなにせまい輪わの中なかでさえ、もうその境遇きょうぐうは格段かくだんの差さがあるのだ。母ははに死しなれたということで、はかりしれぬ境遇きょうぐうの中なかにほうり出だされた松江まつえのゆくすえはどうなるのであろうか。彼女かのじょといっしょに巣立すだった早苗さなえたちは、もう未来みらいへの羽はばたきを、それぞれの環境かんきょうのなかで支度したくしている。将来しょうらいへの希望きぼうについて書かかせたとき、早苗さなえは教師きょうしと書かいていた。子こどもらしく先生せんせいと書かかずに、教師きょうしと書かいたところに早苗さなえの精せいいっぱいさがあり、甘あまっちょろいあこがれなどではないものを感かんじさせた。六ろく年ねん生せいともなれば、みんなはもうエンゼルのように小ちいさな羽はねを背中せなかにつけて、力ちからいっぱいに羽はばたいているのだ。

変かわっているのは、マスノの志望しぼうであった。学芸がくげい会かいに「荒城こうじょうの月つき」を独唱どくしょうして全校ぜんこうをうならせたマスノは、ひまさえあれば歌うたをうたい、ますますうまくなっていた。歌うたにむかうとき彼女かのじょの頭脳ずのうは特別とくべつのはたらきをみせ、楽譜がくふをみてひとりで歌うたった。田舎いなかの子こどもとしては、それはじつに珍めずらしいことだった。彼女かのじょの夢ゆめのゆきつくところは音楽おんがく学校がっこうであり、そのために彼女かのじょは女じょ学校がっこうへゆくといった。

女じょ学校がっこう組くみはマスノのほかにミサ子こがいた。あまりできのよくないミサ子こは、受験じゅけんのための居残いのこり勉強べんきょうにいんうつな顔かおをしていた。彼女かのじょの頭あたまは算数さんすうの原理げんりを理解りかいする力ちからも、うのみにする記憶きおく力りょくにもかけていた。しかもそれをじぶんでよく知しっていて、無む試験しけんの裁縫さいほう学校がっこうにゆきたがった。だが彼女かのじょの母はははそれを承知しょうちせず、毎日まいにち、彼女かのじょにいんうつな顔かおをさせた。なんとかして県立けんりつ高女こうじょに入いれたい彼女かのじょの母ははは、熱心ねっしんに学校がっこうへきていた。その熱意ねついで娘むすめの脳のうみその構造こうぞうが変かわりでもするように。それでもミサ子こは平気へいきだった。

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