← Library‹ 大根の葉 三

浜はまは学校がっこう帰かえりの子供こどもたちをまじえてだんだん活気かっきづいてきた。健けんは、その群ぐんに近ちかづいていったが、はいりそびれて、うらやましそうに見みていた。健けんの洋服ようふくはよごれ、暖あたたかくなって下着したぎは一いち枚まいぬがされた。それでも健けんはまだ村むらになじめず、毎日まいにちのようにお母ははさんの帰かえりが待またれた。

汽船きせんが通とおる。欧州おうしゅう航路こうろの大おおきい汽船きせん、近海きんかいまわりの小ちいさい汽船きせん、もっと小ちいさい上方かみがた通かよいの発動はつどう機き船せんがポンポン音おとを立たてて行いき来きする。子供こどもたちにとってはそれらの船ふねはみな軍艦ぐんかんになった。沖おきへ向むいて声援せいえんした。大おおきな軍艦ぐんかんが小ちいさい軍艦ぐんかんを追おいこした。蒸汽じょうき波はが沖おきからうねりながら押おしよせてくる。小ちいさい漁舟ぎょしゅうが木この葉はのようにゆられている。子供こどもたちは、喊声かんせいをあげて陸りくの方ほうへかけだした。ザザア! と大波おおなみが打うちよせ、打うちかえし、時化しけのようにはげしかった。波なみは一いち寄よせごとに小ちいさくなり、あとは嘘うそのように静しずかなもとの海辺うみべになった。今度こんどは陸戦りくせん隊たいであった。子供こどもたちは手てに手てに棒切ぼうぎれを持もって敵てきも味方みかたもなくかけまわった。健けんは棒切ぼうぎれが頭あたまにあたりそうでうろうろした。やっとそれをのがれると、こんどは誰だれかの頭あたまにあたりそうで、ひやひやして目めをしばたたいたりした。

郵便ゆうびん飛行ひこう機きが飛とんできた。東ひがしの方ほうからうなりがだんだん近ちかづいてくると子供こどもたちは遊あそびをやめて空そらを仰あおいだ。両手りょうてをあげてばんざいで迎むかえるもの、片手かたてを額がくにかざしてその姿すがたに見入みいるもの。

「見みえる、見みえる、わいら、乗のっとる人ひとが見みえたがいや。」

「あっ、羽はねに日ひの丸まるがついとるど。」

「英語えいご書かいとんも見みえたど。」

頭あたまの真上まうえをとび去さる飛行ひこう機きから、めいめい誰だれもが気きづかないものを見みつけだそうと顔かおを空そらに向むけて夢中むちゅうになっているうちに、いつかその姿すがたを見送みおくっていた。

「飛行ひこう機きのおっさん、のせておくれえ!」

とつぜん大声おおごえで叫さけんだ。健けんである。みな笑わらいだしたが、しかしすぐそれに和わして子供こどもたちはみな四股しこをふんだ。

「飛行ひこう機きのおっさん、のせておくれえ!」

「一いち、二にの、三さん! 飛行ひこう機きのおっさん、のせておくれえ!」

飛行ひこう機きはだんだん小ちいさくなり、やがて見みえなくなってしまった。いつか、日ひが落おちかかっていた。家いえへ帰かえると太郎たろうのお父ちちさんも醤油工場しょうゆぐらから帰かえったばかりでまだ仕事着しごとぎのまま縁えんに腰こしかけていた。太郎たろうも秀子ひでこもお父ちちさんにもぶれついて甘あまったれていた。太郎たろうたちのお父ちちさんは健けんのお父ちちさんの兄あにで、双児ふたごのようによく似にた顔かおをしている。健けんは小こきざみに草履ぞうりを引ひきずりながらそばへ寄よっていって、おじさんの顔かおを見みあげ、ふ、ふ、と笑わらった。おじさんは立たちあがって健けんの方ほうへ近ちかづいて手てをひろげた。醤油しょうゆ工場こうじょうのにおいがした。

「どら、どら、健けん、おお、重おもたいぞ、重おもたいぞ、なかなか持もちあがらんぞ。こりゃ重おもたい、健けんは克かつちゃんの兄あにやんだけあって石いしのように重おもたいわい。」

おじさんは健けんの両脇りょうわきを抱かかえ、重おもたくて重おもたくてたまらない顔かおをしてだんだん持もちあげていって、とうとう頭あたまの上うえまで差さし上あげをしてふりまわした。健けんはうれしくてたまらなかった。大おおきく口くちを開あけて、わは、は、はと笑わらった。台所だいどころの方ほうでおばあさんの貰もらい笑わらいが聞きこえた。

「太郎たろうも重おもたいか見みて、ようお父ちちさん。」

「秀しゅうちゃんも。」

縁えんの上うえにいる二人ふたりがだんごになってお父ちちさんに飛とびついてきた。

「こら、危あぶない、危あぶない。」

二人ふたりを腰こしで支ささえながら、おじさんはしずかに健けんを草履ぞうりの上うえにおろした。茶ちゃの間までおばあさんの声こえがした。

「さあさ、みんなご飯はんじゃぞえ、太郎たろうも、健けんも、早はやよおいで。」

「わあい、ごはんじゃ、ごはんじゃ。」

太郎たろうも秀子ひでこもそのまま茶ちゃの間まへとんでいった。

「太郎たろう一いち等とう賞しょうっと!」

「秀子ひでこも一いち等とう賞しょうっと。」

二人ふたりが大おおきな声こえで叫さけんでいる。ちゃぶ台だいの上うえの食器しょっきががちゃがちゃ音おとを立たてているのが聞きこえる。健けんはおじさんといっしょに縁えんの右手みぎての入口いりぐちへまわり、暗くらい土間どまへ入はいっていった。太郎たろうのお母ははさんが大おおきな鍋なべをさげてかまとこから出でてきた。

「太郎たろうさんのお母ははさん、今日きょうは味噌みそ汁しる炊たいたんよ、うまげなかざがするがい。」

「ま、この子このいうこと。」

太郎たろうのお母ははさんは、茶ちゃの間まの上あがり框がまちの鍋なべすけに鍋なべを置おき、土間どまの小縁こべりで着物きものを着きかえているおじさんと顔かおを見みあわせて笑わらった。

「じっさい健けんは変かわったとこがあるぞな、やれ鶏にわとりが笑わらいよったとやら、蟻ありが走はしれと言いわいでも走はしったとやら、たいがいこまかいとこがあるっちゃ。どだい太郎たろうらとちごとる。」

おじさんは呆あきれたようにいいながら、帯おびを結むすび、かまとこをぬけて流ながし場ばの方ほうへ手てを洗あらいにいった。健けんは草履ぞうりをていねいにぬぎそろえ、小縁こべりを這はいあがると上うえの間あいだをかけぬけて、太郎たろうの横よこにすわり、

「健けん、一いち等とう賞しょう!」

天井てんじょうにむかってどなった。太郎たろうが承知しょうちしない。肘ひじをよせてせまってきた。

「あ、あ、健けん一等いっとうちがわい、太郎たろうが一いち等とうじゃがい。こら、健けんのぐずま、健けんのびりっこ、びりかす、びり等とう賞しょうよ、馬鹿ばかくそよ!」

「健けん、ほたって草履ぞうりぬぎよったんで。」

健けんは申もうしわけなさそうに額がくに皺しわをよせていった。ただ、そこへ坐すわれば一いち等とう賞しょうだと思おもったのが、ビリ等とう賞しょうで馬鹿ばかくそなのは、自分じぶんがぐずまであったことだと思おもって、一生いっしょうけんめいにいいわけをしようとするのだが、言葉ことばまでがぐずまになってもどってくるのであった。そうなると太郎たろうはよけいに承知しょうちしない。向むきなおって健けんを小突こづきまわした。

「ええい、健けんのぐずま、健けんはいつでもぐずまじゃがい。健けんの馬鹿ばかくそよ、健けんはケがつくケン十郎じゅうろう、ケレレンのケレブクロをケッタカ、ケッタカ。蹴けってやる。おどれや。もう健けん帰にくされ、健けんはうちの子こおとちがうがい、健けん家くい帰にくされ。」

健けんは泣なきそうになった。助たすけを求もとめてぐるりを見みたが、おばあさんは仏壇ぶつだんにおひかりをあげに立たっていていなかった。太郎たろうはますます開ひらきなおった。

「こら健けん、帰にくされいいよんのに帰なんかい! もう飯ままくわさんぞ!」

「ほたって健けん、帰かえんでもお母ははさんがおらんので、ほたらどうすん?」

健けんは太郎たろうと膝ひざをつき合あわせ、一生いっしょうけんめいであった。

「ええい、帰にくされ、ここは太郎たろうん家いえじゃがい、帰にくされ、一人ひとりで帰にくされ。」

「ほたら健けん、誰だれと寝ねるん?」

健けんの声こえはだんだんふるえてきた。

「一人ひとりで寝ねくされ、一人ひとりで寝ねよったら、化ばけもんが出でてきてとって食くうぞ、ほら、早はやよう帰にくされ。」

太郎たろうがしつこく小突こづいていると、秀子ひでこが尻馬しりうまに乗のってきて健けんのうしろにまわった。

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