← Library‹ 柿の木のある家 三

生うまれて六むい日か目めのことを、六日むいかざりといい、この日ひ赤あかん坊ぼうの名ながきまります。産婆さんばさんをお客きゃくにまねき、赤あかん坊ぼうのためにもはじめてお膳ぜんをつくるのがならわしでした。

二男じなん 日出海ひでお

三さん男なん 新之助しんのすけ

半紙はんし一いち枚まいに並ならべて書かいて神棚かみだなにはりつけると、これでほんとうにこの家いえに二男じなん三さん男なんが生うまれたことを天下てんかに伝つたえたような気きがします。お父ちちさんが留守るすなので、字じは洋一よういちが一生いっしょうけんめいになって書かいたものです。それは上手じょうずな字じではありませんが、力ちからのこもった、太ふとい、大おおきな字じでした。でいの間あいだの床柱とこばしらのそばに今日きょうの正客しょうきゃくである日出海ひでみと新之助しんのすけのお膳ぜんがすわりました。石いしのようにじょうぶになれと、えんぎを祝いわって、赤あかん坊ぼうのお膳ぜんには丸まるい小ちいさな石いしも、ごちそうの一ひとつのようにならんでいます。その膳ぜんと並ならんだ、納戸なんどよりの上座じょうざが、これも、今日きょうの正客しょうきゃくの産婆さんばさんで、書院しょいん窓まどの方ほうに、おしようばんの三太郎さんたろうおじさんがすわりました。おじさんから下座しもざの方ほうへならんで洋一よういちとフミエ。おばあさんと三太郎さんたろうおばさんがお給仕きゅうじ役やくです。

でいの間あいだと納戸なんどのさかいの襖ふすまはとりはらわれて、今日きょうはおかあさんもふとんの上うえに坐すわり、みんなのお相手あいてをしました。おかあさんの肥立ひだちはよく、赤あかん坊ぼうも普通ふつうよりは小ちいさいながら、それでもまるまるとふとっていました。赤あかん坊ぼうは自分じぶんたちのためにお客きゃくをして、みんなが喜よろこんでいるとも知しらず、一人ひとりが泣なき出だすと、まるで、まねをするようにまた片方かたほうも泣なき出だし、一人ひとりが眠ねむり出だすと、も一人ひとりもまた眠ねむりました。赤あかん坊ぼうはこちらへ頭あたまをむけて、ならんでねかされています。新之助しんのすけのふとんは三太郎さんたろうおばさんが大急おおいそぎでつくってきたもので、男おとこの子こらしい柄がらでしたが、日出海ひでみの方ほうのは、生うまれる前まえからつくってあったもので、赤あかい花はなもようの、まるで女おんなの子このような柄がらです。新之助しんのすけのふとんを運はこんできたとき、三太郎さんたろうおじさんは、いきおいこんだ調子ちょうしで、

「うちのむすこのふとんを持もってきたよ。」

といいました。赤あかん坊ぼうの顔かおをのぞきこんでは、しきりに見みくらべていた洋一よういちは、急きゅうに立たちあがったと思おもうと、

「だめだあ。」

と、むきになっておじさんにむしゃぶりついてゆきました。そして、みんなが笑わらい出だすと、こんどはおじさんのもってきたその小ちいさなふとんをかかえて、表ひょうへなげ出だそうとしました。

「やらないよ、やらないよ。」

洋一よういちは泣なきそうになっていいました。

「洋ようちゃん、うそよ、うそよ。これは赤あかちゃんのお祝いわいにあげるの。でないと、だんだん大おおきくなって、一ひとつのおふとんにねられなくなるじゃないの。」

三太郎さんたろうおばさんにとりなされて、洋一よういちはやっと安心あんしんしたのですが、しかし、ゆだんをすると、三太郎さんたろうおじさんは、洋一よういちのるすのまに赤あかん坊ぼうをつれてゆきそうに思おもえてなりませんでした。それよりも、もっと心配しんぱいなことは、おじさんがつれてゆかなくても、新之助しんのすけはおじさんとこへ、くれてやられそうな気きがしてならないのです。日ひが立たつにつれて、その心配しんぱいはこくなりました。いつか、「どうせツネ子しはもう子供こどももできないらしいから、一人ひとりはやらにゃなるまい」といったおばあさんの言葉ことばを考かんがえても、それから、まだ何なんにもいいはしないけれど、お母ははさんの顔かおつきをみても、なにかしら、大人おとなたちのあいだには、洋一よういちの知しらないうちに、そんな約束やくそくが出来できていそうな気きがするのです。それはもう、赤あかん坊ぼうの生うまれた次つぎの日ひあたりから、そんなけはいがしていました。それに、新之助しんのすけという名前なまえをつけたのも、三太郎さんたろうおじさんなのです。ふしぎなめぐり合あわせで、赤あかん坊ぼうの誕生たんじょう日ひは、おじいさんの命日めいにちと同おなじ日ひだったので、新造しんぞうというおじいさんの名前なまえから一いち字じをもらいました。それを考かんがえついたのが三太郎さんたろうおじさんなのです。あるとき、洋一よういちはそのことをフミエにききました。

「ねえちゃんは、どう思おもう?」

するとフミエは、大たいしたことでもなさそうに、

「三太郎さんたろうおじさんちなら、やってもいいと思おもうわ。」

あっさりいったので、洋一よういちは急きゅうにはらが立たってきて、フミエをなぐりつけたくなりました。フミエだけは味方みかただと思おもっていたのに、これでは反対はんたいは自分じぶんひとりだと思おもうと、フミエがにくらしくてなりませんでした。そう思おもったとたんに、ふと、赤あかん坊ぼうの生うまれるばん、フミエと百ひゃく円えんのかけをしたことに気きがつきました。洋一よういちはそれをいって、

「さあ、ゆびきりしたんじゃないか。百ひゃく円えんおくれよ。いや、二人ふたりだから二百にひゃく円えんだよ。」

「さあ、たった今いま、二百にひゃく円えんおくれ。」

するとフミエもまけていません。

「いやよ。ふたごのことなんか、ゆびきりしないわ。一人ひとりなら百ひゃく円えんあげるけど、ふたごだからあげないわよ。」

「だって、男おとこだったじゃないか。」

二人ふたりのけんかは、納戸なんどのおかあさんにきこえたらしく、おかあさんは、はっはっと笑わらい出だし、

「まあまあ、お前まえさんたち百ひゃく円えんかい。ずいぶんやすい赤あかん坊ぼうだね。」

と、赤あかん坊ぼうに話はなしかけるのが聞きこえました。二人ふたりはきまりが悪わるくなり、それでけんかはやめましたけれど、洋一よういちは、だれが何なんといっても新之助しんのすけをおじさんにやるまいと、かたく決心けっしんしました。しかし三太郎さんたろうおじさんは、時々ときどき来きては洋一よういちをからかいました、

「なあ洋一よういち、お前まえ、新之助しんのすけをくれたくないのかい。それなら日出海ひでみだっていいんだよ。」

からかわれていると知しっても、洋一よういちはやはりむきになり、

「いやだよ。両方りょうほうともあげない。」

「そんなら、洋一よういちでもいいや。」

「いやだったら。」

「ふうん、そうか。そんなけちん坊ぼうとは、あきれたね。だいたいお前まえんとこと、おじさんちは昔むかしから、何なんでもやったりとったりしてるんだぞ。考かんがえてみな、お前まえのおかあさんはおじさんちからあげたろう。そしてうちのおばさんはここからもらったろう。」

「そりゃ、女おんなだもん、お嫁よめにいくのあたり前まえじゃないか。」

「女おんなじゃなくても、いいじゃないか。まあ見みてごらん、赤あかん坊ぼうは同おなじ顔かおしてるよ。二人ふたりもあるんだから、一人ひとりぐらい、いいじゃないか。」

「いやったら、いやだよ。夏なつみかんや柿かきとちがうよ。」

それには、そこにいる者ものみんな、おなかをかかえて笑わらい出だしました。笑わらったあと、三太郎さんたろうおじさんはひどく感心かんしんしたように、

「わかったよ。シャッポだ。もうぜったいに赤あかん坊ぼうをくれって、云いわんからな。」

そういって、洋一よういちの前まえに手てをついておじぎをしたので、またも大笑おおわらいになりました。

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