← Library‹ 柿の木のある家 四

山羊やぎはいつも柿かきの木きにつながれました。赤あかん坊ぼうに気きをとられて、おろそかにしているうちに、柿かきの実じつはいつのまにか大おおきくなり、そろそろ、青あおから赤色あかいろにうつりかかっています。柿かきの木きの下したは、夏なつは凉すずしい風かぜがふき、冬ふゆはあたたかい日ひだまりをつくります。フミエたちは小ちいさいときから、年中ねんじゅう、この柿かきの木きの下したが遊あそび場ばでした。家いえの裏口うらぐちの方ほうが表通おもてどおりへ近ちかいので、出でかけるにも、かえるにも、たいてい裏口うらぐちからでした。裏口うらぐちの戸とを開あけると、もうそこの屋根やねびさしの上うえまで、柿かきの枝えだはのびているので、柿かきの木きは家いえの中なかがまる見みえのわけです。学校がっこうへゆくにも、井戸いどばたへゆくにも、物置ものおきへゆくにも、柿かきの木きの下したを通とおらねばなりません。人ひとのよく通とおるところへ、柿かきは植うえるものだそうです。根本こんぽんをよくふまれると柿かきは丈夫じょうぶになるということです。柿かきの木きの下したをいったりきたり、一家いっかは毎日まいにち、柿かきの木きに見守みまもられた日々ひびをおくっているわけです。柿かきは、おじいさんが子供こどもだった日ひから、しらがになって、この木きの下もとで倒たおれた日ひまでのことを、見みていたわけです。だから昔むかし、おばあさんがおよめにきたことも、そしておとうさんや三太郎さんたろうおばさんが生うまれたことも、その三太郎さんたろうおばさんがだんだん大おおきくなってお嫁よめにいったことも、フミエたちのおかあさんが、三太郎さんたろうおじさんの家いえからおよめにきたことも、そうしてフミエや洋一よういちが次々つぎつぎと生うまれたことも、みんな見みていたわけです。いつか洋一よういちがだだをこねて、この柿かきの木きにしばりつけられたことも、柿かきの木きはおぼえているでしょう。おとうさんの小ちいさかったころには、村むらにはまだお菓子かしやの店みせがなくて、あまいものといえば、お砂すなとうだったということです。子こどものおとうさんは、黒くろざとうをもらうことがたのしみで、その黒くろざとうは、柿かきの葉はの上うえにのせて、もらっていたといいます。柿かきの葉はを、おさとうのはっぱだと、小ちいさいおとうさんはいっていたという話はなしを、いつかきいたことがあります。あの、つるつるとして、きれいに光ひかっている柿かきの葉はは、ほんとうにおさとうをのせるのに、つごうのよい葉はっぱです。秋あきがきて、だんだん柿かきの葉はが落おちてゆくことは、おしくてならなかったけれど、葉はが落おちるとおさとうはもらえないかわりに、柿かきの実じつはちゃんと赤あかくなるのは不思議ふしぎだったと、三太郎さんたろうおばさんも話はなしたことがありました。

そんな小ちいさい時ときのおとうさんたちの姿すがたも柿かきの木きは知しっているでしょう。柿かきの木きはそれをどこにおぼえているのでしょうか。

「柿かきの実じつはなぜ、あーおい。」

「まだしぶいから、あーおい。」

フミエと洋一よういちは柿かきの木きの下もとで、去年きょねんも歌うたった、ふたりの歌うたを、くりかえしました。

「柿かきの実じつはなぜ、あーかい。」

「甘あまいから、あーかい。」

「柿かきの葉ははなぜ、あーおい。」

「青あおいから、あーおい。」

「ちがうよ、まだうれんからだよ。」

「ちがいませんよ、もう赤あかい実じつも、あーるよ。」

「そんなら、葉はっぱだって、赤あかいのがあーるよ。」

二人ふたりはむちゅうになって柿かきの木きを見上みあげています。おじいさんの命いのちをちぢめてまで、実じつをつけさせた柿かきの木きは、しかし二人ふたりの目めにはなんとなく、いつもとちがったものに見みえました。実じつが小ちいさいのです。木き全体ぜんたいの姿すがたも、どことなく、いつもとちがっています。そこへやってきた三太郎さんたろうおじさんをつかまえて、洋一よういちは心配しんぱいそうにいいました。

「おじさん、今年ことしの柿かき、小ちいさいね。」

「ふむ。」

おじさんは一いっしょに柿かきの木きを見みあげていましたが、

「なるほどな。もう年としよりだからな。」

といいました。

「いやだな。」

洋一よういちがさもいやそうにいうと、

「いいじゃないか、これはおじいさんの兄弟きょうだいだったんだから。洋一よういちのもあるんだろ。」

元気げんきづけるように、おじさんはいいました。

「あるにはあるけどもさ、まだ実じつが五いつつぐらいしかならないもん。」

「あたり前まえさ、はじめからたくさんはならんよ。桃栗ももくり三さん年ねん柿かき八はち年ねんといってな、何なんでも約束やくそくがあるんだよ。この木きが年としよりになったのも約束やくそくさ。人間にんげんと同おなじだ。お前まえたちが大人おとなになると、小ちいさい柿かきも大おおきくなるよ。あ、そうだ、新之助しんのすけにも一いち本ほん、くれるか。」

おじさんは思おもいついたように、洋一よういちに相談そうだんしました。

「うん、やるよ、小ちいさい木き、三さん本ほんもあるんだから。」

きょうは新之助しんのすけが三太郎さんたろうおじさんのうちにもらわれてゆく日ひなのでした。ちょうど日曜にちよう日ひなので、そのおわかれのごちそう作つくりに、三太郎さんたろうおばさんも朝あさから手てつだいにきていました。新之助しんのすけをやることは、あまり洋一よういちが反対はんたいなので、とりやめていましたが、二人ふたり一いち度どの子こそだてでおかあさんのからだがだんだんやせてゆくのと、洋一よういちが承知しょうちしたのとで、急きゅうに話はなしがもとにもどったのです。赤あかん坊ぼうは何なんにもしらず、柿かきの木きの下もとでゆりかごの中なかに向むかい合あって、ねむっています。やがて目めをさまして、一人ひとりは三太郎さんたろうおばさんにだかれ、山羊やぎと柿かきの木きを一いち本ほんおともにつれて、この家いえを出でてゆくことでしょう。

山羊やぎは、ぼくがつれていってやろう――

洋一よういちがそんなことを考かんがえているとき、日出海ひでみが目めをさまし、急きゅうに大声おおごえで泣なき出だしました。すると、いつもの調子ちょうしで新之助しんのすけも一いっしょに目めをさまし、大おおきな口くちをあけて、手足てあしをばたばたさせながら泣なきさけびました。

「ああ、おっぱい、いまもってくるからね。」

フミエが家いえの中なかへ走はしりこみました。

柿かきの木きは、こういう風景ふうけいを、にこにこ笑わらいながら見みおろしているようです。柿かきの木きにとっては、この下もとでかわされる子供こどもたちの話はなしや、歌声うたごえや、ときどきはむずかって泣なきやまぬ赤あかん坊ぼうの泣声なきごえや、道みちばたまでとどく、長ながい繩なわでつながれた山羊やぎが、草くさをたべている姿すがたなど、毎日まいにち見みても、見みあきない風景ふうけいでありましょう。そして、あまりの面白おもしろさに、人間にんげんにはわからぬ柿かきの木きの声こえで、はっ、はっと笑わらい出だすと、そのはずみに柿かきの葉はが散ちるのかもしれません。さやさやと、かすかな音おとがしたと思おもうと、赤あかくもみじした柿かきの葉はが二に三さん枚まい、はらりと散ちってきました。まだみんな青あおいのに、その葉ははすっかり色いろづいています。赤あかや、青あおや、黄きや、いろんな色いろがまじっている、美うつくしい柿かきのもみじです。洋一よういちは柿かきの木きを見みあげ、それから赤あかん坊ぼうたちの方ほうへ、からだごとうなずきかけながら、

「柿かきの実じつは、なぜ、あーかい。」

とあやしました。フミエにお乳ちちをもらって、まんぷくの赤あかん坊ぼうはごきげんで、からだじゅうをゆさぶってよろこびます。

「あかいから、あーかい。」

フミエがそれに答こたえると、また、きゃっ、きゃっと笑わらいました。柿かきの葉ははまた二に三さん枚まい、ちらちらと舞まいおりてきました。それはほんとに赤あかん坊ぼうの笑わらいにさそわれて、笑わらっているかのようでした。

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