← Library‹ おるすばん 五

「お父ちちさんの留守るすの間あいだに、何なんぞやって、あっといわそうじゃないか。」

和子かずこが学校がっこうから戻もどると、おじいさんは待まちかまえて相談そうだんを持もちかけました。おじいさんのこの仕事しごとはお父ちちさんの始はじめかけていたようけいでした。まだひなは百ひゃく羽わばかりより入はいっていないのですが、おじいさんはもうすっかり元気げんきで、気持きもちも若わかくなったようです。昔むかしはおじいさんもやはり海員かいいんで、内海ないかい航路こうろの小ちいさい船ふねながら船長せんちょうまで務つとめたのでした。和子かずこが生うまれる前年ぜんねん、おばあさんに亡なくなられたのをきっかけに陸りくへ上のぼって、隠居いんきょ気分きぶんで孫まごの和子わこの子守こもりをしたり、船乗ふなのり時代じだいの地面じめんとのつながりの少すくなかったことを、取とり返かえすかのように山やまや畑はたけを歩あるき廻まわったり、そして今いまではようけいに熱中ねっちゅうしているのです。おじいさんのいでたちは、船乗ふなのり時代じだいの黒くろいラシャの洋服ようふくでした。これを着きて和子かずこの子守こもりもしたのです。

「おじいさん、ハイカラぶって洋服ようふく着きていても、もう腰こしが曲まがりかけとるのに、そんな破やぶけた洋服ようふくきて、あっといわせるもないわ。」

和子かずこが笑わらいだすと、おじいさんはしんけんになり、

「何なんをいう。これでもまだおじいさんは七十ななじゅう四よんじゃないか。人生じんせいは八十はちじゅうからというてな、カ子こがそんなこというてひやかすなら、一ひとつあっといわせてやるからな。それができたらカ子こじゃって喜よろこぶぞ。あの丸尾まるおの畑はたけにミカンを植うえるのじゃ。」

そういっておじいさんは丸尾まるおの畑はたけを杖つえでさし、

「あすこは日当ひあたりがよいでな、ミカンはええぞ。肥料ひりょうにはトリのフンが出でるし、お父ちちさんが戻もどってくるまでにはものにしとかにゃならんわい。何なんぞ一ひとつ、お父ちちさんの喜よろこぶものもやっとかんとな。そしてあっといわせようや。」

おじいさんの抱負ほうふを聞きいているうちに、和子かずこはふっと、あることに思おもいつきました。それは、モモ畑ばたけを作つくることでした。お母ははさんが亡なくなって以来いらい、和子かずこは何なんかにつけて母ははを記念きねんするものを持もちたかったのです。一いちばん心こころに浮うかんだのは、モモの木きを植うえることでした。それはもも子こといふお母ははさんの名なからきた思おもいつきでしたが、まだ実現じつげんしないでいたのです。おじいさんがミカン畑はたけを作つくって、あっといわせるなら、和子わこもモモを植うえて、お父ちちさんをあっといわせたいと考かんがえました。

「おじいさん、ミカン畑はたけ賛成さんせいじゃ、そのかはりモモの木きも植うえてよ。」

「ほほう、桃ももの木きか、そりゃ面白おもしろかろうな。」

おじいさんが一いち度どに賛成さんせいしてくれたので、和子かずこは涙なみだがでるほど嬉うれしくなりました。モモの花はなとミカンの青あおい葉はの色いろが、くっきりとした配色はいしょくで丸尾まるおの畑はたけをつつんでいるさまが和子わこの眼めの前まえに現あらわれました。モモの花はなはお母ははさんのやさしさであり、ミカンの青あおさはお父ちちさんの強つよさのような気きがするのでした。すると船ふねの甲板かんぱんから、望遠ぼうえん鏡きょうをのぞいているお父ちちさんの姿すがたがありありとそうぞうされました。その望遠ぼうえん鏡きょうは、丸尾まるおの畑はたけに向むかって、向むけられているのでした。

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