← Library‹ 虞美人草 十二

貧乏びんぼうを十じゅう七なな字じに標榜ひょうぼうして、馬うまの糞ふん、馬うまの尿いばりを得意とくい気きに咏えいずる発句ほっくと云いうがある。芭蕉ばしょうが古池ふるいけに蛙かわずを飛とび込こますと、蕪村ぶそんが傘からかさを担かついで紅葉もみじを見みに行いく。明治めいじになっては子規しきと云いう男おとこが脊髄病せきずいびょうを煩わずらって糸瓜へちまの水みずを取とった。貧ひんに誇ほこる風流ふうりゅうは今日こんにちに至いたっても尽つきぬ。ただ小野おのさんはこれを卑いやしとする。

仙人せんにんは流霞りゅうかを餐さんし、朝沆ちょうこうを吸すう。詩人しじんの食物しょくもつは想像そうぞうである。美くしき想像そうぞうに耽ふけるためには余裕よゆうがなくてはならぬ。美くしき想像そうぞうを実現じつげんするためには財産ざいさんがなくてはならぬ。二十にじゅう世紀せいきの詩趣ししゅと元禄げんろくの風流ふうりゅうとは別物べつものである。

文明ぶんめいの詩しは金剛石ダイヤモンドより成なる。紫むらさきより成なる。薔薇ばらの香かと、葡萄ぶどうの酒さけと、琥珀こはくの盃さかずきより成なる。冬ふゆは斑入ふいりの大理だいり石せきを四角しかくに組くんで、漆うるしに似にたる石炭せきたんに絹足袋きぬたびの底そこを煖あたためるところにある。夏なつは氷盤ひょうばんに莓いちごを盛もって、旨あまき血ちを、クリームの白しろきなかに溶とかし込こむところにある。あるときは熱帯ねったいの奇蘭きらんを見みよがしに匂におわする温室おんしつにある。野路のじや空そら、月つきのなかなる花野はなのを惜気おしげも無なく織おり込こんだ綴つづれの丸帯まるおびにある。唐錦からにしき小袖こそで振袖ふりそでの擦すれ違ちがうところにある。――文明ぶんめいの詩しは金かねにある。小野おのさんは詩人しじんの本分ほんぶんを完まっとうするために金かねを得えねばならぬ。

詩しを作つくるより田たを作つくれと云いう。詩人しじんにして産さんを成なしたものは古今ここんを傾かたむけて幾いく人にんもない。ことに文明ぶんめいの民たみは詩人しじんの歌うたよりも詩人しじんの行おこないを愛あいする。彼かれらは日ひごと夜よるごとに文明ぶんめいの詩しを実現じつげんして、花はなに月つきに富貴ふうきの実じつ生活せいかつを詩し化かしつつある。小野おのさんの詩しは一いち文ぶんにもならぬ。

詩人しじんほど金かねにならん商買しょうばいはない。同時どうじに詩人しじんほど金きんのいる商しょう買かいもない。文明ぶんめいの詩人しじんは是非ぜひ共とも他ひとの金かねで詩しを作つくり、他たの金かねで美的びてき生活せいかつを送おくらねばならぬ事こととなる。小野おのさんがわが本領ほんりょうを解かいする藤尾ふじおに頼たよりたくなるのは自然しぜんの数すうである。あすこには中なか以上いじょうの恒産こうさんがあると聞きく。腹はら違いの妹いもうとを片かたづけるにただの箪笥たんすと長持ながもちで承知しょうちするような母親ははおやではない。ことに欽吾きんごは多病たびょうである。実じつの娘むすめに婿むこを取とって、かかる気きがないとも限かぎらぬ。折々おりおりに、解といて見みろと、わざとらしく結むすぶ辻占つじうらがあたればいつも吉きちである。急せいては事ことを仕す損そんずる。小野おのさんはおとなしくして事件じけんの発展はってんを、自おのずから開ひらくべき優曇華うどんげの未来みらいに待まち暮くらしていた。小野おのさんは進すすんで仕掛しかけるような相撲すもうをとらぬ、またとれぬ男おとこである。

天地てんちはこの有望ゆうぼうの青年せいねんに対たいして悠久ゆうきゅうであった。春はるは九十きゅうじゅう日にちの東風とうふうを限かぎりなく得意とくいの額ひたいに吹ふくように思おもわれた。小野おのさんは優やさしい、物ものに逆さからわぬ、気きの長ながい男おとこであった。――ところへ過去かこが押おし寄よせて来きた。二十にじゅう七しち年ねんの長ながい夢ゆめと背そびらを向むけて、西にしの国くにへさらりと流ながしたはずの昔むかしから、一いち滴てきの墨汁ぼくじゅうにも較くらぶべきほどの暗くらい小ちさい点てんが、明あきらかなる都とまで押おし寄よせて来きた。押おされるものは出でる気きがなくても前まえへのめりたがる。おとなしく時機じきを待まつ覚悟かくごを気長きながにきめた詩人しじんも未来みらいを急いそがねばならぬ。黒くろい点てんは頭あたまの上うえにぴたりと留とどまっている。仰あおぐとぐるぐる旋転せんてんしそうに見みえる。ぱっと散ちれば白雨ゆうだちが一いち度どにくる。小野おのさんは首くびを縮ちぢめて馳かけ出だしたくなる。

四五しご日にちは孤堂こどう先生せんせいの世話せわやら用事ようじやらで甲野こうのの方ほうへ足あしを向むける事ことも出来できなかった。昨夜ゆうべは出来できぬ工夫くふうを無理むりにして、旧師きゅうしへの義理ぎり立たてに、先生せんせいと小夜子さよこを博覧はくらん会かいへ案内あんないした。恩おんは昔むかし受うけても今いま受うけても恩おんである。恩おんを忘わすれるような不ふ人情にんじょうな詩人しじんではない。一飯漂母いっぱんひょうぼを徳とくとすと云いう故事こじを孤こ堂どう先生せんせいから教おそわった事ことさえある。先生せんせいのためならばこれから先さきどこまでも力ちからになるつもりでいる。人ひとの難儀なんぎを救すくうのは美くしい詩人しじんの義務ぎむである。この義務ぎむを果はたして、濃こまやかな人情にんじょうを、得意とくいの現在げんざいに、わが歴史れきしの一部いちぶとして、思おもう出での詩し料りょうに残のこすのは温厚おんこうなる小野おのさんにもっとも恰好かっこうな優やさしい振舞ふるまいである。ただ何事なにごとも金かねがなくては出来できぬ。金きんは藤尾ふじおと結婚けっこんせねば出来できぬ。結婚けっこんが一日ついたち早はやく成立せいりつすれば、一いち日にち早はやく孤こ堂どう先生せんせいの世話せわが思おもうように出来できる。――小野おのさんは机つくえの前まえでこう云いう論理ろんりを発明はつめいした。

小夜子さよこを捨すてるためではない、孤こ堂どう先生せんせいの世話せわが出来できるために、早はやく藤尾ふじおと結婚けっこんしてしまわなければならぬ。――小野おのさんは自分じぶんの考かんがえに間ま違いはないはずだと思おもう。人ひとが聞きけば立派りっぱに弁解べんかいが立たつと思おもう。小野おのさんは頭脳ずのうの明暸めいりょうな男おとこである。

ここまで考かんがえた小野おのさんはやがて机つくえの上うえに置おいてある、茶ちゃの表紙ひょうしに豊ゆたかな金きん文字もじを入いれた厚あつい書物しょもつを開あけた。中なかからヌーボー式しきに青あおい柳やなぎを染そめて赤瓦あかがわらの屋根やねが少すこし見みえる栞しおりがあらわれる。小野おのさんは左ひだりの手てに栞しおりを滑すべらして、細こまかい活字かつじを金縁きんぶちの眼鏡めがねの奥おくから読よみ始はじめる。五分ごふんばかりは無事ぶじであったが、しばらくすると、いつの間まにやら、黒くろい眼めは頁ページを離はなれて、筋違すじかいに日脚ひあしの伸のびた障子しょうじの桟さんを見詰みつめている。――四よん五いつ日か藤尾ふじおに逢あわぬ、きっと何なんとか思おもっているに違いない。ただの時ときなら四よん五いつ日かが十日とおかでもさして心配しんぱいにはならぬ。過去かこに追おいつかれた今いまの身みには梳くしけずる間まも千金せんきんである。逢あえば逢あうたびに願がんの的まとは近ちかくなる。逢あわねば元もとの君きみと我われにたぐり寄すべき恋こいの綱つなの寸分すんぶんだも縮ちぢまる縁えにしはない。のみならず、魔まは節穴ふしあなの隙すきにも射さす。逢あわぬ半日はんにちに日ひが落おちぬとも限かぎらぬ、籠こもる一夜ひとよに月つきは入いる。等閑なおざりのこの四五しご日にちに藤尾ふじおの眉まゆにいかな稲妻いなずまが差さしているかは夢ゆめ測はかりがたい。論文ろんぶんを書かくための勉強べんきょうは無論むろん大切たいせつである。しかし藤尾ふじおは論文ろんぶんよりも大切たいせつである。小野おのさんはぱたりと書物しょもつを伏ふせた。

芭蕉布ばしょうふの襖ふすまを開あけると、押入おしいれの上段じょうだんは夜具やぐ、下したには柳行李やなぎこうりが見みえる。小野おのさんは行李こうりの上うえに畳たたんである背広せびろを出だして手早てばやく着換きかえ終おわる。帽子ぼうしは壁かべに主ぬしを待まつ。がらりと障子しょうじを明あけて、赤あかい鼻緒はなおの上草履うわぞうりに、カシミヤの靴足袋くつたびを無理むりに突つき込こんだ時とき、下女げじょが来くる。

「おや御お出で掛がかり。少すこし御お待まちなさいよ」

「何なんだ」と草履ぞうりから顔かおを上あげる。下女げじょは笑わらっている。

「何なんか用ようかい」

「ええ」とやっぱり笑わらっている。

「何なんだ。冗談じょうだんか」と行いこうとすると、卸おろし立たての草履ぞうりが片方かたかた足あしを離はなれて、拭ふき込こんだ廊下ろうかを洋灯ランプ部屋へやの方ほうへ滑すべって行いく。

「ホホホホ余あんまり周章あわてるもんだから。御ご客きゃく様さまですよ」

「誰だれだい」

「あら待まってた癖くせに空へっとぼけて……」

「待まってた? 何なんを」

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