← Library‹ 蜘蛛の糸 三

御釈迦様おしゃかさまは極楽ごくらくの蓮池はすいけのふちに立たって、この一部いちぶ始終しじゅうをじっと見みていらっしゃいましたが、やがて犍陀多かんだたが血ちの池いけの底そこへ石いしのように沈しずんでしまいますと、悲かなしそうな御お顔かおをなさりながら、またぶらぶら御お歩あるきになり始はじめました。自分じぶんばかり地獄じごくからぬけ出だそうとする、犍陀多たの無む慈悲じひな心こころが、そうしてその心こころ相当そうとうな罰ばつをうけて、元もとの地獄じごくへ落おちてしまったのが、御ご釈迦しゃか様さまの御お目めから見みると、浅間あさましく思召おぼしめしされたのでございましょう。

しかし極楽ごくらくの蓮池はすいけの蓮れんは、少すこしもそんな事ことには頓着とんじゃく致いたしません。その玉たまのような白しろい花はなは、御ご釈迦しゃか様さまの御足おみあしのまわりに、ゆらゆら萼うてなを動うごかして、そのまん中なかにある金色きんいろの蕊ずいからは、何なんとも云いえない好よい匂においが、絶間たえまなくあたりへ溢あふれて居おります。極楽ごくらくももう午ひるに近ちかくなったのでございましょう。

(大正たいしょう七なな年ねん四し月がつ十じゅう六ろく日にち)

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