いつもは少し寂しい感じがする商店街ですが、今日はずいぶんとにぎやかです。
アーケードはいろいろな飾りで飾られて、いくつかのお店の前には笹が立てられています。笹の枝には赤や黄色、青などいろいろな色の短冊が糸でつるされています。そう、今日は7月7日、七夕の日です。星のお祭りです。一年に一度、天の川の両側に離された織姫という女性と彦星という男性が会える日です。私たちは、この二人の幸せな再会を祝いながら、自分たちの叶えたい願い事を紙に書いて、笹の枝につるします。この商店街では、訪れた買い物客が自由に願い事を書いて、笹の枝につるすことができるように、テーブルを用意して、その上に短冊とペンが置かれています。今、そのテーブルの前に一人の男の人が立っています。会社帰りのサラリーマンのようです。
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珍しく仕事が早く終わったタカシは、自宅近くの商店街を歩いていた。
うちに帰って料理するのはめんどくさい。ここで軽く晩御飯でも食べていこうか。
そんなことを考えながら、ふと周りを見回したとき、初めて今日は七夕かと気がついた。
「七夕かあ、なつかしいなあ。そういえば、最後に七夕の飾り付けを見たのはいつだろう。ずいぶん前だったかもしれない。少なくとも、社会人になってからは一回も見た記憶がないな」
タカシが社会人になってもう3年がたつ。1年目は仕事に慣れるのに必死。2年目は仕事の量が増えて、3年目になると後輩の面倒まで見ることになった。この目まぐるしい3年の間、タカシが定時の午後6時までに仕事を終えた日は一日もなかった。
「俺が最後にした願い事ってなんだっただろう。思い出せないな。バスケットボールがうまくなりますように、だったかな。それとも、大学に合格できますように、だったかな。俺がしたいこと、なんだったっけ」
目の前にはテーブル。テーブルの前には短冊とペン。願い事を書いて、笹の枝につるせってことか。おもしろそうだな。俺も書いてみよう。ええと、何を書こうかな。願い事、願い事。俺の今の願い事。俺が今したいこと、叶えたいこと。手に持ったペンをくるくるとまわしながら、タカシは考える。
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その会社帰りのサラリーマンはテーブルの前でずいぶん考えこんでいるようです。願い事を書くのは、そんなに難しいことなのでしょうか。
今日の商店街はいつもより人が多く、にぎやかです。通りには多くの人が歩いています。その中の一人が、テーブルの前で立ち止まりました。右手に買い物袋を持って、左の肩にはショルダーバッグを下げています。スーツを着た、会社帰りの女の人です。
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今日は絶対にビールを飲むぞ、とカナコは心の中で強く思った。だって、この一週間、わたし頑張ったもん。同僚が二人も病気で休んじゃったから、もうずっと残業。死ぬかと思ったわ。でも、それも今日で終わり。同僚も今日から出勤してくれたから、明日からは普通に働ける。やっと残業から解放されるんだ、やった!
カナコは少しウキウキした気分でビールとつまみになりそうな食べ物をスーパーで買った。いつものように商店街を抜けて、住んでいるアパートに帰る途中だった。気が付くと七夕の飾りつけ。スマホの日付を見てはじめて、今日が7月7日だったことに気がついた。
「そっかー、もう7月なのね。時間がたつのははやいなあ。桜が散ったかと思ったらもう7月なんだもん。でも、七夕って、なんか懐かしい。小さいころ、お父さんとお母さんと一緒に七夕のお祭りに行ったなー。あのときは浴衣を着せてもらって、外に出るだけで、なんだかうれしかったな。両親と手をつないで帰った夜道。いつもと同じ道なのにぜんぜん違うところに見えた。ちょっと怖かったけど、お父さんとお母さんが手をつないでくれたら、なんだか安心できたな」
七夕の飾りを見上げながら、カナコは懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
「私が最後にした願い事ってなんだっただろう。思い出せないな。習字がうまくなりますように、だったかな。それとも、外国に行けますように、だったかな。私がしたいこと、なんだったっけ」
目の前にはテーブル。テーブルの前には短冊とペン。願い事を書いて、笹の枝につるせってことか。おもしろそうだな。私も書いてみよう。ええと、何を書こうかな。願い事、願い事。私の今の願い事。私が今したいこと、叶えたいこと。手に持ったペンをくるくるとまわしながら、カナコは考える。
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テーブルの両端にそれぞれ、男の人と女の人が、ペンを片手に持って悩んでいます。願い事を書くのはそんなに難しいことなのでしょうか。
男の人が女の人をチラッと見ました。女の人も男の人をチラッと見ました。目が合った二人は、気まずそうに目を伏せます。最初に声をかけたのは女の人でした。
「なんか、この年になると、願い事って簡単に出てきませんね。」
男の人はちょっと戸惑いながらもあわてて答えます。
「あ、そうですね。俺もずっと考えているんですけど、なかなか思いつかなくて。」
「私もそうです! 小さいころはもっといろんな願い事が簡単に出てきたと思うんですけど。これって、年のせいかな?」
女の人は軽く笑いました。男の人も笑いました。
「なんか、七夕って懐かしいですよね。よく祭りに行ったな、子どものころ」
「そうそう、私は毎年お母さんに浴衣を着せてもらったんです。かわいかったんですよ、そのころは」
「いや、今だって・・・」
なぜだか、男の人の顔が赤くなりました。女の人も恥ずかしそうです。
その日、二人がどんな願い事を書いたのか、わかりません。でも、その時の二人が全然思いつかなかった願い事は、どうやらその後叶ったようです。