あるところに、古くて大きな家があった。10年くらい前まで、その家には、大金持ちの家族が住んでいた。でも、ある日、泥棒がその家に入り、その家のお金や宝石をすべて盗んだうえに、家族を全員殺してしまったらしい。本当か嘘かは、わからない。でも、ぼくのおじいちゃんが、そう言っていた。おじいちゃんは、低くてこわい声でゆっくりその話をしたから、ぼくはほとんど泣きそうになってしまったけど、なんとかがまんした。
今、その家には誰も住んでいない。家の中は昼でも真っ暗で、窓ガラスは、ところどころ割れている。庭は草がぼうぼうで、ときどき、黒い猫やカラスが不気味な声で鳴いている。ぼくたち小学生は、その家を「悪魔の家」と呼んでいる。
夏休みのある日、タケルがぼくに言った。
「聞いた? アキが言ってたんだけど、昨日の夜、『悪魔の家』から叫び声が聞こえたんだって。」
タケルもアキも、同じクラスの友だちだ。
ぼくは、そんなの全然怖くないというふりをしながら、こう言った。
「へえ。ぼくもあの家で、叫び声を聞いたことあるよ。」
これは嘘だ。ぼくは、おじいちゃんの話を聞いてからは、絶対に「悪魔の家」に近づかないようにしていた。
タケルは
「今日の夜、ふたりであの家に行ってみようぜ。」
と言った。
ぼくは、ついつい、
「いいね、行こう、行こう。」
と言ってしまったが、心の中では(やばい、どうしよう)と思っていた。
夕方、タケルがぼくの家に来た。ぼくは、お父さんとお母さんに
「みんなと公園で花火してくる。タケルのお父さんもいっしょにいるから大丈夫。」
と言って、家を出た。もちろん、これも嘘だ。
「悪魔の家」へ向かう途中、タケルはずっと興奮していた。
「悪魔って、マジでいるのかな? マジでいたら、どうする?」
ぼくは、
「いるわけないじゃん。」
と言いながら笑った。笑ったつもりだったけど、心の中では(やばい、やばい、どうしよう、こわい)と思っていたから、うまく笑えなかったかもしれない。
タケルは早口で、いろいろしゃべっていた。ぼくは、ほとんど聞いていなかった。そして、気づいたら、ぼくたちは「悪魔の家」の入り口にいた。あたりはすっかり暗くなっていた。
タケルが「悪魔の家」のドアを引く。ぎいーという不気味な音が鳴って、ドアが静かに開く。家の中は真っ暗だ。がさがさっと音がして、何か小さな物が動く。ねずみか、ねこか。
タケルが
「うわっ!」
と叫ぶ。
ぼくも
「なに!?ãなに!?」
と叫んで、タケルの服をつかむ。
「あー、なんだ、くもの巣か。」
タケルが言う。暗くてよく見えないが、どうやら、家の中はくもの巣だらけのようだ。
「うわっ!」
今度はぼくが叫ぶ。タケルも
「なに!?ãなに!?」
と叫んで、ぼくの服をつかむ。足もとに何かある。何かを踏んでしまった。窓から月の光が入ってきて、少しずつ周りが見えるようになる。ぼくが踏んでしまった物は人形だ。古い人形の目が、ぼくを見ている。
よく見ると、その家の中には、不気味な古い人形がたくさん並んでいる。しかも、月の光で、人形たちの目が光っている。
タケルが言った。
「な、なんか、こいつら、おれらを見てない? まさか、生きてる?」
ぼくは、怖くて怖くて
「もう帰ろうよ。」
と言った。そのとき、タケルが言った。
「悪魔の人形!」
ぼくは、その場から逃げ出した。後ろを見ないで、とにかく自分の家まで必死に走った。家の前で止まると、後ろからタケルが追いかけてきた。ぼくもタケルも汗だくになっていた。
「どうしたんだよ。急に走り出すから、びっくりしたじゃん。」
タケルが言った。ぼくは、たくさん走ったのと、まだ怖いのとで、うまく返事をすることができなかった。タケルは怖くなかったのかな。
タケルは興奮して話し続けた。
「でも、ちょっと怖かったなあ。古い人形が全部、こっち見てる感じがして。まあ、でも、1つだけ、かわいい人形があって、なんだこれ? って感じだったよな。なんか、ウケた。」
かわいい人形? 何のことだろう。
タケルが続ける。
「でも、おれが笑いながら『くまの人形!』って言ったとたんに、おまえ、逃げちゃったじゃん。どうしたの?」
ぼくは頭の中で考えた。悪魔の人形……あくまの人形……。あ!
ぼくは
「いや、別に……。そろそろ、家に帰らないと、お母さんに怒られると思って。だから急いで帰っただけ。」
と言った。もちろん、これも嘘だ。
夏休みが終わって、小学校がはじまった。タケルとぼくは「悪魔の家」に行ったことを、クラスのみんなに自慢した。
ぼくは言った。
「あの家には、古い人形がいっぱい並んでたよ。」
タケルが続けて言った。
「で、人形の目が全部光って、おれらを見てた。」
「めっちゃ怖かったよな。」
「そうそう。しかもその人形が、少しずつ動いて……。」
ぼくたち二人の話は、途中から嘘になった。どこからが嘘なのかは、二人だけの秘密だ。
そして、ぼくが「くまの人形」で逃げ出したことは、ぼく一人だけの秘密だ。