馬車ばしゃは何時いつになったら出でるのであろう。宿場しゅくばに集つどった人々ひとびとの汗あせは乾かわいた。しかし、馬車ばしゃは何なん時じになったら出でるのであろう。これは誰だれも知しらない。だが、もし知しり得えることの出来できるものがあったとすれば、それは饅頭まんじゅう屋やの竈かまどの中なかで、漸ようやく脹ふくれ始はじめた饅頭まんじゅうであった。何なぜかといえば、この宿場しゅくばの猫背ねこぜの馭者ぎょしゃは、まだその日ひ、誰だれも手てをつけない蒸むし立たての饅頭まんじゅうに初手しょてをつけるということが、それほどの潔癖けっぺきから長ながい年月としつきの間あいだ、独身どくしんで暮くらさねばならなかったという彼かれのその日ひその日ひの、最高さいこうの慰なぐさめとなっていたのであったから。