← Library‹ 学問のすすめ 十六編 心事と働きと相当すべきの論

議論ぎろんと実業じつぎょうと両ふたつながらそのよろしきを得えざるべからずとのことは、あまねく人ひとの言いうところなれども、この言いうところなるものもまたただ議論ぎろんとなるのみにして、これを実地じっちに行おこなう者ものはなはだ少すくなし。そもそも議論ぎろんとは、心こころに思おもうところを言げんに発はっし、書しょに記しるすものなり。あるいはいまだ言げんと書しょに発はっせざれば、これをその人ひとの心事しんじと言いい、またはその人ひとの志こころざしと言ゆう。ゆえに議論ぎろんは外物がいぶつに縁えんなきものと言ゆうも可かなり。畢竟ひっきょう内うちに存そんするものなり、自由じゆうなるものなり、制限せいげんなきものなり。実業じつぎょうとは心こころに思おもうところを外そとに顕あらわし、外物がいぶつに接せっして処置しょちを施ほどこすことなり。ゆえに実業じつぎょうには必かならず制限せいげんなきを得えず、外物がいぶつに制せいせられて自由じゆうなるを得えざるものなり、古人こじんがこの両様りょうようを区別くべつするには、あるいは言げんと行ぎょうと言いい、あるいは志こころざしと功こうと言いえり。また今日こんにち俗間ぞっかんにて言いうところの説せつと働はたらきなるものも、すなわちこれなり。

言行げんこう齟齬そごするとは、議論ぎろんに言いうところと実地じっちに行おこなうところと一様いちようならずということなり。「功こうに食はましめて志こころざしに食はましめず」とは、「実地じっちの仕事しごと次第しだいによりてこそ物ものをも与あたうべけれ、その心こころになんと思おもうとも形かたちもなき人ひとの心事しんじをば賞しょうすべからず」との義ぎなり。また俗間ぞっかんに、「某なにがしの説せつはともかくも、元来がんらい働はたらきのなき人物じんぶつなり」とてこれを軽蔑けいべつすることあり。いずれも議論ぎろんと実業じつぎょうと相当そうとうせざるを咎とがめたるものならん。

さればこの議論ぎろんと実業じつぎょうとは寸分すんぶんも相あい齟齬そごせざるよう正ただしく平均へいきんせざるべからざるものなり。今いま、初学しょがくの人ひとの了解りょうかいに便びんならしめんがため、人ひとの心事しんじと働はたらきという二に語ごを用もちいて、その互たがいに相あい助たすけて平均へいきんをなし、もって人間にんげんの益えきを致いたす所以ゆえんと、この平均へいきんを失うしなうよりして生しょうずるところの弊害へいがいを論ろんずること左ひだりのごとし。

第だい一いち 人ひとの働はたらきには、大小だいしょう軽重けいちょうの別べつあり。芝居しばいも人ひとの働はたらきなり、学問がくもんも人ひとの働はたらきなり、人力じんりき車しゃを挽ひくも、蒸気じょうき船せんを運用うんようするも、鍬くわをとりて農業のうぎょうするも、筆ふでを揮ふるいて著述ちょじゅつするも、等ひとしく人ひとの働はたらきなれども、役者やくしゃたるを好このまずして学者がくしゃたるを勤つとめ、車くるま挽ひきの仲間なかまに入はいらずして航海こうかいの術じゅつを学まなび、百姓ひゃくしょうの仕事しごとを不ふ満足まんぞくなりとして著書ちょしょの業ごうに従事じゅうじするがごときは、働はたらきの大小だいしょう軽重けいちょうを弁別べんべつし、軽けい小しょうを捨すてて重大じゅうだいに従したがうものなり。人間にんげんの美事びじと言ゆうべし。然しかりしこうして、そのこれを弁別べんべつせしむるものはなんぞや。本人ほんにんの心こころなり、また志こころざしなり。かかる心こころ志しある人ひとを名なづけて心事しんじ高尚こうしょうなる人物じんぶつと言ゆう。ゆえにいわく、人ひとの心事しんじは高尚こうしょうならざるべからず、心事しんじ高尚こうしょうならざれば働はたらきもまた高尚こうしょうなるを得えざるなり。

第だい二に 人ひとの働はたらきはその難易なんいにかかわらずして、用ようをなすの大だいなるものと小こなるものとあり。囲碁いご・将棋しょうぎ等とうの技芸ぎげいも易やすきことにあらず、これらの技芸ぎげいを研究けんきゅうして工夫くふうを運めぐらすの難かたきは、天文てんもん・地理ちり・器械きかい・数学すうがく等とうの諸件しょけんに異ことならずといえども、その用ようをなすの大小だいしょうに至いたりてはもとより同日どうじつの論ろんにあらず。今いまこの有用ゆうよう無用むようを明察めいさつして有用ゆうようの方ほうにつかしむるものは、すなわち心事しんじの明あきらかなる人物じんぶつなり。ゆえにいわく、心事しんじ明あきらかならざれば人ひとの働はたらきをしていたずらに労ろうして功こうなからしむることあり。

第だい三さん 人ひとの働はたらきには規則きそくなかるべからず。その働はたらきをなすに場所ばしょと時節じせつとを察さっせざるべからず。譬たとえば道徳どうとくの説法せっぽうはありがたきものなれども、宴えん楽がくの最中さいちゅうに突然とつぜんとこれを唱うたうればいたずらに人ひとの嘲あざけりを取とるに足たるのみ。書生しょせいの激論げきろんも時ときには面白おもしろからざるにあらずといえども、親戚しんせき児女子じじょし団だん座ざの席せきにこれを聞きけば発狂はっきょう人にんと言いわざるを得えず。この場所ばしょ柄がらと時節じせつ柄がらとを弁別べんべつして規則きそくあらしむるはすなわち心事しんじの明あきらかなるものなり。人ひとの働はたらきのみ活発かっぱつにして明智めいちなきは、蒸気じょうきに機関きかんなきがごとく、船ふねに楫かじなきがごとし。ただに益えきをなさざるのみならずかえって害がいを致いたすこと多おうし。

第だい四よん 前まえの条々じょうじょうは人ひとに働はたらきありて心事しんじの不ふ行届ゆきとどきなる弊害へいがいなれども、今いまこれに反はんし、心事しんじのみ高尚こうしょう遠大えんだいにして事実じじつの働はたらきなきも、またはなはだ不ふ都合つごうなるものなり。心事しんじ高大こうだいにして働はたらきに乏とぼししき者しゃは、常つねに不平ふへいをいだかざるを得えず。世間せけんの有様ありさまを通覧つうらんして仕事しごとを求もとむるに当あたり、己おのが手てに叶かなうことは悉皆しっかい己おのが心事しんじより以下いかのことなればこれに従事じゅうじするを好このまず、さりとて己おのが心事しんじを逞たくましゅうせんとするには実じつの働はたらきに乏とぼしくしてことに当あたるべからず、ここにおいてかその罪つみを己おのれに責せめずして他ほかを咎とがめ、あるいは「時じに遇あわず」と言いい、あるいは「天命てんめい至いたらず」と言いい、あたかも天地てんちの間あいだになすべき仕事しごとなきもののごとくに思おもい込こみ、ただ退しりぞきて私ひそかに煩悶はんもんするのみ。口くちに怨言えんげんを発はっし、面めんに不平ふへいを顕あらわし、身外しんがいみな敵てきのごとく、天下てんかみな不ふ親切しんせつなるがごとし。その心中しんじゅうを形容けいようすれば、かつて人ひとに金かねを貸かさずして返金へんきんの遅おそきを怨うらむものと言ゆうも可かなり。

儒者じゅしゃは己おのれを知しる者ものなきを憂うれい、書生しょせいは己おのれを助たすくる者ものなきを憂うれい、役人やくにんは立身りっしんの手てがかりなきを憂うれい、町人ちょうにんは商売しょうばいの繁盛はんじょうせざるを憂うれい、廃藩はいはんの士族しぞくは活計かっけいの路みちなきを憂うれい、非役ひやくの華族かぞくは己おのれを敬けいする者ものなきを憂うれい、朝あさ々暮くれ々憂うれいありて楽らくあることなし。今日こんにち世間せけんにこの類るいの不平ふへいはなはだ多おうきを覚さとしゆ。その証あかしを得えんと欲ほっせば、日常にちじょう交際こうさいの間あいだによく人ひとの顔色かおいろを窺うかがい見みて知しるべし。言語げんご・容貌ようぼう、活発かっぱつにして胸中きょうちゅうの快楽かいらく外そとに溢あふるるがごとき者ものは、世上せじょうにその人ひとはなはだまれなるべし。余輩よはいの実験じっけんにては、常つねに人ひとの憂うれうるを見みて悦よろこぶを見みず、その面めんを借用しゃくようしたらば不幸ふこうの見舞みまいなどに至極しごくよろしからんと思おもわるるものこそ多おおけれ、気きの毒どく千万せんばんなる有様ありさまならずや。もしこれらの人ひとをしておのおのその働はたらきの分限ぶんげんに従ついて勤きんむることあらしめなば、おのずから活発かっぱつ為事いじの楽地らくちを得えて、しだいに事業じぎょうの進歩しんぽをなし、ついには心事しんじと働はたらきと相あい平均へいきんするの場合ばあいにも至いたるべきはずなるに、かつてここに心こころづかず、働はたらきの位くらいは一いちにおり、心事しんじの位くらいは十じゅうにとどまり、一いちにいて十じゅうを望のぞみ、十じゅうにいて百ひゃくを求もとめ、これを求もとめて得えずしていたずらに憂うれいを買かう者ものと言ゆうべし。これを譬たとえば石いしの地蔵じぞうに飛脚ひきゃくの魂たましいを入いれたるがごとく、中風ちゅうぶうの患者かんじゃに神経しんけいの穎敏えいびんを増ましたるがごとし。その不平ふへい不ふ如意にょいは推おして知しるべきなり。

また心事しんじ高尚こうしょうにして働はたらきに乏とぼししき者しゃは、人ひとに厭いとわれて孤立こりつすることあり。己おのが働はたらきと他人たにんの働はたらきとを比較ひかくすればもとより及およぶべきにあらざれども、己おのが心事しんじをもって他ほかの働はたらきを見みれば、これに満足まんぞくすべからずして、おのずから私ひそかに軽蔑けいべつの念ねんなきを得えず。みだりに人ひとを軽蔑けいべつする者ものは、必かならずまた人ひとの軽蔑けいべつを免まぬかるべからず。互たがいに相あい不平ふへいをいだき、互たがいに相あい蔑視べっしして、ついには変人へんじん奇き物ぶつの嘲あざけりを取とり、世間せけんに歯よわいすべからざるに至いたるものなり。今日きょう世よの有様ありさまを見みるにあるいは傲慢ごうまん不遜ふそんにして人ひとに厭いとわるる者ものあり、あるいは人ひとに勝かつことを欲ほっして人ひとに厭いとわるる者ものあり、あるいは人ひとに多たを求もとめて人ひとに厭いとわるる者ものあり、あるいは人ひとを誹謗ひぼうして人ひとに厭いとわるる者ものあり。いずれもみな人ひとに対たいして比較ひかくするところを失うしない、己おのが高尚こうしょうなる心事しんじをもって標的ひょうてきとなし、これに照てらすに他ほかの働はたらきをもってして、その際さいに恍惚こうこつたる想像そうぞうを造つくり、もって人ひとに厭いとわるるの端はしを開ひらき、ついにみずから人ひとを避さけて独歩どっぽ孤立こりつの苦界くがいに陥おちいる者ものなり。試こころみに告つぐ、後進こうしんの少しょう年輩ねんぱい、人ひとの仕事しごとを見みて心こころに不ふ満足まんぞくなりと思おもわば、みずからその事ことを執とりてこれを試みむべし。人ひとの商売しょうばいを見みて拙つたななりと思おもわば、みずからその商売しょうばいに当あたりてこれを試みむべし。隣家りんかの世帯せたいを見みて不ふ取締とりしまりと思おもわば、みずからこれを自家じかに試みむべし。人ひとの著書ちょしょを評ひょうせんと欲ほっせば、みずから筆ふでを執とりて書しょを著あらわすべし。学者がくしゃを評ひょうせんと欲ほっせば学者がくしゃたるべし。医者いしゃを評ひょうせんと欲ほっせば医者いしゃたるべし。至大しだいのことより至いたり細さいのことに至いたるまで、他人たにんの働はたらきに喙くちばしを容いれんと欲ほっせば、試こころみに身みをその働はたらきの地位ちいに置おきて躬みみずから顧かえりみざるべからず。あるいは職業しょくぎょうのまったく相異そういなるものあらば、よくその働はたらきの難易なんい軽重けいちょうを計はかり、異類いるいの仕事しごとにてもただ働ばたらきと働はたらきとをもって自他じたの比較ひかくをなさば大だいなる謬あやまりなかるべし。

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