本論につき二、三の問答あり、よってこれを巻末に記す。
その一にいわく、「事をなすは有力なる政府によるの便利に若かず」と。答えていわく、「文明を進むるはひとり政府の力のみに依頼すべからず、その弁論すでに本文に明らかなり。かつ政府にて事をなすはすでに数年の実験あれどもいまだその奏功を見ず、あるいは私の事もはたしてその功を期し難しといえども、議論上において明らかに見込みあればこれを試みざるべからず。いまだ試みずしてまずその成否を疑う者はこれを勇者と言うべからず」
二にいわく、「政府、人に乏し、有力の人物、政府を離れなば官務に差しつかえあるべし」と。答えていわく、けっして然らず、今の政府は官員の多きを患うるなり。事を簡にして官員を減ずれば、その事務はよく整理してその人員は世間の用をなすべし、一挙して両得なり。ことさらに政府の事務を多端にし、有用の人を取りて無用の事をなさしむるは策の拙なるものと言うべし。かつこの人物政府を離るるも去りて外国に行くにあらず、日本に居て日本の事をなすのみ、なんぞ患うるに足らん」
三にいわく、「政府のほかに私立の人物、集まることあらば、おのずから政府のごとくなりて、本政府の権を落とすに至らん」と。答えていわく、「この説は小人の説なり。私立の人も在官の人も等しく日本人なり。ただ地位を異にして事をなすのみ。その実は相助けてともに全国の便利を謀るものなれば、敵にあらず真の益友なり。かつこの私立の人物なる者、法を犯すことあらばこれを罰して可なり、毫も恐るるに足らず」
四にいわく、「私立せんと欲する人物あるも、官途を離るれば他に活計の道なし」と。答えていわく、「この言は士君子の言うべきにあらず。すでにみずから学者と唱えて天下の事を患うる者、豈無芸の人物あらんや。芸をもって口を糊するは難きにあらず。かつ官にありて公務を司るも私にいて業を営むも、その難易、異なるの理なし。もし官の事務易くしてその利益私の営業よりも多きことあらば、すなわちその利益は働きの実に過ぎたるものと言うべし。実に過ぐるの利を貪るは君子のなさざるところなり。無芸無能、僥倖によりて官途につき、みだりに給料を貪りて奢侈の資となし、戯れに天下のことを談ずる者はわが輩の友にあらず」