次の日も、きれいな晴天だった。ぼくは、午前十一時五十八分の飛行機でホノルルにむかうことになっていた。ホノルルに着いて二時間後の便で、東京にむかう。
ビューイック・センチュリーで、ぼくは両親の家から空港にむかった。両親が、うしろの席に乗っていた。
「きみがかよった小学校のわきをとおってみよう」
と、父親は言った。
うろ覚えの道順を、しかし正確にぼくは自動車を走らせ、その小学校のわきに出た。学校は、授業中だった。見事に太ったポリネシア系の女性の先生が、校庭のむこうのバスケットボール・コートで、数人の生徒に球技を教えていた。
「思い出すことは、あるかい」
父親が、うしろの席から言った。
「たくさんあるよ」
「ここに住みたまえ。そして、娘をこの学校に入れよう」
「ヘレンは、反対しますよ」
母が言った。
「ヘレンが言うには、この学校は運営のしかたがいけなくて、いまは程度が低くなっているのですって」
「では、もっといいのをさがせばいい」
校庭の中央には、はりぼての雪だるまがひとつ、立っていた。高さは、十フィートを越えているだろう。雪だるまらしく骨組を作り、その上に新聞紙を貼りつけ、ぜんたいを白く塗ったものだ。強い陽ざしを受けとめ、そのはりぼての雪だるまは、まっ白に輝いていた。まぶしいほどだった。
ぼくは自動車を停めた。バッグからカメラを出し、その雪だるまを写真に撮った。
空港でチェック・インをすませてロビーにいると、妹のヘレンがやって来た。四人でとりとめのない話をしているうちに、搭乗の時間になった。
「車を返しておいてほしい」
ぼくは、ビューイックのキーをヘレンに渡した。お別れに、ヘレンはぼくを抱いた。ぼくの体に深く両腕をまわし、膝から胸までぴったりと体を押しつけた。彼女の夫は、海軍の軍人だ。タイコンデローガだったかアイゼンハワーだったか、とにかく彼は航空母艦に乗り組んでいて、ソロモン諸島の周辺に出動していると、昨年のヘレンは言っていた。
ぼくを抱いて、ヘレンは、
「Come back.」
と、気持ちをこめて言った。
両親が、それぞれ柔和に微笑して、ぼくとヘレンを見ていた。
ぼくが乗った定期便は、定刻にヒロ空港を離陸した。水平飛行に移ってから、ぼくは、ヘレンがクリスマス・プレゼントにくれた包みを、膝のうえで開いてみた。
平たい頑丈な紙の箱のようなものが、淡いブルーの包装紙で包んであった。ヘレンなりに丁寧に包んだそのパッケージには、荷造り用の強靭なテープが、十文字にかけてあった。テープの先端をさがしあてたぼくは、爪の先で先端を起こし、テープをはがしていった。
白く固いボール紙の箱が、なかからあらわれた。箱の蓋を、ぼくは開いてみた。なかに入っているものの香りを、ぼくの嗅覚がとらえた。大きなワックス・ペーパーでゆとりを持って包んである平たいものは、菓子だった。ヘレンが自分で焼いたものだ。
紙のなかから取り出し、ぼくはその菓子を両手の指先で支え持った。星の形をした、みごとな出来ばえの菓子だった。厚みを持たせてしっかりと固く焼いたジンジャ・ブレッドが土台になっていて、八つの先端を持ったエイト・ポイントの星を象っていた。芳ばしい強い香りと、甘い香りとが、微妙に混合しあってぼくの顔のまえに漂った。ひとつの突端からその反対側の突端まで、星の直径は十二インチあった。
星の形のすぐ内側が、横に一列にならべたアーモンドによって、縁どりしてあった。星の中央には丸く穴があいていて、その穴の縁も、穴にむけて頭をならべたアーモンドで縁どりがしてあった。星のひとつひとつに、飾りがあった。胡桃を殻からそっくり取り出し、きれいに半分に割ったものが、ひとつおきに埋めこんであった。そして胡桃と胡桃とのあいだには、甘く煮てなかば固めたチェリーが、周囲に緑色のゼリーによる飾りをそえて、埋めてあった。しばらくのあいだ、ぼくはそのジンジャ・ブレッドの菓子を、さまざまに鑑賞した。そして、もとのとおりに包みなおしていった。