← Library‹ 時差のないふたつの島 13

『鯨くじらが泳およぐ』

あの大おおきなバニアンの樹きが、太陽たいようの光ひかりをさえぎる。影かげが出来できる。ほぼ円形えんけいだ。周囲しゅういは何なんメートルあるだろう。その円形えんけいの樹影じゅえいのなかを、ぼくはいつも直径ちょっけい的てきに横切よこぎることにしている。直径ちょっけい的てきにとは、つまり、樹影じゅえいのなかを直線ちょくせんで、したがってもっとも長ながく歩あるいて横切よこぎる、ということだ。

樹影じゅえいのなかは、地面じめんも空気くうきも、夏なつのどんなに暑あついときでも、ひんやりとしている。どしゃ降ぶりの雨あめの日ひは、どんなだろう。頭上ずじょうにおおいかぶさるようにして広ひろがっている何なん本ほんもの枝えだは、ラハイナの強つよい陽ひざしを完全かんぜんにさえぎってくれる。ぼくが歩あるいていく正面しょうめんに、樹影じゅえいを出でたむこうの風景ふうけいが見みえる。くっきりと陽ひに照てらされたその風景ふうけいは、地面じめんと平行へいこうに細長ほそながく横よこたわっている。

ラハイナの港みなとに出でるときには、ぼくはいつもこのバニアンの樹きの下したを歩あるく。いつのまにか、くせになってしまった。くせは、いくつもある。たとえば、第だい二に次じ大戦たいせんで戦死せんしした、ラハイナ出身しゅっしんの日系にっけい青年せいねんたちの名前なまえを刻きざんだ記念きねん碑ひのまえに立たち、刻きざんである名前なまえをひとつずつ読よんでいくとか。

港みなとの陽ひざしは、きわめて明あかるく強つよい。係留けいりゅうしてあるカーセジーニアン二に世せい号ごうが、ふと、ほんの一瞬いっしゅん、その透明とうめいにきらめく陽ひざしのなかに溶解ようかいしてしまいそうだ。

この船ふねのなかにある鯨くじらの博物はくぶつ館かんで、鯨くじらに関かんする映画えいがをはじめて観みたときのことを、ぼくは思おもい出だす。ラハイナのすぐ近ちかくの海うみを堂々どうどうと泳およいでいく鯨くじら、ハンプバックの姿すがたがスクリーンに登場とうじょうしたシーンを思おもい出だすと、そのシーンは、双眼そうがん鏡きょうをとおして現実げんじつのハンプバックを自分じぶんの目めで見みたときのシーンに、重かさなっていく。

四よん月がつのはじめ、午後ごごのすこし遅おそい時間じかん、高たかい丘おかの上うえにあがり、ぼくは双眼そうがん鏡きょうで沖おきの海うみを観察かんさつした。この時間じかんの海うみは、波なみが乱みだれている。しかし、岸きしのすぐ近ちかくをとおる鯨くじらがいるから、慣なれてくれば鯨くじらは肉眼にくがんでもみつけることが出来できる。

双眼そうがん鏡きょうの丸まるい視界しかいのなかに、ぼくは一いち頭とうの鯨くじらをとらえた。焦点しょうてんが合あったその瞬間しゅんかん、鯨くじらはその頭あたまにあるブローホールから、高たかく潮しおを吹ふきあげた。空そらにむかって垂直すいちょくにのびあがっていく、白しろく細ほそい一いち本ほんの潮しおの高たかさは、二十にじゅうフィートもあっただろうか。

感動かんどうの瞬間しゅんかん、と言いってしまうとそのとたんに陳腐ちんぷになるが、鯨くじらが吹ふきあげる潮しおをはじめて見みたときは、感激かんげきした。二十にじゅうフィートもの高たかさに潮しおを吹ふくのは、大人おとなのハンプバックだ。全長ぜんちょう五十ごじゅうフィート。鯨くじらとしては小ちいさいほうだ。体重たいじゅうは三十さんじゅうトン。

十じゅう一いち月がつから四よん月がつにかけて、鯨くじらがハワイにやってくる。アラスカの海うみが冬ふゆになると、彼かれらは温あたたかいハワイまで下くだって来くる。そして、そこで子供こどもを産うむ。ぼくがはじめて見みたハンプバックは、北きたの海うみへ帰かえっていくときの彼かれらのうちの一いち頭とうだった。子供こどものハンプバックも見みた。子供こどもが吹ふきあげる潮しおは、見みるからに小ちいさく、可愛かわいい。

モロカイやラナイからでも鯨くじらを見みることが出来できるし、ハワイ島とうのカワイハエ湾わんあたりからも、鯨くじらのスポッティングは可能かのうだ。

マウイがいちばんいい。西側にしがわなら、カアナパリからマアラエアにかけて、そして東側ひがしがわならマアラエアからさらにマケナあたりまで、鯨くじらを見みるために有利ゆうりな場所ばしょはいくらでもある。マクレガー・ポイントの展望てんぼう台だいは、よく知しられている。鯨くじらのシーズンではないときでも、アメリカ本土ほんどからの観光かんこう客きゃくたちが、双眼そうがん鏡きょうで沖おきの海うみを見みている。

鯨くじらの泳およぎかたは、すさまじく優雅ゆうがだ。あの巨体きょたいが、水面すいめんのすぐ下したに浮うきつかくれつ、なににもさまたげられることなく、完璧かんぺきに自由じゆうに、流麗りゅうれいに泳およぐ。

体たいぜんたいを空中くうちゅうに高たかくほうりなげ、あおむけに、あるいは横よこだおしに、海面かいめんに落下らっかしてきて巨大きょだいな爆発ばくはつのような飛沫しぶきをあげるところを、カーセジーニアン二に世せい号ごうの博物はくぶつ館かんで、ぼくは映画えいがで観みた。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%