← Library‹ 時差のないふたつの島 18

巨大きょだいなスーパー・マーケットの東側ひがしがわの壁かべに沿そって、雑誌ざっしの棚たながつくってあった。棚たなは何なん段だんにもなっていて、全長ぜんちょうは三十さんじゅうメートルほどあった。色いろとりどりの雑誌ざっしが、ぎっしりとその棚たなにつまっていた。立たち読よみをしながらひとわたり見みてむこうの端はしまでたどりつくのに、一いち時間じかん以上いじょうかかりそうな感かんじがした。

雑誌ざっしの棚たなのむこうは、ペーパー・バックの棚たなだった。雑誌ざっしの棚たなに比くらべると、全長ぜんちょうは二に倍ばいはあった。ペーパー・バックもやはり色いろとりどりであり、これだけたくさんあると、二、三にさん冊さつを選えらぶだけで、その選えらぶという行為こういは、なんらかのスポーツ的てきな傾かたむきを持もった行為こういとなるのではないだろうかと、ぼくはふと思おもった。下したから五ご段だんめの棚たなにならんでいるペーパー・バックのタイトルを読よみながら、ぼくは、棚たなのむこうにむかって歩あるいていった。

ペーパー・バックの棚たなのいちばん端はしのセクションは、ロマンスだった。さまざまなブランドのロマンスが、棚たなにならんでいた。表紙ひょうしの絵えは、あるひとつのテーマをいかにヴァリエーショん豊ゆたかに描えがくことが出来できるかに関かんする、ちょっとした実験じっけんのようだった。

ロマンスの棚たなの中央ちゅうおうに、ぼくは立たちどまった。棚たなのなかのロマンスに、ぼくはむきあった。目めのまえにならんでいるのは、二に度どめの結婚けっこんをする美うつくしい女性じょせいを主人しゅじん公こうにしたロマンスのシリーズだった。そのシリーズは、ぜんぶで五十ごじゅう冊さつ以上いじょうあった。

タイトルをひとつひとつ読よみ、そのタイトルに添そえてある表紙ひょうし絵えをながめていくと、やがて、両足りょうあしがフロアから数すうインチほど浮うきあがったような気分きぶんとなった。頭あたまのなかはぼうっとして、顔かおはすこしだけほてっているような感触かんしょくがあった。

ショッピング・カートを押おして、ひとりの女性じょせいがロマンスの棚たなのまえに来きた。棚たなにならんでいるロマンスを見みながら、彼女かのじょはぼくのすぐ右隣みぎどなりまで移動いどうしてきた。ぼくは、彼女かのじょのショッピング・カートを見みた。

カートのいちばん底そこには、ボーラックスの箱はこがいくつか、横よこたえてあった。一番いちばん上うえには、ダンカン・ハインズのチョコレート・チップ・クッキー・ミックスの箱はこが乗のっていた。ボーラックスの箱はことチョコレート・チップ・クッキー・ミックスの箱はことのあいだに、彼女かのじょの今日きょうの買かい物ものが、ぎっしりとつまっていた。透明とうめいなプラスティックの袋ふくろのなかに真空しんくうパックしたスモークド・ソーセージが見みえた。赤あかいそのソーセージは長ながく一いち本ほんにつながっていて、袋ふくろのなかで何なん重じゅうにも楕円だえん形けいとなっていた。

ジマイマ伯母おばさんのワッフル・ミックスの箱はこも見みえた。その箱はこの下したには、ミラクル・ホイップ・サラダ・ドレッシングの太ふとい瓶びんが横よこたわっていた。サラ・リーのクロワサンはハムとスイス・チーズ入いりだ。キャット・フードの袋ふくろにはさまれて、米べいとスライスしたアーモンドとをいっしょに詰つめあわせたものの箱はこが、上下じょうげさかさまとなっていた。

ショッピング・カートから彼女かのじょへ、ぼくは視線しせんを移動いどうさせた。肥ふとりぎみの、そしてこれからどんどん肥ふとっていきそうな気配けはいの濃厚のうこうにある体からだに、彼女かのじょはグリーンのショート・パンツに紫色むらさきいろの半袖はんそでのシャツを着きていた。ごく普通ふつうに可愛かわいい、無難ぶなんに整ととのった顔かおに、彼女かのじょは丁寧ていねいな化粧けしょうをほどこしていた。

手てをのばしたぼくは、棚たなのなかから一いち冊さつのロマンスを抜ぬき出だした。このロマンスの表紙ひょうしでも、ひとりの美うつくしい女性じょせいが、ハンサムな男性だんせいに斜ななめに抱だきかかえられ、唇くちびるを半開はんびらきにしていた。絵えをよくながめ、宣伝せんでん文句もんくを読よんでから、ぼくはそのペーパー・バックを棚たなにかえした。そして、ちがうところから別べつの一いち冊さつをとった。

「それは、とてもいいわよ」

と、ショッピング・カートの彼女かのじょが言いった。

「お読よみになったのですか」

「そうよ」

「どんなストーリーなのですか」

「ふたりの女性じょせいが、ひとりの男性だんせいを愛あいするの」

ぼくは、表紙ひょうしを見みた。かたちどおりのハンサムな男性だんせいがたくましい胸むねをあらわにしていて、その両側りょうがわに、女性じょせいがひとりずつ、描えがいてあった。ふたりの女性じょせいたちは、それぞれ、彼かれの裸はだかの胸むねに顔かおを寄よせようとしているかに見みえた。髪かみのつくりはちがっているが、そのほかの点てんでは、彼女かのじょたちふたりはそっくりだった。

「ふたりの女性じょせいは、姉妹しまいですか」

ぼっくは、きいた。

「ちがうのよ。ひとりはアメリカの女性じょせいで、もうひとりは、フランスの女性じょせいなの」

「この表紙ひょうしの絵えだと、ふたりは姉妹しまいのように見みえますね」

彼女かのじょは、ぼくが持もっているそのロマンスの表紙ひょうしに視線しせんをむけた。首くびを傾かたむけた彼女かのじょは、表紙ひょうしのなかのふたりの女性じょせいを、じっと見みた。

「そう言いえば、そうね」

と、彼女かのじょは言いった。

「双子ふたごの姉妹しまいみたいに見みえますよ」

「そうね。その絵えを描えがいた画家がかは、ふたりの女性じょせいのうちどちらかを先さきに描えがいたのね。そして、ふたりめを描えがくときには、はじめに描えがいたほうの女性じょせいの顔かおを、まったく見みなかったのよ」

彼女かのじょの冗談じょうだんに、ぼくは微笑びしょうした。

「あなたは、ロマンスをたくさんお読よみになるのかしら」

彼女かのじょが、ぼくにきいた。

「読よむのではなく、書かくのです」

「あら。これまでに、どんなのをお書かきになったの?」

「実績じっせきはまったくなくて、これから書かこうとしているのです」

「いいのを書かくと、買かって読よんでくれる人ひとはたくさんいるわよ」

「やってみます」

「幸運こううんを祈いのるわ」

ロマンスの棚たなのまえで、ぼくと彼女かのじょとは、こうしてすれちがった。

とてもいいわよ、と彼女かのじょが言いっていたそのロマンスを、ぼくは買かった。タイトルは、『ある種しゅの愛情あいじょうにもとづいて』というのだった。ひょっとしたら、ぼくはこのロマンスを読よむかもしれない。しかし、買かった理由りゆうは、記念きねんとしてだ。ひらめいた記念きねんだ。ぼくがこの島しまで書かこうとしている小説しょうせつの、基本きほんとなるアイディアが、まっ白しろくジグザグに走はしる一いち本ほんの稲妻いなずまのようにぼくの頭あたまの内部ないぶにひらめいた、そのことの記念きねんだ。

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