巨大なスーパー・マーケットの東側の壁に沿って、雑誌の棚がつくってあった。棚は何段にもなっていて、全長は三十メートルほどあった。色とりどりの雑誌が、ぎっしりとその棚につまっていた。立ち読みをしながらひとわたり見てむこうの端までたどりつくのに、一時間以上かかりそうな感じがした。
雑誌の棚のむこうは、ペーパー・バックの棚だった。雑誌の棚に比べると、全長は二倍はあった。ペーパー・バックもやはり色とりどりであり、これだけたくさんあると、二、三冊を選ぶだけで、その選ぶという行為は、なんらかのスポーツ的な傾きを持った行為となるのではないだろうかと、ぼくはふと思った。下から五段めの棚にならんでいるペーパー・バックのタイトルを読みながら、ぼくは、棚のむこうにむかって歩いていった。
ペーパー・バックの棚のいちばん端のセクションは、ロマンスだった。さまざまなブランドのロマンスが、棚にならんでいた。表紙の絵は、あるひとつのテーマをいかにヴァリエーショん豊かに描くことが出来るかに関する、ちょっとした実験のようだった。
ロマンスの棚の中央に、ぼくは立ちどまった。棚のなかのロマンスに、ぼくはむきあった。目のまえにならんでいるのは、二度めの結婚をする美しい女性を主人公にしたロマンスのシリーズだった。そのシリーズは、ぜんぶで五十冊以上あった。
タイトルをひとつひとつ読み、そのタイトルに添えてある表紙絵をながめていくと、やがて、両足がフロアから数インチほど浮きあがったような気分となった。頭のなかはぼうっとして、顔はすこしだけほてっているような感触があった。
ショッピング・カートを押して、ひとりの女性がロマンスの棚のまえに来た。棚にならんでいるロマンスを見ながら、彼女はぼくのすぐ右隣りまで移動してきた。ぼくは、彼女のショッピング・カートを見た。
カートのいちばん底には、ボーラックスの箱がいくつか、横たえてあった。一番上には、ダンカン・ハインズのチョコレート・チップ・クッキー・ミックスの箱が乗っていた。ボーラックスの箱とチョコレート・チップ・クッキー・ミックスの箱とのあいだに、彼女の今日の買い物が、ぎっしりとつまっていた。透明なプラスティックの袋のなかに真空パックしたスモークド・ソーセージが見えた。赤いそのソーセージは長く一本につながっていて、袋のなかで何重にも楕円形となっていた。
ジマイマ伯母さんのワッフル・ミックスの箱も見えた。その箱の下には、ミラクル・ホイップ・サラダ・ドレッシングの太い瓶が横たわっていた。サラ・リーのクロワサンはハムとスイス・チーズ入りだ。キャット・フードの袋にはさまれて、米とスライスしたアーモンドとをいっしょに詰めあわせたものの箱が、上下さかさまとなっていた。
ショッピング・カートから彼女へ、ぼくは視線を移動させた。肥りぎみの、そしてこれからどんどん肥っていきそうな気配の濃厚にある体に、彼女はグリーンのショート・パンツに紫色の半袖のシャツを着ていた。ごく普通に可愛い、無難に整った顔に、彼女は丁寧な化粧をほどこしていた。
手をのばしたぼくは、棚のなかから一冊のロマンスを抜き出した。このロマンスの表紙でも、ひとりの美しい女性が、ハンサムな男性に斜めに抱きかかえられ、唇を半開きにしていた。絵をよくながめ、宣伝文句を読んでから、ぼくはそのペーパー・バックを棚にかえした。そして、ちがうところから別の一冊をとった。
「それは、とてもいいわよ」
と、ショッピング・カートの彼女が言った。
「お読みになったのですか」
「そうよ」
「どんなストーリーなのですか」
「ふたりの女性が、ひとりの男性を愛するの」
ぼくは、表紙を見た。かたちどおりのハンサムな男性がたくましい胸をあらわにしていて、その両側に、女性がひとりずつ、描いてあった。ふたりの女性たちは、それぞれ、彼の裸の胸に顔を寄せようとしているかに見えた。髪のつくりはちがっているが、そのほかの点では、彼女たちふたりはそっくりだった。
「ふたりの女性は、姉妹ですか」
ぼっくは、きいた。
「ちがうのよ。ひとりはアメリカの女性で、もうひとりは、フランスの女性なの」
「この表紙の絵だと、ふたりは姉妹のように見えますね」
彼女は、ぼくが持っているそのロマンスの表紙に視線をむけた。首を傾けた彼女は、表紙のなかのふたりの女性を、じっと見た。
「そう言えば、そうね」
と、彼女は言った。
「双子の姉妹みたいに見えますよ」
「そうね。その絵を描いた画家は、ふたりの女性のうちどちらかを先に描いたのね。そして、ふたりめを描くときには、はじめに描いたほうの女性の顔を、まったく見なかったのよ」
彼女の冗談に、ぼくは微笑した。
「あなたは、ロマンスをたくさんお読みになるのかしら」
彼女が、ぼくにきいた。
「読むのではなく、書くのです」
「あら。これまでに、どんなのをお書きになったの?」
「実績はまったくなくて、これから書こうとしているのです」
「いいのを書くと、買って読んでくれる人はたくさんいるわよ」
「やってみます」
「幸運を祈るわ」
ロマンスの棚のまえで、ぼくと彼女とは、こうしてすれちがった。
とてもいいわよ、と彼女が言っていたそのロマンスを、ぼくは買った。タイトルは、『ある種の愛情にもとづいて』というのだった。ひょっとしたら、ぼくはこのロマンスを読むかもしれない。しかし、買った理由は、記念としてだ。ひらめいた記念だ。ぼくがこの島で書こうとしている小説の、基本となるアイディアが、まっ白くジグザグに走る一本の稲妻のようにぼくの頭の内部にひらめいた、そのことの記念だ。