← Library‹ 時差のないふたつの島 19

一いち冊さつの本ほんになる分量ぶんりょうで、ラヴ・ストーリーをひとつ書かかなくてはいけないのだという基本きほん的てきな命題めいだいは、この島しまに来きたとき、すでにぼくの頭あたまのなかにはっきりとあった。そのことについて意識いしきして考かんがえてはいなくても、これからぼくがひとりで書かくラヴ・ストーリーのことは、いつもぼくの頭あたまのどこかにある。考かんがえているような、それでいてなにも考かんがえていないような、微妙びみょうな状態じょうたいで、基本きほん的てきな命題めいだいは、ぼくをぼくの内側うちがわからいつも監視かんししている。

この島しまにいるあいだにストーリーをひとつみつけ、そのストーリーを原稿げんこうに仕上しあげなくてはいけないという思おもいは常つねに心こころのなかにあるから、どこへいってなにをしていても、ぼくは心こころのどこかでいつもストーリーをさがしているのだと思おもう。そのストーリーを書かくためにぼくはタイプライターを買かったし、新あたらしいタイプライターに慣なれる作業さぎょうを兼かねて、ストーリー・ライティングのための助走じょそう路ろとして、いくつかの短みじかい文章ぶんしょうを書かいたりもした。

ほんのちょっとしたことでいいから、どこかにきっかけをみつけ、そのきっかけを手てがかりにして、ストーリーをひとつ、みつけなくてはいけない、という基本きほん的てきな心こころがまえは、すでに充分じゅうぶんに出来できていた。

この基本きほん的てきな心こころがまえの上うえに、サーフボードのシェイパーだというフレデリック・バーソロミューから聞きかされた、日本にっぽん人にんカメラマンの話はなしが、たとえばフィルムの表面ひょうめんに一層いっそうだけ塗ぬったエマルジョンのように、定着ていちゃくしていた。そしてそのエマルジョンの上うえに、ペーパー・バックのロマンスが、一定いっていの光量こうりょうとして、投影とうえいされた。ひとりの男性だんせいを愛あいするふたりの美うつくしい女性じょせい。ふたりの女性じょせいたちは、まるで姉妹しまいのようによく似にた顔かおかたちで、ペーパー・バックの表紙ひょうしに描えがいてあった。その彼女かのじょたちについて、ぼくは、まるで双子ふたごの姉妹しまいのようですねと、なにげなく言いった。ぼく自身じしんが書かくストーリーのためのアイディアがひらめいたのは、おそらくこの瞬間しゅんかんだったのだろう。

あのとき、ショッピング・カートを押おしながらロマンスの棚たなのまえへやって来きた、あの普通ふつうに可愛かわいい女性じょせいには、感謝かんしゃしなくてはいけない。彼女かのじょがぼくに語かたりかけてくれたからこそ、彼女かのじょとぼくとのやりとりがあったのであり、あのやりとりがあってはじめて、ぼくの頭あたまのなかにアイディアがひらめいたのだから。彼女かのじょは、年齢ねんれいや雰囲気ふんいきから推測すいそくして、おそらく主婦しゅふだろう。今日きょうも、この島しまのどこかで、家事かじのあいまにロマンスを読よんでいるだろうか。

ひとりの男性だんせいを愛あいした、美うつくしい双子ふたごの姉妹しまいの話はなしを、ぼくは書かけばいい。舞台ぶたいは、主ぬしとしてこの島しまだ。気きがむけば、日本にっぽんもすこしだけ舞台ぶたいとして使つかおう。そして、主人しゅじん公こうたち三さん人にんは、日本にっぽん人にんだ。

美人びじんの双子ふたご姉妹しまいを思おもいつくための最初さいしょのきっかけは、フレデリック・バーソロミューがぼくにくれている。彼かれの友人ゆうじんの日本にっぽん人にんカメラマンは、いまのこの島しまとは別べつに、そっくりおなじ形かたち、おなじ地形ちけいの島しまがもうひとつあり、そこにはこの島しまの昔むかしが、昔むかしの良よさのままに残のこっているという夢ゆめ物語ものがたりをつくり、バーソロミューがそれを間接かんせつ的てきにぼくに伝つたえてくれた。現在げんざいの状態じょうたいや内容ないようはそれぞれ大おおきく異ことなってはいても、昔むかしにむけてたどりなおしてみると、もとはひとつであるふたつのそっくりおなじ形かたちをした島しま、というアイディアは、確たしかに面白おもしろい。その面白おもしろさがぼくの頭あたまに残のこっているときに、まるで双子ふたごの姉妹しまいのように見みえるロマンスの表紙ひょうし絵えが、タイミングよく重かさなったのだ。

ひとりの男性だんせいを愛あいした、きわめて美うつくしい双子ふたごの姉妹しまいの物語ものがたり。そう、ぼくはこれを書かけばいい。彼かれら三さん人にんのラヴ・ストーリーは、悲かなしい愛あいの物語ものがたりだ。どんなふうに悲かなしいのか、そこをぼくがぼくなりに工夫くふうすればそれでいい。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%