一冊の本になる分量で、ラヴ・ストーリーをひとつ書かなくてはいけないのだという基本的な命題は、この島に来たとき、すでにぼくの頭のなかにはっきりとあった。そのことについて意識して考えてはいなくても、これからぼくがひとりで書くラヴ・ストーリーのことは、いつもぼくの頭のどこかにある。考えているような、それでいてなにも考えていないような、微妙な状態で、基本的な命題は、ぼくをぼくの内側からいつも監視している。
この島にいるあいだにストーリーをひとつみつけ、そのストーリーを原稿に仕上げなくてはいけないという思いは常に心のなかにあるから、どこへいってなにをしていても、ぼくは心のどこかでいつもストーリーをさがしているのだと思う。そのストーリーを書くためにぼくはタイプライターを買ったし、新しいタイプライターに慣れる作業を兼ねて、ストーリー・ライティングのための助走路として、いくつかの短い文章を書いたりもした。
ほんのちょっとしたことでいいから、どこかにきっかけをみつけ、そのきっかけを手がかりにして、ストーリーをひとつ、みつけなくてはいけない、という基本的な心がまえは、すでに充分に出来ていた。
この基本的な心がまえの上に、サーフボードのシェイパーだというフレデリック・バーソロミューから聞かされた、日本人カメラマンの話が、たとえばフィルムの表面に一層だけ塗ったエマルジョンのように、定着していた。そしてそのエマルジョンの上に、ペーパー・バックのロマンスが、一定の光量として、投影された。ひとりの男性を愛するふたりの美しい女性。ふたりの女性たちは、まるで姉妹のようによく似た顔かたちで、ペーパー・バックの表紙に描いてあった。その彼女たちについて、ぼくは、まるで双子の姉妹のようですねと、なにげなく言った。ぼく自身が書くストーリーのためのアイディアがひらめいたのは、おそらくこの瞬間だったのだろう。
あのとき、ショッピング・カートを押しながらロマンスの棚のまえへやって来た、あの普通に可愛い女性には、感謝しなくてはいけない。彼女がぼくに語りかけてくれたからこそ、彼女とぼくとのやりとりがあったのであり、あのやりとりがあってはじめて、ぼくの頭のなかにアイディアがひらめいたのだから。彼女は、年齢や雰囲気から推測して、おそらく主婦だろう。今日も、この島のどこかで、家事のあいまにロマンスを読んでいるだろうか。
ひとりの男性を愛した、美しい双子の姉妹の話を、ぼくは書けばいい。舞台は、主としてこの島だ。気がむけば、日本もすこしだけ舞台として使おう。そして、主人公たち三人は、日本人だ。
美人の双子姉妹を思いつくための最初のきっかけは、フレデリック・バーソロミューがぼくにくれている。彼の友人の日本人カメラマンは、いまのこの島とは別に、そっくりおなじ形、おなじ地形の島がもうひとつあり、そこにはこの島の昔が、昔の良さのままに残っているという夢物語をつくり、バーソロミューがそれを間接的にぼくに伝えてくれた。現在の状態や内容はそれぞれ大きく異なってはいても、昔にむけてたどりなおしてみると、もとはひとつであるふたつのそっくりおなじ形をした島、というアイディアは、確かに面白い。その面白さがぼくの頭に残っているときに、まるで双子の姉妹のように見えるロマンスの表紙絵が、タイミングよく重なったのだ。
ひとりの男性を愛した、きわめて美しい双子の姉妹の物語。そう、ぼくはこれを書けばいい。彼ら三人のラヴ・ストーリーは、悲しい愛の物語だ。どんなふうに悲しいのか、そこをぼくがぼくなりに工夫すればそれでいい。